機霊戦記 5話 来客(前編)
- カテゴリ:自作小説
- 2016/09/06 10:54:43
『アル! 返事して! アル――!!』
地に激突した瞬間。
ものすごい黄金の渦に呑み込まれたのを覚えている。
『死なせません……マレイスニール』
僕のアルゲントラウムは「僕」のことを認識していなかった。
すっかり、初代皇帝だと思い込んでいた……。
でもちゃんと、守ってくれた。衝突の衝撃を四方へ逃がし、結界内部の空気も重力も完璧に保持した状態で。
彼女の黄金(オーロ)の光は暖かくて。ふわりとしていて。
結界の中の僕は、少しもはずんだり倒れこんだりなんてしなかった。
でも、黄金(オーロ)の光はまぶしすぎた。
肺に入ってきた空気も濃すぎて、目眩がした。
いつの間に、気を失ったんだろうか……。
ハッと目覚めたら――そこは、いろんな色の光が点滅している大工房の中だった。
壁を覆う太い配管。びっしり張り巡らされた細いチューブ。いくつもの、ロボットアーム。攪拌機や圧縮機。数種類の炉。
そして、ずらりと並んだギヤマンのカプセル。
僕は、培養液がたっぷりたゆたうカプセルのひとつに入れられていた。
すぐそばでうたた寝していた老人の名は、シング。
機器を操作する手つきから、相当な腕前だとひと目でわかる技師だ。
その御大が言うには、僕の背中は焼け爛れてかなりひどいことになっていたらしい。しかもここに運び込まれて、三日も経っているという。
『発掘屋どもが群がってくる前に、うまーく運べたようじゃのう』
大穴からこっそり僕を回収したのは、技師の孫の「テル」という奴……らしい。
黒髪の少年で、たぶん同い年ぐらい。
顔つきはまあまあだが、汗臭くてたまらない。
額と尻尾がハゲている猫がそばにひっついている。
「どうですかな? もしよろしければ機霊の方も――」
「いや、いらぬ世話だ。たしかに機霊は壊れているが、我が家の専属技師に修理させる」
「ほうほう。そうですのう。それが当然ですの」
地下の工房とはおよそ雰囲気が違う、小汚い厨房。
そこに通され、茶とパンを供された僕は、老技師の申し出をきっぱり断った。
地下工房の機器は、帝国宮殿の技術舎顔負けのもの。
特に、僕が入れられていたカプセルは、わが宮殿の兵士詰め所にあるものと同じ型。機貴人の、回復専用に使われるものだ。それがいくつも並んでいた。
という光景を見ればなおさら。一帝国の皇帝機を、こやつらに診せるわけにはいかぬ。
この工房は十中八九、どこか他の島都市コロニアの「隠れ拠点」だからだ。
僕ら島都市コロニアの国々は、大地に降下して戦う騎士たちが、ひそかに補給や機霊の修理を行う施設を数多く所有している。戦場上空に小衛星を浮かべる場合もあるが、戦場周辺に補給所を作ることも多い。
この隠れ工房も、おそらくそのひとつだろう。
第十二東部戦区に隣接しているスラム区だから、契約主はあの戦場を好んで利用する煌帝国か、豊王国あたりか。
技師も孫もとぼけているが、位置とあの地下設備とが、何よりの証拠だ。
絶対に、僕の身分を明かすわけにはいかない――。
「さっそく、端末フォンを作ってもらう。報酬は僕が島都市ラテニアに行ってから支払う」
「つまり、そのような契約をしたいと?」
穏やかな笑顔を浮かべていた老技師の顔が、フッと一瞬真顔になる。
僕はこっくりうなずいて、空になったカップを差し出した。
「そうだ。ここの工房と、単発の個人契約を結びたい。それと今の泥水をもう一杯くれ」
ここは他国の拠点。ゆえに帝国の皇帝機が死んでいる状態になっていることを、他国に知られてはならない。
僕の身分も、決して――。
供された泥水は、実に美味だった。
こんなもの、生まれて初めて口にした。
「カカオという豆から作られるものに似せた、合成飲料」。
老技師はそう言って、快くお代わりをくれたが……カカオとは一体なんだろう?
大陸の食べ物は合成ばかりで毒性が強いから、極力口にしてはならぬ――僕はそう教えられている。でもあまりにもいい匂いなので、吸い寄せられるように口にしてしまった。
口に入れたとたん、なぜかとても幸せな気持ちになった。甘くて、ちょっと焦げているような、どろっとした風味だ。
こんなに美味な物にも、赤い大地の汚染毒が入っているのだろうか……。
「天上へ繋ぐ端末フォンは、すぐご用意できますぞ。小一時間もかからんでしょう。作業はわしの孫に任せます。テル、店にある材料でてきとーに作ってさしあげなさい」
「了解、じっちゃん」
黒髪のテルがぴしっと敬礼する。
言葉も仕種も完全に大陸風のこの一家。どこかの島都市を感じさせる雰囲気は、全くない。それゆえに、慎重に行動しなければ、と気が引き締まる。一家が本当の出身地を隠しているのは、自明だからだ。
僕は彼らに、ラテニア人風の名を名乗った。
島都市コロニアラテニアは、わが帝国の同盟国。他の国々とも関係が良好で、どこに対してもほぼ中立の立場にある。
そこにある我が帝国の大使館に端末を繋げられれば、なんとかなる。
僕を狙った奴が、帝国の中枢にいる誰かであるとしても――。
「それで、あんたってどこの島都市の人?」
しかしテルは、二階のせまい厨房から一階の店へ降りながらそう聞いてきた。
老技師は僕が名乗っただけで、どこの出身かちゃんと見当をつけたそぶりだったが、若いこいつにはできぬことだったらしい。
僕は嘆息しながら適当に話を作った。
「ラテニアだ。とある財団の警護団に所属していて、輸出貨物の護衛をしていた。そうしたら、空賊に襲われてな」
「うわぁ堕天使にやられたのかぁ。そりゃ大変だったな」
「うむ。攻撃を受けて背中はこれだ。機霊が起動できないから、仲間に知らせる波動信号を発信できない。予備の端末フォンも落としてしまったし」
「そっかー。ほんと、生きててラッキーみたいな状況だったんだな」
「そうだな。そう言える……」
アルゲントラウムの結界をたやすく破るほどの、光一閃。
角度が少しでもずれていたら、僕の胸は撃ちぬかれていて。きっと即死だったんだろう……。
「まあ、任せなよ。ぱぱっと、ラテニアの端末に繋がるの、てきとーに作ってやるからさ」
テルが作業を始めたお店は、厨房同様にとても狭い。
薄暗くて、ガラクタが積んである細長い台がいくつかあるだけだ。壁際にはいろんな部品がつまった箱がたくさん積み上げられていて、実に雑然としている。
間口からそっと伺って見れば、左右はそそり立つスラムマンションの壁。
細い路地に面しているが、通りにはごみがたくさん浮いた水溜りがそこかしこにある。まさか地下に、あんな立派な大工房があるとは思えない佇まいだ。
「ずいぶんゴミゴミしてるところだな」
狭い通りにえんえん建ち並ぶスラムマンションはどれも高層。空に向かって鬱蒼と生えている。まるで針山か蟻塚のようだ。
右目に拡大鏡をかけたテルが、くいっと小首をかしげた。
「んー? このコウヨウの街は、そんなにおっきくないぜ。人口は、百三十万ぐらい?」
「ひゃくまん……」
思わず口がぽかんと開いてしまう。
わが帝都の人口は、約三十万人。落下途中に見えたこの街とは、大きさはさして変わらないと思ったが……。
なんという人口密度だろう。
「あんたが落っこちてできた大穴、このへんじゃ『大隕石が落っこちた』って思われてるぜ」
テルが箱をごそごそして、鉄板とハンダごてを出しながら言う。
「落下衝突の威力がものすごくて、恐ろしく大きなクレーターができたからな」
たしかに。
戦闘区域から飛ばされた天使とて、あんな威力の爆発は普通起こせないだろう……。
多分その方が良かったかもですね。