Nicotto Town



7月自作灯り・天の川 「きらきら精霊燈」(後編)

冷や汗だらだら耳へたり気味で訴えたら、奥さんはにっこり。
 ちょっと小首をかしげて微笑んでくれた。

「あら、私はね、料理人さんのごはんを食べてみたいって思ってますよ。おいしそうですものねえ。ピピさんのおさんどんも、時々頼もうかしら。帰塔が楽しみです」

 ああああもうっ。奥さんてば、ほんと女神だ。
 両手組んでうるうる眼で見上げてしまうぞ、俺。最高っ。
 でも奥さんの中にいるもうひとつの人格、ハヤトは納得しないだろうな。
 今の言葉、ハヤトにもしっかり聞こえてるだろうから、嫉妬を鎮めてくれるといいんだけどな。
 ああ……いつもこのきれいな奥さんが、表に出てくれてるといいのになぁ……。
 奥さんが白魚のような手で、かちゃりと特製カンテラの扉を開ける。
 明かりが灯っていないそこは、まっくらなまま。

「今、神殿の外に出たところです。こちらはきれいな星空ですよ」
「こっちもだよ、奥さん。雲ひとつなくて、すんごいきれいだよ」

 満点の星がいまにも落っこちてきそう。
 いや、ほんとに落ちてくる。
 今宵は、そんな日だ。

「今から落ちてくる星をつかまえて、塔に持って帰りますね」
「精霊と契約するんだろ?」
「はい。使役できる精霊はひとつでも多い方が。手勢を増やしておくに越したことはありませんから」

 奥さんは俺より腕がいい灰色の導師だった。
 今手にしている特殊なカンテラもお手製だ。物質ではない精霊を閉じ込めておける特殊構造の瓶である。ほんと、何でも作れるんだよなぁ。
 でも生まれ変わって黒の技をマスターしてから、奥さんはあんまり物を作らなくなった。
 魔力を行使したら、なんでもできちゃうからだろうか。
 韻律の技を使えば、わざわざ飛行機を作らなくても空を飛べちゃうもんね。
 奥さんは、最近は精霊行使を専門としている。ひまさえあればいろんな精霊を集めている。その本体は惑星級のものから、水たまりレベルまでさまざま。
 俺たちの敵はまたいつなんどき、この世界に出ようとしてくるかわからない。
 今は力で抑え込むしかないのが現状だ。
 だから奥さんは抜かりなく、常に自分の力を高めようとしているようだ。
 神に匹敵する敵を、すみやかに撃退するために。



『来たれよ 空のかなたから
 きらめく彗星 天の光』



 奥さんが麗しい声で歌いだす。
 俺も一緒に歌った。
 はるか遠くの地にいる奥さんが、ちゃんと聴こえてますよ、といいたげに微笑んでくる。


『この手の中にて まどろみを
 おどる星々に安らぎを……』


 俺たちが歌い終わると。
 奥さんがかかげた空のカンテラに、ふおんと輝くものが飛び込んできた。
 今落ちてきた星だと、奥さんがはしゃぐ。

「とてもきれいですよ。見えますか?」

 うん。見えるよ奥さん。
 緑色の蝶々みたいなのが、カンテラから光を放つ。
 あたりがふわっと、やわらかい光に包まれる。
 奥さんが精霊の光に照らされて、本物の女神様のように見える。
 きれいだなぁ……。
 ああ、顔の頬肉が垂れる。目じりがさがりっぱなしだよ俺。
 奥さんはさっそく、うるわしの声で契約の詠唱を始めた。
 星の精霊はこれから、奥さんを守護する力のひとつとなる――

「ふええ。落ちまくってるなぁ」

 空を見上げれば。
 まだまだ、星が流れ続けていた。
 たくさん。たくさん。まるで、雨が降り注ぐように。

「ちょっとこの落ち方は気になりますね」

 契約を終えて同じく空を見上げた奥さんが、ぽつりとつぶやいた。

「何か大きなことが起こる予兆のような。まがまがしいことでなければよいのですが……」

 魔力ある奥さんは何か感じ取ったらしい。
 でもまだ、凶事とは断定できないようだ。
 まあ、警戒はしておこう。何が起こってもいいように。
 俺たち遠距離夫婦はそれからしばらく、無言で美しい星の雨を眺めていた。
 俺が奥さんの腕の中に納まって。奥さんは俺の頭を優しく撫でながら。
 俺が星を見ながら願っていたこと同じことを、奥さんも願っていたと思う。



 どうか世界が。おだやかであるように――。







「ぴ、ピピ様!」

 というわけで、予想通りそれから三日後。
 俺の書斎に、血相変えた赤毛の料理人が飛び込んできた。

「変なおじさんが厨房にいるんですけど!!」

 ついに、帰ってきたらしい。

「なんだかニンジンを、ぐっつぐつ煮込んでるんですよ! めっさおそろしい匂いがするんですけど、止めていいですか?!」

 やべえ。いきなりニンジン粥作ってんのかよ。

「止めないでやって……」

 ああ。耳が垂れる。こわくて垂れる。床にはいつくばって、イモムシになりたい気分。

「だいじょーぶ。そいつ、作ったニンジン料理は絶対俺にしか食わせないから。そいつが厨房から出てったら、いつもの仕事たのむわ」
「は、はい。分かりました。ということは、ピピ様の分は、お作りしなくていいんですね。なんだかギロッとにらまれちゃって、俺、すごくこわいんですけど。もしかして前任の料理人かなんか……」 
「あー。ちがうちがう。俺の師匠だから。ほっといてやって」
「はいい?!」

 眼を剥く料理人に、俺はしっしっともふもふの手で追い払うしぐさをした。
 これから当分、おなかが痛くなりそうだ。
 いや、おいしいのよ?
 おいしいですとも。
 味はまともだよ。
 でもね。

「ただいまぺぺー!!」

 ひっ。
 来やがったわ。

「早く逃げろ料理人。でないと韻律でふっとばされるぞ」
「は、はいっ? そ、それでは失礼します」
「あとでこそーり、消化促進パイナップルジュース届けてよ」
「は、はいっ」

 戸口の向こうに消えた料理人と入れかわりに入ってきたのは、黒い衣を着たむさいおじさん。
 その腕には。

「ちょ……おま、どんだけ……」

 ずももももと。天を突く霊峰ビングロンムシュー級のにんじん粥の山。

「特製ニンジンがゆううううう! ぺぺはこれ食べないとダメだよなぁー。んもう、新しい料理人、全っ然わかってないよなー? おまえのこと、ピピとか呼ぶし。おまえはぺぺだよなぁ。な、ぺぺ!」

 むさいおじさんは、俺の目の前にお粥の山をずごんと置いた。にっこにこと満面の笑みで。
 俺は引きつりながら、スプーンでお粥の山のふもとをすくって口に入れた。
 いや、おいしいのよ?
 おいしいですとも。
 でも、こりゃまたすごい量だよ。いつもの三倍ぐらいないか?
 これ。全部、食べられるだろーか……食べないとびいびい泣くしなぁ。まったくもう。
 しかたなく食べ始める俺を、黒い衣のおじさんはにっこにっこしながら見ている。
 しゃがんで頬杖ついて、とっても幸せそうに。
 おじさんの腰には、カンテラがかかっている。その中で、ぴかぴか綺麗なものが光っていた。
 淡く緑に光る、蝶のようなものが。
 それはとてもきれいで清涼な光で。
 俺の書斎を、すみずみまで照らしていた。

 ふうわり。やわらかく。



――きらきら精霊燈・了
――

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2016/08/21 09:44
E.Greyさま

ご高覧・コメントありがとうございます><
おばちゃん代理の名前は故意に明かされていません^^
後の歴史では「エティアの武王」と呼ばれるらしいのですが、
本名は何と言うのかナゾです^^;
ウサギと師匠はアスパシオンの弟子で主役を張っていたので、強烈であります汗汗
今後、おばちゃん代理の活躍を描けるとよいなぁと思います。
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2016/08/21 09:40
かいじんさま
ご高覧・コメントありがとうございます><
ぺぺも師匠もあいかわらず、むちゃむちゃ元気なようです^^;
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2016/08/08 02:42
そういえば料理人おばちゃん代理さんの名前ってなんでしたっけね
強力なキャラが多いため弱くなっているような気が…
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2016/08/02 23:13
相変わらずいい味出してますね^^(キャラ的に)
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2016/07/31 10:57
雪波さま

ご高覧・コメントありがとうございます><
七夕のおりひめ・ひこぼしの遠距離恋愛をイメージして、
奥さんとウサギも遠距離シンクロさせてみました。
星空のもとの一場面、きれいな情景として想像していただけて
とてもうれしいです。感謝です^^!

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2016/07/31 10:55
ミコさま

ご高覧・コメントありがとうございます><
続編扱いでもいいのかなぁと思いつつ。
おばちゃん代理シリーズはアスパの世界の三十年後、という設定になっています。
神聖暦という星の暦の大体の年表は作ってあるので、
書きたいところを書いているという感じです^^
楽しんでいただけてうれしいです><
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2016/07/31 10:52
紅之蘭さま

ご高覧・コメントありがとうございます><
もうなんでもありの世界ですーw
アスパの世界は遠い遠い未来、地球やほかの天体からいろんな種族が殖民してきて
発展衰退をくりかえしてきた星です。
そのため種族も国も超技術もいっぱい。
文化と技術のメルティング状態~。
なので、なんでもあり~の世界になっているようです^^
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2016/07/31 10:47
スイーツマンさま

ご高覧・コメントありがとうございます><
アスパ本編より三十年後のお話となります^^
おばちゃん代理はエティアの王様になるらしいので、
ジャルデ陛下やウサギとは必然的にからんでしまいます。
ていうか、たぶんウサギは強力なブレインとなるのでしょう・・・
秘密道具出してくれるドラえもんと言うか
ゴジラ映画の博士役みたいな位置づけになるのかなと思います。
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2016/07/31 10:37
よいとらさま

ご高覧・コメントありがとうございます><
おっしゃるとおりに、メキドの四基の島要塞は星見塔としても、すごく機能してくれそうです>ω<
みみみ見えてはいけないものって……うぎゃーノωノ

わらで編んだ蛍かご、いつか別のお話で出してみたいアイテムです。
三角錐の形で、底がなくて。
光を楽しんだらすぐに蛍さんをリリースできるようになっているものがあります。
生き物にやさしい~^^

精霊を虜にしちゃうアイダさんはなにげにこわいですw
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2016/07/31 10:32
カズマサさま

ご高覧・コメントありがとうございます><
はい、その後のぺぺさんのお話です^^前のお話を覚えていてくださってうれしいです♪
エティアのジャルデ陛下が五十歳といってたので、
アスパ本編から大体三十年ぐらいあとみたいです。
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2016/07/31 10:30
おきらくさま

ご高覧・コメントありがとうございます><
もともとのお粥の量も、いつもすごい量なんだろうなぁと思います。
「俺の愛情の大きさをあらわす単に、いっぱいつくらねーと!」みたいな^^;
ぺぺ、ふぁいとww
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2016/07/26 21:15
満天の星空や、精霊の光、登場人物の美しさや、ウサギさんの可愛さを想像しました。
綺麗な作品だなぁと思いました(^-^)
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2016/07/26 20:07
これはコラボでしょうか楽しい仕上がりです^^
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2016/07/25 16:24
こちらのキャラ、ゴシック少女、アリス系兎さん、
憑依系、変身系、操縦型巨大ロボット系……
すご@@
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2016/07/25 00:29
本流がここで合流してきたわけですね
なるほど兎の正体は……
料理人はアクの強い本筋のグループをどう扱う?
エクスカリバー氏が盛り上げるかな
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2016/07/23 10:51
おはようございます♪

流れ星に願い事をするのは宇宙共通なんですねぃ。安心しました^^

屋上の天体望遠鏡も魅力的ですがメキドの4つの要塞も気になります。
これらの屋上にパラボラアンテナを設置して電波望遠鏡に仕立て、
電波干渉計として使えるようにすると宇宙の姿がもっとよくわかります^^

もしかすると見えてはいけないものまで・・・

星の精霊をとりこんだカンテラは蛍をいれた虫かごを思い出します。
蛍は逃げ出してしまいますが、精霊はそんな心配はなさそうですね^^

久しぶりに満天の星空を見たくなってきました。
いつも楽しいお話をありがとうございます♪
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2016/07/21 23:10
やはりその後のペペのお話に成っていましたね。
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2016/07/19 14:43
大変だなぁ…いつもの三倍ぐらいのニンジン粥。(;´・ω・)




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