自作ドラゴンクエストⅡ~悪霊の神々・188
- カテゴリ:自作小説
- 2016/07/02 10:52:15
第5章 悪霊の神々
【やすらぎの城】
ハーゴンの神殿を目指して、ロラン達は雪に覆われた大森林を西へ歩いた。
道すがら、ルナがロランとランドに話した。元はベラヌールで大神官の地位に上りつめたハーゴンが、いかに邪神官になり、邪教を広めていったかを。
「この世界が無力化している……その危機感が、破壊神を呼び出そうとするきっかけになったのか」
ロランは衝撃を受けながら、かすかに納得もした。
旅をしている間、気づいていた。世界から、新しいものを生み出す力が失われかけていることを。古代に建築された巨大構造物や、神秘の力を持つ魔法の道具は、現在の技術では作れなくなっている。そしてロランをはじめとする、魔法を使えない人々も多い。
「だから世界を滅ぼすって? 破壊神を呼び出して世界を壊したあと、どうやって世界を創り直すつもりなんだ?」
「それはわからないわ……。祠の神官様達も、そこまではご存じないようだったし。でも、ハーゴンだけは世界を新たに創世するやり方を知っているのかもしれないわね」
「もし、新しく世界を創れたとしても……そこがみんなの求める理想郷にはなりえないよね」
ランドも深刻なまなざしで言う。ロランもうなずく。
「ああ。たくさんの人を犠牲にして新しい世界を築くなんて、間違ってる。この世界が衰えていくだけだとしても……たったひとりが、ここに生きるものの運命をねじまげるなんて許されない」
ロランの言葉に、ランドとルナもうなずいていた。
「……ねえ、ロラン」
先へ歩みながらルナが茶目っ気を含んでロランを見る。
「あなたが呪われていた時……言ったわね。自分は勇者じゃない、って」
「あれは……」
あまり思い出したくないことを蒸し返されて、ロランは頬を赤くした。ルナはそれをあげつらうつもりはないらしい。こちらを見つめる強気な赤い瞳には、包みこむような優しさがあった。
「それは、私達も同じよ」
「え……」
「私達は勇者の子孫だけど、まだ、勇者じゃないわ」
立ち止まり、両手を後ろに回して、秘密をささやくようにルナは言った。
「これから、そうなるのよ」
「あ……」
ロランはぽかんとした。傍らでランドも目を丸くしている。一瞬の間のあと、ロランは笑っていた。
「ははっ――そうだな。うん、これから、だもんな」
ランドもつられて笑う。
「そうだよね。本当に勝てるかどうかわからないけど……でも、きっとできる気がする」
「ああ。僕は――信じてるから。……二人のこと」
ロランは少しはにかみながら二人を見つめた。ランドとルナもロランに視線を合わせる。
「ぼくも」
「私もよ」
決意は、それだけで十分だった。3人一緒なら。ロランは冷たい空気を胸一杯に吸いこむ。そして、改めて前を向き、歩き出した。
道のりは険しく長かったが、ほぼ不眠不休でロラン達はハーゴンの神殿へと歩き通した。
天意の祠でルナがもらった命の木の実は、3日食事を摂らずとも体力を維持してくれる驚異的なものだった。ロラン達の生命力も上がったようである。魔物との戦いで受ける打撃も、以前より軽く済んでいた。
進むごとに月は欠けていくが、雪明かりが道行きの助けになった。魔物も、あの大襲撃で手数を使ったのか、ほとんど襲ってこなかった。
台地の円周に沿って西から南下し、森を抜けて北上すると、並ぶ牙のような山脈に囲まれた盆地が見えてきた。
そこだけ雪がなく、白い砂地が広がっている。その中心に、雲に届くかのような双塔が立っていた。
「あれが……ハーゴンの神殿か」
立ち止まり、ロラン達は遠目に塔を見つめた。ここから見ても、あまりに巨大で圧倒される。真新しい黄褐色の石材が、まだ建てられて年月が浅いことを語っていた。
形は音叉に似て、中央の母体から左右対称に十字形の塔が伸び、頂上を細い回廊でつないでいた。
青みがかった灰色の雲が空を覆い、日を陰らせていく。あたりは黄昏のように暗くなった。双塔の神殿だけが、薄闇にくっきりと浮かび上がっている。
気を新たにして、ロラン達は再び歩き出した。あそこにすべての終わりがある。生きるか死ぬか、それはロラン達だけの問題ではない。ロラン達が勝てば世界は維持を許され、死ねば滅びが待っているのだ。
(ずいぶん長い間、旅をしてきた気がする。思い出せばあっという間の一年だったけど……。でも、一番長く感じたのは、ロンダルキアに登ってきた時だな)
長い洞窟を登りきり、悪霊の神々が仕向けた魔物の大群と戦った。そしてランドの命が失われ、絶望した自分が破壊の剣に魅入られ……。そしてまた、こうして3人で歩けるようになるまで、およそ四日ほどしかたっていない。
(長い四日間だった。たった四日なのに、僕は一生分生きた気がする)
しかし、それももうじき終わるのだ。戦いが終わったら、自分はまた、日常に帰っていかなければならない。
(ローレシアの王子として、生きていかなければならないんだ)
ランドとルナも、それぞれの国に帰って、自分の役目とともに生きなければならない。そう考えた瞬間、ロランの胸がぐさりと痛くなった。
「……帰りたくない? ぼくも、同じだよ」
傍らを振り向くと、ランドが切なく微笑んでいる。どきりとした。どうしてこちらの考えがわかったのだろう。疑問が顔に出ると、「それくらいわかるよ」とランドは聡い目で言った。
「ずっと一緒だったんだから。君の考えていることぐらい、ぼくにはわかる」
そう言われて、ロランはひどく安心した。そうだ、顔色でお互い、何を考えているかわかってしまうのだ。それくらい自分達は共に寄り添ってきたのだから。
「ねえ。もし何もかも終わったら、私達、あなたの家に住みましょうか」
ロランの顔をのぞきこみ、ルナが言う。
「えっ?」
「ローレシアのお城。私は自分のお城をなくしてしまったし、ムーンブルクの復興には、たくさんのお金や人が要るわ。無理して復興させるより、いっそローレシアと統合しちゃえばいいかなって。ロトの国が三つに分かれる前は、もともとひとつの国だったんだし、おかしいことじゃないわ」
「え……」
「そうだ、それがいいよ!」
違和感を口にする前に、ランドが名案だと顔を輝かせる。
「それじゃあ、ぼくも父上に言って、サマルトリアもローレシアに統合してもらおうかなあ。そうすれば、ぼくもロランと一緒にいられるね」
「ランドまで……そんなの無理に決まってるだろ」
「無理じゃないよ。君がそう望めば、かなわないことなんてないさ」
「そうよ。あなたが望みさえすれば、手に入らないものなんてないわ」
二人の顔が近づく。熱っぽいまなざしに、ロランはたじろいだ。ずいぶん急な話だ。まだ自分達はハーゴンを倒してさえいないのに。
「待てよ、二人とも。それより僕達はやらなきゃいけないことがあるだろう?」
「何を? それより、君の庭で一緒にのんびりしないかい? 今日はいい天気だよ」
ランドが穏やかに笑う。ロランは目を疑っていた。いつの間にか、自分はローレシアの城に戻ってきていた。
空気は暖かで、あちこちで人々が笑いさざめいていた。ロランはその場に立ちつくした。自分はロンダルキアにいたはずなのに……いつ戻ってきてしまったんだろう。