Nicotto Town



夢逃避

 ここは教室。
数十名の幼い生徒達と一人の先生がいる、狭いようで十分な広さの空間があります。
壁も床も天井も暗い色をしていて、窓の外には何もない。それ以外は普通の教室のようでした。
 一人の生徒が立ち、手に持った作文を読み上げます。
『僕の夢。僕の夢はプロのサッカー選手になることです。』
その言葉から始まった作文は、読みあげている途中で先生に取り上げられ、破かれてしまいました。
「プロなんて目指しても苦しいだけです。サッカーがやりたいのなら趣味で続けて、普通に働いたほうがいいでしょう。」
そう言い放つと、先生は破いた作文を床に捨てました。
 次の生徒が立って、作文を読み上げます。
『私の夢。私の夢は歌手になることです。』
その作文も、読んでいる途中で先生が破り捨てました。
「歌が好きなだけなら止めなさい。歌で生きていくなんて無理です。」
 次々と生徒が作文を読み上げていきます。
『私は絵を描きたいです。』
『僕はヒーローになりたいです。』
『私はお医者さんになりたいです。』
『私は漫画家になりたいです。』
『僕は料理を作る人になりたいです。』
とても大きな夢もありました。頑張れば出来ると思って書かれた夢でした。
先生は、その夢の作文を破り捨ててしまいます。
「夢は大きければいいものではありません。夢はほとんどが叶わないものです。」
先生の言葉は、作文を破かれた生徒だけでなく、全員の心に入り込んでくるようでした。
次に作文を読むはずの生徒は、うつむいたまま立つことが出来ず、その次の生徒も、さらにその次の生徒も、作文を読む気にはなれませんでした。
 その様子に先生が教卓へと戻るなか、一人の生徒が静かに立ち上がり、手にした作文を読み上げました。
『私は、たくさん夢をみたいです。』
誰もがその生徒を見ていました。とくに教卓の先生は、とても冷ややかな目でその子を見ています。
『私は、たくさん夢をみたいです。
すぐに叶う小さな夢も、絶対に叶わない大きな夢もみたいです。
みんなと一緒に夢をみて、簡単なことでも叶ったら一緒に喜んで、難しい夢が叶ったらもっと喜んで笑いたいです。
だから私は、たくさん夢をみたいです。』
作文を読み終わると、生徒は先生に作文を差し出しました。
 先生はその作文も破り捨てました。
生徒は床に落ちた作文に目を落としましたが、すぐにまた先生を見ました。
「また書きます。書いて先生に出します。」
「いくら書いても先生は受け取りません。やっても無駄な事は、する必要のないことです。」
冷たく言い放つ先生に、それでもその生徒は言い続けます。
「先生、私は夢をみます。」
 先生とその生徒の様子を、静かにじっと他の生徒が見ていました。その目は諦めているようでもあり、すがるようでもありました。
「私は夢をみたいから夢をみます。
先生が笑う夢をみます。先生が喜ぶ夢をみます。先生が幸せになる夢をみます。先生の夢が叶う夢をみます。先生と一緒に夢をみる夢をみます。
私は先生が好きだから、先生の夢をみます。」
 暗かった教室の色が少し明るくなりました。まるで教室そのものが、この様子を見ているかのように。
 先生は作文を集めました。破り捨てた作文も拾い、そしてすべての作文を読みました。
作文を読み終えた先生は生徒達を見渡します。
生徒達はじっと先生を見ています。
「皆さんの夢はよくわかりました。どれも良い夢ばかりです。
ですが、先生は大人です。世の中が理不尽で厳しいことを知っています。
ですから、皆さんに先生から言っておきたいことがあります。」
 先生がまるで、生徒一人一人と話しているかのように生徒達は感じました。
「夢を叶えようとして自分が傷つくような生き方をしないでください。
自分には夢しかないと思って、他が見えなくなるような人にならないでください。
夢が叶わないものだと知って諦めても、誰も責めたりしません。
努力が足りないと笑ったりしません。
どうしようもなく苦しくて生きていけないなら、夢から逃げなさい。
逃げる事を恥じないで、生きていることが幸せだと思える人になってください。」
 何も無かった窓の外。しかし今、そこには世界がありました。
外とつながった生徒達に、終りのチャイムが鳴り響きます。




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