8月自作 海 「大海嘯」(前)
- カテゴリ:自作小説
- 2016/08/31 22:47:30
ちりんちりんと、塔の窓からぶら下がっている風鈴が鳴っている。
真っ赤な金魚の形をしていて、ギヤマン製のおっきい目玉と半分開いた口が、どこかユーモラス。
世間一般は、夏。
入道雲がもくもく空に浮かぶ夏。
ということで、
「海! 海に行くぞぉ!」
と、俺の雇い主であるウサギ技師は、自走する塔をういんういん動かした。
「おじぃ、俺様も連れて行け!」
「なに言ってんだ! おまえはちゃんと奥さん孝行しろっ」
すがるエティアの国王陛下を、ウサギ技師が塔からげしりと蹴り落とし。緑蛇のお妃様のとぐろの中に預けての、王宮敷地内からの逃亡――いや、バカンス? である。
刀身が長くなってピカピカ絶好調の俺の剣が、陛下から遠ざかるときになんか変な曲を奏でていた。
また「あにそ」かなんかだろうと思って突っ込まないでいたら、えらく拗ねられた。
『んもう! せっかく臨場感を出してさしあげたのにぃ。ウォルフガング・アマデウス・モーツァルトのK.384番、後宮からの誘拐のフィナーレの歌をかけたんですよ? ご恩は決して忘れませーん!を。ぴぃったりフィットでしょうそうでしょう?』
北の辺境、人口100人の村出身の俺。音楽家の名前なんて、てんで知らないんだが。
「モーツァルトなんて俺も知らないぞ。誰だそれ」
黒い衣を着た黒髪の変なおじさんも、鼻をほじりながらきょとんとしていた。
『青の三の星の大音楽家ですよ』
「青の三の星ぃ? ってこたあ、それって一万年以上前に取得された記録じゃないか。だれにもわかるはずないわー」
くははと、ウサギが声を上げて苦笑したものだ。
「ほんと赤猫のオリジナルは長生きしてるなぁ」
ということで、現在。
自走する塔は、エティアの西のとある港街に――来ているはずなのだが。
「どうして街の海岸ではなくて、河口に?」
ウサギの塔は港町の横を流れる川の河口付近、デルタの中洲に鎮座している。
「ん? いいのいいの。ここでOK」
風鈴の音を聞きながら、ウサギは塔にはりだしたテラスで日光浴。
寝椅子に寝そべり、もふもふな足を組み、頭にはかっこいい黒サングラス。
そのそばには――銀髪の美女が侍っているときたもんだ。
俺は厨房で作ってきたパイナップルジュースを二人に渡した。
消化促進のこのジュース、イチジクも少しミックスしていて効果はてきめんだ。
ウサギ技師は毎日黒髪の変なおじさんが作るニンジン粥ばかり食べているが、しごく健康。
目方がぷっくり増えているのは、たぶん幸せ太りというものだろう。
「おいしいですね、ピピさん」
「うんうん。さわやかーな味のジュースだろ?」
しかしこの銀髪の美女が、黒髪の変なおじさんと同一人物らしい? のは本当に解せない。
多重人格者だそうだが、人格が変わったら、外見もこんなにがらっと容姿が変わるものなのか?
しかも絶世の美女たるこの人、なんとウサギ技師の奥さんだという。
「しっかしなんだな、奥さんここはあれだよ、水着を着ないとだよ」
塔のテラスから目の前の中洲を見下ろし、ウサギがのたまわる。
そこで俺の暫定奥さんとかわいい娘が、狼たちと遊んでいるのだ。
「みんなー! これ取ってみてー!」
何か円盤のようなオモチャをいくつも、俺の娘がほいほい投げる。そいつを狼たちが先を争って口でキャッチ。岸辺をさっそうと駆けて、娘に返してる。
俺の暫定奥さんの牙王によると、最近みんな体がなまり気味なんで、訓練するとかしないとか言っていた。きっとあれでみんな鍛えているんだろう。
で、俺の暫定奥さん。今は、人型。
かなり出るところ出てて、ひっこむべきところはすばらしくスレンダーで、カーリンとおそろい系の、でも素敵にアブナイ水着姿でもんのすごく……セクシィ。
「あれだよあれ。あんなの、奥さんも着てよー」
ウサギ技師がうらやましげに、俺の暫定奥さんを指差す。
「だめですよピピさん」
袖長裾長のもたっとした黒衣を着た銀髪の美しい人は、ころころと笑った。
「あんなきわどい水着を着た状態でハヤトに戻ってごらんなさい? 目も当てられませんよ?」
「ぐげえ」
脳内で「その姿」を想像したとたん、ウサギは白目と前歯をむき出して倒れた。
たしかにあのむさい黒髪おじさんに、俺の暫定奥さんが着てるような素敵でアブナイ水着は……
うおえっ……だめだめ。だめだわ。想像しちゃいけない領域のものだよ、これ。
「む、そろそろじゃないか?」
美しい奥さんに撫でられ気を取り直したウサギが、円い懐中時計をさっと寝椅子のクッションの下から出し、ちらちら河口の先の海と見比べる。
「そろそろ、とは?」
「おまえ、波乗りは出来るか?」
「む?」
「ちょいと手伝ってほしいのよ」
ウサギはチクタクとほんのり音を立てる時計を首から下げ、しごく真面目な顔で特製パイナップルジュースをじゅるじゅるストローで吸った。
「今日は、海嘯が起こるんだぜ」
「うひいいいい!」
俺の隣で、黒髪のおじさんがサーフボードにしがみついている。
川幅いっぱい、怒涛のようにおしよせてくる波は、結構な高さ。
俺の背と同じぐらいある。しかしてこの波、川の上流から来ているものではない。
なんと、河口からおそろしい勢いでさかのぼってきた、逆流の波だ。
うひーうがーと黒髪おじさんは変なポーズをとりながらも、なんとかサーフボードの上でふんばっている。
しかしおじさんのことを、俺も笑えない。
すぐ隣で同じくサーフボードに乗っていて、あまりのこわさに言葉を失っていたりする。
「結界が張られてますが、落ちないよう気をつけてください!」
左隣には、猫の姿をしたマオ族のネコメさんが、やはりサーフボードに乗っている。
塔が訪れた港町のまん前の海は、湾になっているんだが。
その幅が陸に近くなるにつれて、急激に狭まっていくような地形なのだそうだ。
それで年に一度ほど、潮の満ち干きがとても激しくなる時に、恐ろしい勢いで河口に海水が押し寄せ、川に突入して行く、という海嘯なるものが起きるらしい。
すなわち俺たちは今、サーフボードで川を遡上中。上流へと流されているのである。
右隣は黒髪おじさん。左隣にはネコメさん。そしてその隣には――
「お師匠さまうるさい! 黙って乗ってよ!」
サングラスをかけたウサギ技師。はっしと足を広げて華麗にボードに乗っている。
銀髪のきれいな人は、サーフボードに乗る直前、本当に黒髪のおじさんに姿が変わった。
みるみる形がぼやけて気がついたら、という感じで。
そしてこのおじさんになったとたん、ウサギ技師は、ちょっと不機嫌。
奥さんが、ずっとあの銀髪美女の姿でいることができないのが嫌であるらしい。
「ぺぺえええ! そんなこといっても、これは怖いってえええ!」
「いいから口閉じて、波乗りに集中して!」
俺とネコメさんごしに言葉を交わす、どこをどう見ても夫婦にみえない夫婦。
「いやさあ、普通に波乗りするならいいのよ? でもさあー」
黒髪おじさんがちろりと後ろを見るなり、びくびくっと身を震わせる。
俺はサーフボードの上で足を開き、ちょっと腰を落としてバランスをとりながら、しかし極力後ろは見ないようにした。
だって……波と一緒に……来ているのだ。
ざわざわうぞうぞと、波に混じって駆けてきているのだ。
黒くて小さいものが。おそろしい勢いで。大量に。
「パパー!」
両方の川岸を、黄金の狼とその群れが俺たちと同じ速さで走って応援してくれている。
狼の姿になってる牙王の背に乗ってる娘が、しきりに声をかけてくる。
「パパー! がんばってー!」
だ、大丈夫なのだろうか。ほんとうに。
真っ赤な金魚の形をしていて、ギヤマン製のおっきい目玉と半分開いた口が、どこかユーモラス。
世間一般は、夏。
入道雲がもくもく空に浮かぶ夏。
ということで、
「海! 海に行くぞぉ!」
と、俺の雇い主であるウサギ技師は、自走する塔をういんういん動かした。
「おじぃ、俺様も連れて行け!」
「なに言ってんだ! おまえはちゃんと奥さん孝行しろっ」
すがるエティアの国王陛下を、ウサギ技師が塔からげしりと蹴り落とし。緑蛇のお妃様のとぐろの中に預けての、王宮敷地内からの逃亡――いや、バカンス? である。
刀身が長くなってピカピカ絶好調の俺の剣が、陛下から遠ざかるときになんか変な曲を奏でていた。
また「あにそ」かなんかだろうと思って突っ込まないでいたら、えらく拗ねられた。
『んもう! せっかく臨場感を出してさしあげたのにぃ。ウォルフガング・アマデウス・モーツァルトのK.384番、後宮からの誘拐のフィナーレの歌をかけたんですよ? ご恩は決して忘れませーん!を。ぴぃったりフィットでしょうそうでしょう?』
北の辺境、人口100人の村出身の俺。音楽家の名前なんて、てんで知らないんだが。
「モーツァルトなんて俺も知らないぞ。誰だそれ」
黒い衣を着た黒髪の変なおじさんも、鼻をほじりながらきょとんとしていた。
『青の三の星の大音楽家ですよ』
「青の三の星ぃ? ってこたあ、それって一万年以上前に取得された記録じゃないか。だれにもわかるはずないわー」
くははと、ウサギが声を上げて苦笑したものだ。
「ほんと赤猫のオリジナルは長生きしてるなぁ」
ということで、現在。
自走する塔は、エティアの西のとある港街に――来ているはずなのだが。
「どうして街の海岸ではなくて、河口に?」
ウサギの塔は港町の横を流れる川の河口付近、デルタの中洲に鎮座している。
「ん? いいのいいの。ここでOK」
風鈴の音を聞きながら、ウサギは塔にはりだしたテラスで日光浴。
寝椅子に寝そべり、もふもふな足を組み、頭にはかっこいい黒サングラス。
そのそばには――銀髪の美女が侍っているときたもんだ。
俺は厨房で作ってきたパイナップルジュースを二人に渡した。
消化促進のこのジュース、イチジクも少しミックスしていて効果はてきめんだ。
ウサギ技師は毎日黒髪の変なおじさんが作るニンジン粥ばかり食べているが、しごく健康。
目方がぷっくり増えているのは、たぶん幸せ太りというものだろう。
「おいしいですね、ピピさん」
「うんうん。さわやかーな味のジュースだろ?」
しかしこの銀髪の美女が、黒髪の変なおじさんと同一人物らしい? のは本当に解せない。
多重人格者だそうだが、人格が変わったら、外見もこんなにがらっと容姿が変わるものなのか?
しかも絶世の美女たるこの人、なんとウサギ技師の奥さんだという。
「しっかしなんだな、奥さんここはあれだよ、水着を着ないとだよ」
塔のテラスから目の前の中洲を見下ろし、ウサギがのたまわる。
そこで俺の暫定奥さんとかわいい娘が、狼たちと遊んでいるのだ。
「みんなー! これ取ってみてー!」
何か円盤のようなオモチャをいくつも、俺の娘がほいほい投げる。そいつを狼たちが先を争って口でキャッチ。岸辺をさっそうと駆けて、娘に返してる。
俺の暫定奥さんの牙王によると、最近みんな体がなまり気味なんで、訓練するとかしないとか言っていた。きっとあれでみんな鍛えているんだろう。
で、俺の暫定奥さん。今は、人型。
かなり出るところ出てて、ひっこむべきところはすばらしくスレンダーで、カーリンとおそろい系の、でも素敵にアブナイ水着姿でもんのすごく……セクシィ。
「あれだよあれ。あんなの、奥さんも着てよー」
ウサギ技師がうらやましげに、俺の暫定奥さんを指差す。
「だめですよピピさん」
袖長裾長のもたっとした黒衣を着た銀髪の美しい人は、ころころと笑った。
「あんなきわどい水着を着た状態でハヤトに戻ってごらんなさい? 目も当てられませんよ?」
「ぐげえ」
脳内で「その姿」を想像したとたん、ウサギは白目と前歯をむき出して倒れた。
たしかにあのむさい黒髪おじさんに、俺の暫定奥さんが着てるような素敵でアブナイ水着は……
うおえっ……だめだめ。だめだわ。想像しちゃいけない領域のものだよ、これ。
「む、そろそろじゃないか?」
美しい奥さんに撫でられ気を取り直したウサギが、円い懐中時計をさっと寝椅子のクッションの下から出し、ちらちら河口の先の海と見比べる。
「そろそろ、とは?」
「おまえ、波乗りは出来るか?」
「む?」
「ちょいと手伝ってほしいのよ」
ウサギはチクタクとほんのり音を立てる時計を首から下げ、しごく真面目な顔で特製パイナップルジュースをじゅるじゅるストローで吸った。
「今日は、海嘯が起こるんだぜ」
「うひいいいい!」
俺の隣で、黒髪のおじさんがサーフボードにしがみついている。
川幅いっぱい、怒涛のようにおしよせてくる波は、結構な高さ。
俺の背と同じぐらいある。しかしてこの波、川の上流から来ているものではない。
なんと、河口からおそろしい勢いでさかのぼってきた、逆流の波だ。
うひーうがーと黒髪おじさんは変なポーズをとりながらも、なんとかサーフボードの上でふんばっている。
しかしおじさんのことを、俺も笑えない。
すぐ隣で同じくサーフボードに乗っていて、あまりのこわさに言葉を失っていたりする。
「結界が張られてますが、落ちないよう気をつけてください!」
左隣には、猫の姿をしたマオ族のネコメさんが、やはりサーフボードに乗っている。
塔が訪れた港町のまん前の海は、湾になっているんだが。
その幅が陸に近くなるにつれて、急激に狭まっていくような地形なのだそうだ。
それで年に一度ほど、潮の満ち干きがとても激しくなる時に、恐ろしい勢いで河口に海水が押し寄せ、川に突入して行く、という海嘯なるものが起きるらしい。
すなわち俺たちは今、サーフボードで川を遡上中。上流へと流されているのである。
右隣は黒髪おじさん。左隣にはネコメさん。そしてその隣には――
「お師匠さまうるさい! 黙って乗ってよ!」
サングラスをかけたウサギ技師。はっしと足を広げて華麗にボードに乗っている。
銀髪のきれいな人は、サーフボードに乗る直前、本当に黒髪のおじさんに姿が変わった。
みるみる形がぼやけて気がついたら、という感じで。
そしてこのおじさんになったとたん、ウサギ技師は、ちょっと不機嫌。
奥さんが、ずっとあの銀髪美女の姿でいることができないのが嫌であるらしい。
「ぺぺえええ! そんなこといっても、これは怖いってえええ!」
「いいから口閉じて、波乗りに集中して!」
俺とネコメさんごしに言葉を交わす、どこをどう見ても夫婦にみえない夫婦。
「いやさあ、普通に波乗りするならいいのよ? でもさあー」
黒髪おじさんがちろりと後ろを見るなり、びくびくっと身を震わせる。
俺はサーフボードの上で足を開き、ちょっと腰を落としてバランスをとりながら、しかし極力後ろは見ないようにした。
だって……波と一緒に……来ているのだ。
ざわざわうぞうぞと、波に混じって駆けてきているのだ。
黒くて小さいものが。おそろしい勢いで。大量に。
「パパー!」
両方の川岸を、黄金の狼とその群れが俺たちと同じ速さで走って応援してくれている。
狼の姿になってる牙王の背に乗ってる娘が、しきりに声をかけてくる。
「パパー! がんばってー!」
だ、大丈夫なのだろうか。ほんとうに。
だんだんパパらしくねってきましたね
兎さんのサーフボード姿というのもみてみたいものです