自作ドラゴンクエストⅡ~悪霊の神々・190
- カテゴリ:自作小説
- 2016/07/02 11:21:09
精霊ルビスの名を胸で唱えると、どこからともなく声が聞こえた。
――今あなたが見ているのは、ハーゴンが作ったまやかしです。さあ、心の目を開き、すべてを見るのです……!
ロランの目の前が真っ白な光に覆われていく。潮が引くような音とともに、暖かな空気が去り、凍てつく寒さが戻ってきた。
「これは……」
ロランは呆然と立ちすくんだ。いつここに来たのか覚えていない。だが今度こそ、感覚は現実だと告げていた。ロランが立つのは、邪神官ハーゴンの神殿だった。
無機質で余分な装飾が省かれた神殿内には、無数の鬼火が飛び回っていた。
(まるで檻だ……)
腹にこれほど死者の魂を抱え込む神殿などありえない。邪教の神殿なら、これが神にかなったものなのだろうか。邪神が求めるものの禍々しさに、ロランは戦慄した。
ふと傍らに気配を感じ、振り向くと、ランドとルナも愕然とした顔で立っていた。
「ランド、ルナ!」
「あ……戻った、のかな?」
「……私達、ずっとここにいたのよね?」
どうやら、二人もロランと同じようにまやかしを見せられていたらしい。
「そうみたいだ。でも、二人がいなくなって不安になって……夢中でルビスの守りに祈ったら、幻が消えたんだ」
ロランはルビスの守りを首から外して、二人に見せた。ランドとルナがそれをのぞき込む。
「実は、ぼくも同じことしてたんだ。現物は君が持ってるんだけど、まやかしの中で、ぼくもそれを握りしめてた」
「私も。あなた達を呼んだら、手に持ってたの」
「そうだったのか……。でも、五つの紋章は僕達の心に刻まれているんだから、ルビス様の守護が、そうした形で現れたのなら、納得がいくな」
お守りをもとのように首に着けるには、鎧を脱がなければならない。ロランはルビスの守りをルナに預けようとして、二人の顔色に気づいた。ランドはひどく傷ついたような、ルナは抑えきれない怒りをこらえているような顔をしている。
「……よっぽど、ひどいものを見せられたんだな。……僕も、あまり言いたくないけど……」
「ええ、今はよしましょう。あとで気が向いたら話してもいいけど」
まやかしを思い出したのか、ルナが冷たい目でロランの背後を見る。
「私達をだました罪は、重いわよ」
ロランも振り返る。広間には教壇と玉座があり、両脇にデビルロードが2匹控えていた。
「けけけ……おとなしくだまされておればよいものを」
右側の一匹が、片腕で逆立ちして笑った。
「そうすれば、苦しまずに神の生け贄になれたのにな」
左側も同じようにして笑う。この魔物達が、ロラン達に幻の温もりを与えていたのだと思うと、おぞましさに頭がまっ白になった。
気がつくとロランは稲妻の剣をその場で振り下ろしていた。雷光をまとった剣が大上段から一閃し、衝撃波が2匹の間を貫いた。魔物達は縦に体を分断され、奇声とともに消え去った。
「……」
ロランは蒼白な顔で呼吸を整えた。嫌悪感はまだ消えない。
「誰がだまされるものですか。あんなやり方でこっちの心につけ込んでくる、その考えが嫌らしいのよ」
ルナが吐き捨てる。大丈夫かい、とランドがロランを気遣った。
「顔、真っ青だよ」
「ああ。大丈夫だよ。ランドも、泣きそうじゃないか……いったいどんな目に遭わされたんだ?」
ランドは眉を寄せて微笑み、かぶりを振ってみせる。
「気にしない、気にしない。ロランがかたきを取ってくれたから、もういいんだ。それより、先へ進まないとね」
「……そうだな」
気を取り直し、ロランはあたりを見渡した。破壊神を祀る神殿であるが、いかにもなおぞましい装飾は見当たらない。音を吸い取る材質なのか、自分達の声が無闇に響くこともなかった。無駄がなく洗練された内部だけ見れば、荘厳で美しい建築物といえる。
破壊神の生け贄にされた人々の魂が鬼火となって飛び回り、濃厚な死の空気となって空間に満たされていなければ。
鬼火は皆、ぶつぶつと何かをつぶやいている。傍らを飛び去った鬼火から、「ローレシア城へようこそ……」と聞こえた。ロラン達はぞっとした。
ここに囚われている魂達は、演じさせられているのだ。幻術は、わざわざロラン達のために仕掛けられたものではないだろう。ここに連れてこられた邪教の信者、あるいは生贄達に見せるための幻だったのだ。
信者達は自分に都合のいい理想郷を見せられて、いっそうハーゴンを信じ、崇めただろう。生贄のために連れてこられた人々もまた、恐怖に固まった心をいつわりの安らぎで癒され、信者と同様、何も知らぬまま犠牲になったに違いない。
「死んでも奴隷にされているなんて……ひどすぎる」
ロランの憤りがこもったつぶやきに、ランドとルナもうなずいていた。
「きっと、大元を倒せばこの魂達も解放されるはずだよ」
「ええ。私達が無念を晴らしてあげなくちゃね」
無数に飛び回る魂達に、ロラン達は目を伏せて黙祷した。やがて顔を上げると、ハーゴンを討つべく奥を目指した。