Nicotto Town


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自作ドラゴンクエストⅡ~悪霊の神々・192

【アトラス】

 教壇の奥には、上階へ通じると思われる巨大な部屋があった。しかし、教壇の真後ろから部屋の外周にかけて、強力な結界が青白い光を放っている。部屋の内部は堅牢な壁に囲まれていて、見ることはできない。
 ランドがトラマナの呪文をかけ、結界を通れるようにした。電光が走る光の壁に踏みこむと、すぐに扉を発見した。蛇のような頭の悪魔が彫り込まれた、無骨な扉である。
「アバカム」
 ルナが手をかざすと、扉はひとりでに奥へと開いた。
「うわっ、ここもか」
 金色の電光が波打って走る床を見て、ランドが一歩退く。
「ロラン、踏みこんじゃだめだよ。もう一度かけ直すから」
「このまま進めないのか?」
「うん。トラマナは、扉の向こうに出ると消えちゃうんだ」
 ランドは呪文を唱え、3人は部屋の外周を巡る細い通路に入った。右へ向かうと、部屋の中央部に豪華な扉があった。これもルナの呪文で開ける。
「うわ!」
 ロランは立ちすくんだ。飛び込んできた光に目を射られたのだ。
「動かないで。ここも強い結界に覆われてる」
 ランドがまたトラマナをかけ直した。魔法の力で視界が開け、ようやくロランはあたりを見ることができた。
 青白い光に包まれた広間には、何も見当たらなかった。床に十字形を模した妖しげな紋様が描かれており、その線だけは結界がないようである。
「何もないなんて……いいえ、これだけの結界を張っているのなら、何かあるはずだわ」
 ルナは注意深く紋様を見つめる。
「見たところ、魔法陣のようだけど……」
 ランドも歩き回って、白く抜かれた紋様を見定めている。
「――なんだ?!」
 腰のあたりに悪寒を感じ、ロランが目を向けると、肩から提げた革袋がどす黒いもやに包まれている。
 おぞましさに振りほどこうとした瞬間、革袋が腐敗して弾けた。ぬめぬめと緑色の鱗を光らせる妖像が、ごろりと床に転がる。
「魔法陣が反応してる!」
 ルナが叫んだ。十字形の魔法陣が、どす黒い赤に明滅していた。何かを待つように。
「ロラン……」
 ランドが頼むように目を向けた。言われなくても、ロランはそうするつもりだった。ランドが頼んだのは、自分の魔力が像に干渉されたくなかったからだが、ロランも、彼やルナに、こんなおぞましいものを触らせたくなかった。
 ロランはねじくれた角をつかんで持ち上げた。ぞわっと嫌な感覚が脳天へ走った。放り出したいのをこらえて、魔法陣の中心に歩み寄る。ランドとルナも続いた。
(お前……喜んでいるのか)
 像に意思を感じ、ロランは心の中で問いかけていた。邪神の像は、蛇に似た悪魔の頭部と髑髏、両方の目を赤く光らせている。像を持つ手からは、ざわざわと潮騒に似た波動が伝わっていた。不穏なさざ波は、ロランの手から胸にかけて広がり、何かを探っているようである。
 それが何か、ロランにはすぐにわかった。微笑する。
(無駄だったな。僕はもう、破滅に魅入られたりしない)
 従え。ロランは心で命じ、邪神の像を高く掲げた。果たして、像が従ったのか。それとも、あえて滅亡に誘い込むべく力を発揮したのか。
 おおおん。
 邪神の像が吼えた。ぬるりと、髑髏に巻きつく悪魔が動く。それは尻尾の先に髑髏の角を捕まえ、ロランの手から上へと飛び去った。次いで景色が歪み、軽いめまいと吐き気を催す。それもまばたきする間に消え、ロラン達は静まりかえる暗い回廊に立っていた。
「像が……消えた」
 空間移動した驚きより、そちらの方が大きかった。ロランは呆然と空っぽになった両手を見つめた。
「きっと、ハーゴンの所へ行ったのかもしれないね」
 ランドが言った。
「じゃあ、もうすぐ破壊神が降臨するってことかしら」
 ルナが眉を寄せる。
「なんだかいやね。みんな向こうの思い通りに運んでいる気がする」
「そうだな……。でも、行くしかないんだ」
 ロランは、空になった手を握りしめた。

 
 2階と3階では、悪魔神官達が魔物の群れを率いて襲いかかってきた。ハーゴンの後をついて邪教徒になった、最初の人間達である。しかし今さら教え諭したとて、彼らが元に戻ることはない。
 ロラン達は敵を相手にせず、回廊を走った。ここで無駄な戦いをしたくはない。
 4階まで駆け上がると、もう魔物は襲ってこなかった。とてつもなく大きな広間が3人を迎える。
 壁に沿ってかがり火が燃え、天井近くに細く窓が切ってある以外、光源はない。
「何、この臭い……」
 ルナが片手で鼻と口を覆う。錆びた鉄が大量に腐ったらこうなるのか。
「どうしよう、なんだか踏んじゃいけない気がする」
 ランドが足を下ろすのをためらった。床も壁も、べたべたした黒いもので塗り込められている。
「血だ」
 ロランは直感した。充満する臭いの正体は、床や壁に染みとなった血のせいだったのだ。
「生け贄にしたのね、ここで……」
 いかずちの杖を両手で握りしめ、ルナが目をつぶる。ロランとランドも祈りの言葉が見つからなかった。
 ずん……。床が振動した。何事かと顔を見合わせ、ロラン達は身構える。
 ずん……。振動と鈍い音が、規則的に近づいてくる。
 薄闇の中に、赤銅色をした巨人が浮かび上がる。ロランとルナは、その気配を知っていた。
 悪霊の神々の一柱、巨人族の王――アトラスである。
 顔貌はギガンテスらと変わらないが、さらに大きい。王らしく、艶のある青い毛皮を肩衣(かたぎぬ)にまとっている。
「通サヌ……」
 洞穴から響くような声音だった。アトラスは燃える鉄色の瞳をロラン達に向ける。
「殺ス……」
 言うやいなや、右手に持った棍棒を3人へ打ち下ろした。ロラン達は方々へ飛びのく。棍棒が床を直撃し、部屋全体が揺らいだ。まるで虫を追うように、棍棒が横へ薙ぎ払われる。突風が巻き起こり、ロラン達はよろめいた。
「スクルト!」
 ランドが守備力増強の呪文を唱えたが、どこまで信頼できるだろうか。
 だがやるしかない。ロランは巨人へ駆け出した。足元がざらついて走りにくい。幾千という犠牲者の血のせいだ。罪悪感に吐き気がこみあげたが、こらえて床を蹴る。
 アトラスは無造作に片脚を蹴り上げた。
「ぐあっ!」
 胸を中心に強い衝撃を受け、ロランは吹っ飛んだ。宙を舞い、床にたたきつけられる。瞬間、手足から意思が吹っ飛ぶ。立たなければと思っても、それを伝えるものが体内で分断されてしまっている。
(爪先が当たっただけで、これか……!)
 殴られた衝撃で聴こえなかったが、おそらく全身の骨が折れた。鼓動に合わせて痛みが断続的に襲ってくる。
「べホマ!」
 ルナが全快の魔法を使った。すぐに感覚が戻り、ロランは肘をついて起き上がる。そこへ、アトラスが棍棒を振りかざした。
「ベギラマーッ!」
 ランドが走りながら両手を脇に構え、アトラスへ突き出す。放たれた閃光と炎が巨人の顔面を直撃し、動きが止まった。即座にロランは足元へ駆け、稲妻の剣をたたきつける。




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