自作ドラゴンクエストⅡ~悪霊の神々・197
- カテゴリ:自作小説
- 2016/08/13 09:41:24
【ハーゴン】
広大な青白い結界に守られた薄暗い聖堂に、低い祝詞が響いていた。
巨大な邪神の像の足元には、なみなみと生き血を湛えた溝があった。邪神官ハーゴンはその前にひざまずき、一心に祈っていた。
「……誰だ。我が祈りを邪魔する者は」
ロラン達が背後へ近づくと、ハーゴンは静かに立ち上がり、振り返った。
「お前を止めに来た。――邪神官ハーゴン」
ロランは言った。声は乾いていた。だが、ハーゴンを見つめる瞳は硬質の光を放っていた。
「我を邪(よこしま)と呼ぶか……」
ハーゴンは杖を持たない手で顔を覆い、低く笑った。
ひそひそと胸に忍び込む低い声は、魅惑的だった。孤高でありながらどこか寂しげでもある。この声で世を嘆き、救いをもたらそうと呼びかければ、多くの者が賛同するだろう。彼の力になりたいと願って、身を擲(なげう)つだろう。
「何も知らぬ愚か者。いくばくかの天の助けも得てここへ来たようだが、それも終わりだ。お前達の成そうとすることは、緩慢な世界の滅びを助けるに過ぎないのだぞ」
「邪神にすがってまで世界を変えようとすることが、本当に救いとは思えない」
ハーゴンの金色の目を見すえ、ロランは言った。くくく、とハーゴンは笑った。
「まだお前達は天の神や大地の精霊とやらを信じているのか? 利用されているにすぎぬというのに」
「……僕達が信じるのは、誰もが生きたいと願う、その心だけだ」
ハーゴンは顔を覆っていた手を下ろした。口元に鋭い犬歯がのぞく。
「人間は愚かだ。魔物の体に成り果てたが、私も何ひとつ変わってはおらぬ。救いを求める手段に暴力しか持たぬ、その浅ましさもな。だが、救世のために私は身を捧げよう。――来るがよい!」
ハーゴンは巨大な宝珠を戴いた杖を振りかざした。ロラン達の目の前が光る。イオナズンだ。痛みも熱も、何度食らっても慣れない。骨を焼かれる苦痛を食いしばり、ロランはハーゴンへ斬りかかる。背後で、ランドとルナが回復呪文を唱和する。
「やああっ!」
ロランの一閃を、ハーゴンは杖でたやすく受けとめた。強い、とロランは直感した。間髪入れず、ハーゴンの回し蹴りがロランの腹部を捉える。どっと背骨へ抜ける衝撃を受け、ロランは吹き飛ばされていた。
「スクルト!」
ランドが守備力を上げる。ルナがハーゴンへルカナンを唱えた。ハーゴンは立て続けにイオナズンを唱えた。すさまじい爆裂に身を守るすべもなく、3人は激痛に耐える。
「べ、ベホマ……!」
床に倒れこみ、朦朧としながらルナがぐったりしたランドに呪文をかけた。意識を取り戻したランドは、ロランを見てまだ余裕があると判断し、ルナに優先してベホイミをかける。
ロランはハーゴンに斬りかかったが、火傷の痛みが動きを鈍らせた。ハーゴンは一撃を杖で打ち払う。
ルナがロランにベホマを唱える。痛みが一瞬で引き、ロランの腕に力が戻った。足を踏みかえ、斬りつける。が、ハーゴンの鋭い蹴りが刃を打ち払った。体勢を崩されたが、一瞬で身を引いて避け、ロランは間合いを取る。にっ、とハーゴンが笑った。
「素晴らしい。お前は優れた人間だな。我が新しき世に生きるにふさわしい」
「僕が優れているって――?」
ロランが眉をひそめると、ハーゴンは両腕を広げた。
「しかり。かつて、この世界にはお前達のような人間がひしめいていた。強き技と魔力を持ち、高い文明を築いていた。世界には生きる力が充ち満ちていたのだ。だが、今の世はどうだ。何の力も持たぬ輩がのさばり、過去の遺物にしがみついて生きている。新しきものを生み出す力は失われ、やがて人間は魔法という素晴らしい力があったことも忘れるだろう。そして野の獣となり、互いを高め合うこともなく、日々の糧のみに頭脳を費やすであろう。それは滅びだ! 人間という高等な種の滅びなのだ!」
「高等――何を基準にしてそう言えるの?」
ルナが怒りを瞳に溜めて言った。
「あなたの言うことは、力を持たない人間に生きる権利はないと聞こえるわ」
「その通りだ」
ハーゴンは残忍な笑みを浮かべた。
「優れた者が優れた子孫を残すに足る。だからこそ、お前達が生まれたのではないかね?」
「そうかなあ」
ランドは眉を寄せた。
「キメラがメイジキメラを生むってことわざもあるけどな」
「劣った者は劣った者しか生まぬ」
ハーゴンは冷然と答えた。
「ロトの子孫よ。お前達がここまで到達できたのは、その血によるものだ。勇者ロトという特別な血がなければ、神々はお前達を助けはしなかった。わかるか? “特別”でなければ、人間は見捨てられてしかるべき存在なのだ!」
「――違うっ!!」
ロランは叫んでいた。猛然と斬りかかる。振り下ろした稲妻の剣を、ハーゴンは杖で受けとめた。火花が散る。
「なぜ違う? ローレシアの王子よ」
ぎりぎりと剣を押し返しながら、ハーゴンは言った。
「ならばなぜ、天は他の人間にロトの装備を使わせない? 誰もに資格があるのなら、なぜお前達だけに戦わせる?」
「僕達は人々の願いの結晶だと言われた」
渾身の力で押し返し、ロランはハーゴンをにらんだ。