自作ドラゴンクエストⅡ~悪霊の神々・214~完
- カテゴリ:自作小説
- 2016/08/31 09:06:57
皆が私を勇者として崇め、尊敬してくれます。でも、そんな視線が時々つらくなります。
国の主として働きがいはあるけれど、なんだかみんな、私ひとりに何もかも決めさせようとしている……そんな気がして。
私はまだ未熟で、学ぶべきことがたくさんあります。でも、私より経験や知識が豊富な大臣達が、私の安易な一言に疑いもせず承諾するのはどうかと思うのです。
私は確かにロトの子孫で、勇者になった身だけれど、その前に――ひとりの人間です。至らないところがたくさんあります。でもみんな、それを見ようとしません。
国政でつまずくことがあると、私はローレシア王に教えを請いに行きます。王は歓迎して、あれこれ教えてくださいます。でも、一度だけ、こうおっしゃいました。
「もし、そなたがロラン達を追いたいと言うのなら、止めはせぬ。それが先祖の望みでもあろう」と。
ロランがいなくなったあと、あまり時間を置かず、ローレシア王は王政の廃止と、共和制度を宣言しました。ロランが戻るまで待ってほしいという臣下の意見は却下しました。
「ロランはもう戻らない。わしにはわかる。たとえ戻ったとしても、民は一度国を捨てた王子を、また王に戴きたいと思うだろうか?」
これに意見できる人はいませんでした。ロランの教育係だったマルモアやシルクスが、そっと涙を拭っておりました。本当はロランに王位を継がせたかったローレシア王の思いを、私達は知っています。けれどあえて、王は決意されたのです。ロランが選んだ道を祝福しようとなされたのです。そのためには、何もかも振り切る必要がありました。
ローレシアは、現国王が崩御された後、宰相が選挙によって選ばれ、その人が元首となって国を治める制度となりました。王はご健在ですが、毎日、ロランが戻ってはこないかと、私に会うたびにつぶやいてらっしゃいます。
そして、サマルトリア王も時々、ルーラの呪文でローレシア王に会いにいらっしゃるようになりました。お二人は庭園などでお茶を飲みながら、ロランとランドが子どもの時の話をしておられます。
そしてこう話しておられるのを聞きました。
「――何もかも遅すぎた。我が子のために良かれと思った配慮が、因果となって帰ってきた。わし達は背負わせすぎたのかもしれぬ。それでもけなげに、ランド達は世界を救う使命を果たしたのだ。もう自由にさせてやるべきかもなぁ……」
「そうだな……。ロランが長くつらい戦いで失ったものは、髪の色だけではなかったようだ。あの子は決して苦労を話さなかったが、話せなかったのだろう。その身や心に受けた苦痛は、とても言葉では表せるものではないであろうからな。……旅の空で、その傷を癒しておればよいが……」
「それは大丈夫だろう。――ランドと会えていればな」
日々を過ごすうち、私もまた、ロランとランドに会いたいと切望するようになりました。
そのためには、国を捨てる覚悟が要ります。私を慕ってくれる国民や臣下を見捨てる罪を犯してまで、また旅に出たいと思う自分を責める毎日です。
でも、ロランが手紙に書き残した一言が、私の中で繰り返されています。
王はなくとも、人は生きる、と。
その意味するところを、私はとみに感じるようになりました。
私がいなくなったら、ムーンブルクは再び滅びるでしょう。でも、そこに住まう人は生き続ける。生あるもの、人の営みは果てしがないものなのですから。……
私は、3年前、自分に賭けをしました。
ロランがいなくなる前、共に見たあの不思議な巨鳥が、また私の前に現れたなら。
その時、私はまた旅に出よう。二人を捜しに行こう、と。
もし、願いがかなったら。賭けに勝つことができたら。
私は行きます。
この手紙を読んだ皆さん。どうしてと人々から、私が玉座を捨てた理由を問われたなら、「どこかに嫁いだ」とでも申し上げてください。その方が、皆もわかりやすいでしょうから。
◆
ルナが手紙をほぼ書き終え、机から顔を上げた時だった。青い空を映す窓の向こうに光り輝く鳥が見えた。それは南の、ロンダルキア山脈から飛んできていた。
ルナは窓に駆け寄り、押し開けた。春の風が金色の髪を吹き流す。
間違いない。あの巨鳥だ。淡く輝く神秘の鳥を見た瞬間、ルナの脳裏にロトの紋章が浮かんだ。
不死鳥ラーミア。遥か古代から語られる、伝説の神鳥。かつて勇者ロトとその仲間達を乗せ、この世界に運んで来た神秘の存在。次元と時空を自在に行き来するもの。
ルナは衣装箪笥に走ると、いかずちの杖と肩掛け鞄を取り出した。ドレスを脱ぎ捨て、急いで白いローブと紫の頭巾に着替える。そして荷物をつかむと、部屋を飛び出した。
何事かと棒立ちになる人々の間を走り抜け、ルナは草原へ駆けた。徐々に近づいてくる鳥の背には、二人の少年が見えた気がした。
主のいない部屋で、開け放たれた窓から風が吹き込み、机の上の帳面をぱらぱらとめくる。最後にルナが記したページで、風は止まった。すると、置きっぱなしだった羽根ペンがふわりと浮いて、見えない手がこう記した。
――The end.
蒼雪庵
http://aomon3.hatenablog.com/entry/2016/08/30/111051