子どものころは、夏になると父の実家に家族で出かけたものだった。
母方の親族は東京からさらに離れたところにおり、なおかつ性格が都会的で合わず、それも手伝って疎遠。
それに比べると、秋田の父の実家は、田舎的でアットホーム。何かとこちらに気を使ってくれて、兼業農家とあって田んぼや畑もあり、いい家だった。

だったというのは、もう十数年も足を運んでいないから。
父はひとりで、あるいは母を連れて毎年実家に帰っている。しかし私や妹は仕事を理由に行っていない。
行けば、結婚したいとこ達やそのお嫁さん、子ども達に会わなければならず、今さら会ったところでその子らが面食らうだろうと思って、余計に足が鈍るのである。

しかも親族として、その子らにお小遣いのひとつもあげなきゃならない。
子らの立場から見れば、私は初対面で「お父さんのいとこにこんな人いたんだ」と思われ、「でもお金くれた。親戚ってよくわかんないけどお金くれる人なんだぁ」とも思われるであろう。それがなんとなくいやなのだ。なぜなら、私がそうだったから。

しかし顔を会わせなければ、同じ血を分けた一族といえども他人になってしまう。
そのうち機が満ちたら…と思う。


お盆から少し過ぎたころ、夢に母方の祖父が出てきた。
私がトイレに入り、開いていた窓を見ると、父が運転する古いタイプの黒いハイヤーがちょうど駐車するところだった。
車の後部座席の窓も開いており、そこに、どこか疲れたような、ぼんやりした顔の祖父と、長い髪の若い女性が座っているのが見えた。
女性はあまり顔が見えなかったが、母方の祖母かもしれない。

お盆だからこの家に来たのかなぁ、と思った。しかし祖父のぼんやりした顔が気になった。
祖父が亡くなってすぐ、夢に出たことがある。
亡くなった当時は冬だったが、夢では夏で、祖父は白地に青い模様のついた浴衣を着、手にスイカを下げていた。家の近所にぼんやりと立っていたので、私が「こちらへどうぞ」と招いた。その辺で目が覚めた。

その夢で見た顔つきと同じということは、まだ成仏してないのか。
もしくは、呼び出されてわずらわしいと感じて、疲れた表情をしていたのか。車で来た夢を見た当時は、ネット不通だの車のタイヤのロスだの深刻な家庭の不和だの、大変な時期であったから。
私は祖父母の遺影にお願い事をしないが、この時だけは「助けてください」と祈ってしまった。だから、しょうがねえなと思ってこっちに来たのかもしれない。もう本当は関わりたくないと思っているのなら、申し訳ないことをした。
やっとこの世から離れて楽になったのに、面倒なことで現世に引っ張られてしまったのかもしれないのだから。

魔物が飛び交っている、としか思えない８月だった。始まりは７月末からだったが。
おぞましい犯罪や他を省みない事故（某スマホ配信ゲームによる）、終わらないテロ……そこで孤立する人達。さらに昨日は世界２か所で大きな地震まで。
ああ、この世は地獄だと思う。貧困の差は絶対に埋まらないし、さまざまな暴力は終わらない上、ある意味昔よりひどくなっている。
本当に生きるのが嫌になり、近くに海もあるし、いつ飛びこもうかな……と考え続けていた。
幸い気持ちは持ち直したが、虚無感は拭えない。そんな中、我が家の犬たちを見て、この無垢な生き物が頑張って暮らしているのだから、まだこの世は生きられると思うことにしている。

ネットが不通だった時、あの身の毛もよだつ殺戮事件が起きた。私は人間と世の中が恐ろしくて仕方なかった。夜眠れなかった。
眠れない中、神に祈った。自分も灯のひとつにしてくださいと。
一人一人の心のありよう、気持ちの持ち方が、世の中を変える。この世が悪意に満ちた暗闇なら、その中でも良心を失わないことが明かりになる。生きる人みんなが良心という明かりを持ち続ければ、この暗い世は良い方へ向かうのではないか…そう考えている。

その灯を保つには、生き続けるしかない。たとえ何者にもなれなくても、それがこの世に生まれた人の宿命なんじゃないかと思った。
これが私の今夏の思い出です。