機霊戦記 6話 ロッテの憂鬱(前編)
- カテゴリ:自作小説
- 2016/09/14 09:37:12
「あちゃあ。もしかして、女装がバレたとか?」
彫像のごとく硬直する僕の耳に、テルがびたっとおのが額に手を当てる音が聞こえてくる。
「代理騎士(お妃)募集だったもんねえ。国家機関をごまかすのは、さすがに無理だったかー」
「いや、そこは完ペキ」
長い髪を解いた赤毛の少女――いや、少年は、伸した二人組をぽんと通りに放り出し。腕組みして、店の作業台にどかりと座った。
背は低めだが、ガッと勢いよく組んだ足はすらりと長い。
「ボイスチェンジキャラメルで、声は完全にこの少女声だし? 浸透性シークレットシリコンブラと、もっこり隠し特製ショーツのおかげで、事前審査は楽々クリアだったさ。あまりに完ペキな女装子すぎて、エルドラシア宮廷の廷臣どもが、こぞってベッドにお誘い下さったぐらいよー?」
「マジで?!」
「うん。マジ。やっぱ、テルくんが作るモノはさすがだねえ。特にこのシリコンブラなんて、肌に吸着して本物とまるで見分けつかないじゃん? 大きさも丁度いいし?」
「へへっ、えっちな本を参考にして、てきとーに作ったんだぜー」
「ちゃんと乳首ついてるとか、マジすげえよなぁ」
自分の胸を無造作に掴んでわさわさ揺する、赤毛少年。
こいつは間違いなく……
僕が三日前に撃たれて地に落ちる直前、僕と謁見した奴だ。
たしか属国シルヴァニアの「伯爵令嬢」。
話を聞いていると、どうもこの店の常連客らしい。
まさかここは我が帝国の隠れ拠点? いや、そんなはずはない。
アルゲントラウムの情報に、ここは入ってないはずだ。
「特にうちの島都市出身の廷臣が、俺を痛く気に入って目の色変えてくれちゃってね。わざわざ、今の皇帝はツインテールが大好きだって情報をくれたんだ。だからさっきの髪型にして宮殿に面接に行ったんだよなぁ。正直、俺の見てくれだけだったら、いい線いってたんじゃないかと思う」
いい線だと? ふざけるな。
冷や汗をかく額をぬぐい、なんとか足を動かして後退。店の影の暗がりにわが身を隠しながら、僕はぎりっと歯をくいしばった。
確かにこいつは今も完全に少女にしか見えないが、全っ……然、僕の好みじゃない。
「でもさぁ、展開(ディストリクト)してお披露目したミッくんがさぁー」
赤毛少年はとても深刻げなため息をついて、作業台につっぷした。
「もんのすごく無愛想で、挨拶ひとつしやがらなかったのよ。俺のことを守ろうとして、周囲にオスはいないかってガン飛ばしはじめてさ……」
「あー、それはいつものことじゃん」
テルが声を上げて苦笑する。
「だってロッテさんの機霊って、ホモ――」
「だーっ。言うな! それ言うな! ってことで、機霊改造の新規契約を結びにきたんだわ」
「え? でもミッくんは、もうマックスレベルに改造してるよ?」
「いや性能じゃなくて、変態で偏屈な性根も、叩き直して欲しいわけよ」
赤毛少年が、つっぷした作業台からよろろと身を起こして愚痴る。
「大体、なんでうちの姉さんたち五人全員さし置いて、末っ子で男の俺が機霊に取り憑かれなきゃなんないのさ? おかげで俺は体裁悪いからって常に女装してなきゃなんねーし、姉さんたちからは総スカンだし、ぼろっちい家は継がなきゃなんないし。加えて就職先は全然決まんないし。ほんと不幸すぎるだろ?」
なるほど。赤毛少年はお家所有の機霊が不躾で変なせいで、ことごとく仕官に失敗しているのか。
「ていうか、なんでうちの家長が母上じゃなくって引きこもりの父上で、なけなしの所領の税収だけでつましく貧しく暮らしてたのか、身にしみて分かったこの三年間だったわけだけどよ……」
いやそれは、と頭を振るテルの答えは、心なしか歯切れが悪かった。
「た、たしかに今の時代の融合型機霊は、遺伝子の相性の関係で女性にしか埋められなくって、機貴人はほとんど女だけどさ。ロッテさんちの機霊みたいな古代様式の分離型は、男の人でも使用可能なんだよ。だからミッくんは、特に変ってわけじゃ……」
「男が男に愛を囁いてくるんだぞ? 十二分に変態だろが!」
「い、いやーそれは、機霊と機貴人の間には、特別な絆みたいなものがあるし」
「絆どころじゃねえよ。あんなコトとかこんなコトとかしたがって、四六時中勝手に出てきて抱きしめてきて、言い寄ってくるんだぞ?」
「ひ、ひええ……」
やはり廷臣どもの言葉は嘘ばっかりだ。
ちゃんと男でも、機霊の主人になれるじゃないか。融合型は女性しかダメってのが気になるけれど。
だって僕のアルゲントラウムは融合型だし、僕はちゃんと普通に……男……のはずだ。
「だからさ。ミッくんを超かわいくて礼儀正しい女の子に改造してくれ。頼む!」
「えええっ」
「俺好みにしてくれよ。黒髪ストレートでメガネっ子のメイ姉さんみたいなのがいいなー」
「い、いやその、機霊のもともとの性別や性格まで改造するのはちょっと……ていうかさ。ロッテさん、あのさー」
テルがばつが悪そうにぽりりと人差し指で頬をかく。
何か言いたそうで言いにくそうに口ごもっている。
すると彼の腕の中からしゅたっと、禿げネコが赤毛少年の膝元に降り立った。
ネコはぎんっと蒼い目を光らせて、ちょっと凄んだ声を出した。
「ロッテさん。あのねえ、新規契約もちかける前に、今までのツケを払ってちょーだいね?」

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- カズマサ
- 2016/09/14 22:46
- ツケ払いって・・・、何のツケ払いですかね。
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