Nicotto Town


ま、お茶でもどうぞ


自作ドラゴンクエストⅡ~悪霊の神々・208

「……最近のあなた、見ていてつらくなるわ。何か思いつめているんじゃないか、って」
 海の見えるバルコニーに、私とロランは並んで立っていました。平服のロランは、水平線を眺めたまま答えました。
「……別にあのことを引きずってるわけじゃないよ。みんなに、僕が迷惑がられたのはきつかったけどさ……。でも、あれから考えるようになったんだ。僕が、これからすべきことって何だろう、って」
 それは、これから王として国を治め、ロトの国の盟主として世界各地を調停する重責だろう、と、その場にいた人は言うでしょう。でも私は、ロランがそう言った時、彼が何を言わんとしているのかわかりました。でも、あえて知らないふりをしました。
「それで、何か見つかったの?」
 ロランはかぶりを振りました。潮風が、かすかに彼の銀髪を揺らしました。
「わからない。でも……怒らないでくれよ? 嫌なんだ。このまま王位に就くのも、誰かと……一緒にさせられるのも」
 それはまるで、これから死に向かう人が言うような言葉でした。でも、それは遠からずというところです。もし国王になったら、自由に城の外へ出ることも、世界を回ることもできません。親しいランドと会うこともできません。
 一緒にさせられる、という言い方も気になりました。私はあえて、明るく尋ねました。
「お見合い、うまくいかなかったのね」
 ロランはすでに、3人の貴族の娘と会っていました。でも1時間と持たなかったと、ローレシア国王が落胆しながら、私に打ち明けていました。
「悪い性格じゃないと思う。でも、会ってすぐ、ああ逃げたいって思ったんだ」
 ロランは私を見て言いました。悲しそうに。
「きっと彼女達を傷つけた……僕は彼女達が何を話しかけてきても、黙っていたからね。でも、嫌で嫌で仕方なかったんだ。だって彼女達はみんな、僕を見ようとしていなかったんだから」
 私はうなずきました。そして、ほんのこっそりですけど、ふられた子達がいい気味だとも思ったのです。ロランが嫌悪に駆られた理由。それは、女で言えば、嫌らしい目で男から見られたのと同じであったでしょう。
 ロランの優れた外見と、偉大な功績、そして高貴な身分。娘達はそこだけに目を奪われ、皆、我こそは妻にと自分を売り込んだに違いありません。ロランにはそれが卑しく映ったのでしょう。
「……実を言うとさ」
 ロランはさらりと言いました。
「僕は、君が好きだったんだよ」
「知ってる」
 私が答えると、ロランは「知ってたぁ?!」とすっとんきょうに反応したので、私はおかしくて笑ってしまいました。ロランは苦笑して、指で頬を掻きました。
「なんだ、ばれてたのか」
「ええ。あなたと再会した時からね。でも……」
「ああ。……キースのことが気になってたんだろ?」
 私も苦笑してうなずきました。そうすることができるほど、私の騎士キースのことは、過去になってしまったのだと思いながら。
「それに、あなたもはっきりしなかったしね」
「それは……だって。そういうこと、あからさまにするもんじゃないだろ」
 ロランは赤くなったようでした。月光は、白々と彼の髪や頬を照らしていました。
「……でも、"だった"のよね」
 私は言いました。不思議と寂しくありませんでした。
「ああ」
 ロランも迷いなく答えました。
「今は、君のことはかけがえなく思ってる。この世で一番、何でも話せる親友。大切な身内だ」
「ありがと。私もよ」
 私達は見つめあいました。ロランは17歳になり、また少し大人びた雰囲気になりました。
 こちらを見つめるまっすぐな青い瞳、意思の強そうな眉、整った鼻梁や唇。上背のあるたくましい体つき……世の乙女なら、誰もが恋してやまないでしょう。私も別の身分であったなら、あるいは別の出会いをしていたなら、同じように思ったでしょう。
 けれど、ロランには家族のようないとおしさは浮かんでも、そのような想いは生まれませんでした。
「……頑張ったら、そうなれるかもしれないけどね」
 私がつぶやくと、ロランは笑いました。
「そうだね。お互いに努力したら、きっと……」
 ロランは最後まで言わず、黙って視線を海に戻しました。
 私も並んで海を見つめました。きっと私達を見る人は、お似合いだとささやくでしょう。実際、ローレシアの城ではそう言われています。私が、ムーンブルクの領土をローレシアに献上して、ローレシア王家に入ることまでまことしやかに噂されています。
 私もいずれ、夫となる人を探し、血筋を伝えるために婚姻しなければなりません。
 でも、良い馬を生むように血統や能力を選ぶのは嫌だと思っています。今は亡きキースは、偶然にもそういった相手でしたが、自然に通いあった想いがありました。
 ランドの父サマルトリア王は、サマルトリア城の尼僧と運命的な恋で結ばれた仲でしたが、ローレシア王と私の父ムーンブルク王は、家柄と魔法力の強さで選ばれた娘とお見合いをして、結婚しています。だからこの2人の結婚は遅かったし、年の差もかなりあったのです。
 父王達が遅い結婚だったのは、次の世代に優秀な子孫を残せるかという選別もあったでしょうが、もしかしたら、2人もこのような婚姻方法が嫌だったのでは……だからぐずぐずと遅らせたのでは、と思っています。
 このままでは、いずれ私達もそうなるでしょう。若さが過ぎた時に、やっと諦めてこの人と思う日が。
 でも、恋を知る私は、やっぱり愛する人と自然に結ばれたいと願っていました。自分を競り市の見本のように、見合い相手にさらけ出すことはしたくない。そんなことをするくらいなら、ロランと一緒になりたい、とまで考えていました。そして、そう、努力すれば、その気持ちも育めると思っていました。
「きれいな月ね」
 私は空に浮かぶ月と、ロランの髪を見比べました。
「ほら。あなたの髪みたいよ」
「君の髪の色にも似てる」
 白銀のような、金色も帯びた月の光を、ロランは手を差し向けて受けとめました。
 手を下ろすと、ロランはまた、じっともの思いに沈みました。
 と、ふいにロランが手すりをつかんで身を乗り出しました。
「どうしたの?」
 びっくりして問うと、ロランは信じられない顔をして水平線を見つめ、「あれ」と指さしました。私は視線を移し、言葉を失いました。
 とても大きな鳥が、月光に輝く水面の上を飛んでいたのです!
 それは鷹に似ていましたが、もっと優美でした。羽根は淡い紫に輝き、足は長く、頭と尾羽に長く美しい飾り羽根を持っていました。
 ひと目でそれが雌だとわかりました。なぜだか、そう直感したのです。
 人を4人は軽く乗せられるような巨鳥は、やがて水平線の彼方に消えてゆきました。
 ふいに鼻を鳴らす音がして振り向くと、ロランが、海の向こうを見つめて泣いていました。彼はつぶやきました。
「……行きたい。あの鳥の行ったところに。僕も連れて行ってくれたらよかったのに」


 そして3日後に、ロランは、ローレシア城から姿を消したのでした。




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