機霊戦記 第二話 黄金の女神(前)
- カテゴリ:自作小説
- 2016/08/09 21:10:53
天は青く。どこまでも蒼く。
昇るにつれて、どんどん色濃く紫紺になっていく。
皇帝機アルゲントラウムが展開する空調維持結界が、真空の空間とこすれてきんきん音をたてる。
背から黄金の翼を生やし、女神と手をつないで飛んでいる僕の下。
はるか眼下にある大島都市(メガコロニア)フライアはいまや遠く。フロリア銀貨ぐらいの大きさほどにしか見えない。
『即位五年を記念いたしまして、表に陛下の横顔を。裏に帝都フライアの七つの塔を刻印いたしております……』
廷臣どもが見せてきたあの記念コインのごとく、都の建物は一面白銀色。
ドーム結界に囲まれた白亜の都市は、人口三十万。
太陽系外の星から輸入した浮遊石の岩盤と、この星の遠心重力の作用で浮かんでいる。
高度は、平均70マイルメーター。
成層圏のひとつ上、中間圏を上下していて、星の周りをゆったり回るように移動している。
帝都の近くに転々と、すごく小さな島都市(コロニア)が数基見える。
豆粒ぐらいに見えるあれらは、大昔、この世で一番初めに作られた島都市(コロニア)たちだ。
天に浮かぶ都市が創られたのは、十五世紀前。
統一政府時代末期のこと。
大陸(ユミル)にあふれかえった人類は、別星系から輸入された鉱物を使い、空に浮遊する植民地を作り出した。
はじめたった十基だった島都市(コロニア)は、数世紀の間に二百五十六基に増え。現在もそのすべてが稼動している。
あの小さな初期のものに住める人間は、五万人ほど。
人が住み着いてすぐに、それは「天界」とか、「理想郷」と呼ばれるようになったそうだ。
資源が彫りつくされた大陸は疲弊しきっており。また膿みきっており。
度重なる地域紛争によって、大陸(ユミル)は汚染され。どこもかしこも病んでいたから。
だれもが汚れた母なる大地への愛を失い、そこから逃げたがっていて。
本当の新天地をめざし、ほかの星へ行ってしまった者も多かったという。
しかしこの星に固執する人々は。富める人々は。そして権力をもつ人々は。
島都市(コロニア)に移り住んで、死に絶えた地を見下ろすようになった。
自分たちが壊した、母なる大地を。
統一政府の中央政庁となっていた島都市(コロニア)オピニアが、叛乱を起こした暗黒の島都市(ネクサス・コロニア)に堕とされたのが、一千二百年前。
それをきっかけに、他の島都市(コロニア)も次々と独立を宣言した。
初期移住者の子孫で権力のある人々が王族となり。あまたの天の王国が生まれ。
統一政府は、消滅した。
国が林立すれば、相争うようになるのは世の必定だ。
弱きものは破れ、強きものが支配する。
現在、あまたの戦を経て他の島都市を従えるようになった強大な島都市(メガコロニア)は、わがエルドラシア帝国を含めて十八ある。
いずれのメガコロニアも、この星の覇権をとろうと虎視眈々。常に睨み合っている状態だ。
「戦場が赤い……」
帝都フライアのはるか下。
眼下にシミのごとく広がる大陸ユミルを眺め下ろして、僕はつぶやいた。
真っ赤な大陸ユミルは、まるで血を流して横たわっている死体のようだ……。
そう。
下界は、「戦場」だ。
天の楽園に住まいし者たちは、たがいの島都市を汚したり破壊したりすることは、決してない。
僕らは「天使たち」を汚れた大陸に降りたたせ、そこで戦わせる。
時を決め。場所を決め。
母なる大地で争わせる。
その背に機霊を背負った、機貴人――人工精霊に選ばれた者たちを。
高祖帝マレイスニールも、そんな機貴人たちのひとりだったという。
彼女は島都市(コロニア)フライアの王に仕え、王の代理騎士としてあまたの戦で名をあげ。世界中の誰もが知る英雄となった後に、クーデターを起こした。
王から玉座を奪い、おのが手で勝ち取ってきた島都市たちをとりまとめ、帝国を建てたのだ。
『朕がみずから勝ち取ったもの。ゆえに朕が統べるのが正統であろう』
彼女はそう豪語して、堂々と帝位に就いたという――
「一週間後の大陸投下戦では、植民星マルスとの紅鉱貿易優先権がかかってる。五ヶ国が参加の名乗りをあげてるんだが、煌ファング帝国の女帝が自ら参戦すると聞いた。だからうちも……代理騎士をたてるなんて、人任せにしたくない」
『わが主。かの国の現女帝の参戦は初めてですが、皇帝機王母娘娘(ワンムーニャンニャン)は、今までに三度出撃しています。私は直接の交戦記録をもっておりませんが、騎士団より送られたその戦闘記録の解析によれば――』
黄金の乙女が、しゃんしゃんと鈴を鳴らすような音を立てる。
記録を呼び出して、瞬時に計算しているのだ。
『投下予定のわが帝国第一騎士団十騎が、今度の会戦予定地で女帝陛下の王母娘娘(ワンムーニャンニャン)および七仙女と交戦した場合の勝率は、七割五分。わが国の皇帝機――すなわち私を投入せずとも、圧倒的に優位な数値です』
「いや、戦力の不安じゃないんだ。相手国の国主が出陣するから、こちらも相応の礼を尽くしたいっていうか……」
『ああ、わが主は礼を重んじる方ですものね。立派なお心がけです』
黄金のツインテール髪がふわっと揺れて。
僕と手を繋いで一緒に飛んでいる乙女が、かわいらしく微笑んでくる。
「いやその、心がけという堅苦しいものでもなくて」
僕のアルゲントラウムは、他の機霊と違う。
その人工知能はとても賢くて。個性的で。まるで普通の少女のような思考を持っている。
だから僕は目を細めて、軽口を叩いた。
「煌の女帝の『王母娘娘ワンムーニャンニャン』を、じかに見てみたいな、って。君と同じ年頃の機霊だそうだから」
『えっ……』
金髪の少女の表情が繊細に変わる。むぅと口を引き結んで、ちょっと怒り顔だ。
アルゲントラウムは人間には嫉妬しないが、同じ機霊にはすごく嫉妬する。
その貌が……実にかわいい。
「でも、君より強い機霊はいないよね」
にこっとして言ってやると、黄金の乙女は謙遜した。
『買いかぶりです、わが主』
はにかんで、ほのかに頬を染めるところがまたいい。
『あ……すみません。わが主、高度が高すぎます。結界の出力が限界です』
白い衣のすそをなびかせ、黄金のツインテールをゆらして少女が警告する。
僕はしぶしぶ、飛翔の高度を下げた。
帝都フライアがぐっと近づく。
眼下に在る都は、ドーム型に展開する空調維持結界に包まれている。
白亜の都市を包んでいるのは、ほんのり霞がかかった青色の空気。
酸素のみならず、住まう人々の健康を促進し、長寿を促す数種類の合成気体が混ぜられている。
僕のアルゲントラウムはその結界を突き抜け、独自の結界を張ることができる。
完全光体の翼から高エネルギーの結界膜を展開するのだが、高度が上がれば上がるほど、莫大なエネルギーが必要となる。
加えて。機霊が寄生している、宿主の生命エネルギーも。
さすがにこれ以上上昇して、宇宙空間にまで出るのは無理だ。
同調して機霊に生命エネルギーを流し込む、僕の心臓がもたなくなる。
皇帝機でも無理なのだから、たぶん……
いまだかつて、星の海を渡った機霊はいないだろう――
『飛翔時間、クオーターを超えました。宮殿へ帰投いたしますか?』
「もう少し飛んでいたい」

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- カズマサ
- 2016/08/09 22:03
- 勝たなくてはいけない戦いですか・・・。
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