自作9月 かげろう・風 「怨風の谷」2
- カテゴリ:自作小説
- 2016/09/23 17:35:57
王宮に呼び戻されたウサギはそのため、あやうく自身も反乱の疑いをかけられるところであった。
王弟殿下が建てさせた塔は、ウサギの塔に瓜二つ。しかも塔の建設や橋の復旧に使われている重機は、ウサギが作ったものだったからである。
『いやあ、おじいに限ってそんなことはないと思うけどさー。でもガルジューナが』
『これウサギ。返答次第では、そなたをごっくんと呑み込んでしまうわえ?』
『……って言うもんだからさぁ。いちおう確かめさせてくれや。おじいが俺の弟に、重機渡したわけじゃあ無いよな?』
国王陛下の体に巻きついたちっさな蛇は、賢くて猜疑心満々。
国の守護神たる神獣であるので、王家や国を脅かすものにはこと神経質である。
ゆえにウサギは王宮に呼び出されて事情聴取され、重機の回収命令を下されたのだった。
「それにしても困りましたね。王宮に置いていたポチ五号を勝手に持ち出されてしまうとは」
困り顔の銀髪の美しい人が、黒い衣の懐から耳かき棒を出し、ウサギの耳を掃除し始める。
耳をこしょこしょされ始めたウサギは、あはんうふんと、もじもじ身もだえし始めた。
「ああん、奥さんきもちよすぎぃ。あ、そこそこぉ。そこかゆいのぉ」
「ピピさん、王弟殿下は、国王陛下にも議会にも黙って、橋の修理をお始めになったんでしょう?」
「うん、そうみたい。そんなことすりゃあ、兄ちゃんに対する反乱と思われても仕方ないよなぁ」
「一体何を思っての、修理断行なのでしょうねえ」
「殿下がポチ五号で塔を建てたら面白くなっちゃって、さらに何か建設したくなったとかだったりして? だってあいつ谷をらくらく飛び越えられるし、あれよいう間に、塔をくみ上げられるのよー。ああんっ。ふひひ」
「あ、あのぅ」
気持ちよさそうに手足をぶるぶるさせるウサギ。
赤毛の青年は頬をほんのり赤く染め、もだえるウサギをそうっと視線から外した。
「この塔って、谷の上にあるんですよね? 我々は、どうやってそこまで登るんですか? やっぱり登山?」
「ああ、そろそろ飛ぶからそれは大丈夫……ああん、奥さぁん、そこぉ。そこ突いてぇ~」
「え? 飛ぶ?」
「ええ、飛びますよ」
微笑みながら耳かき棒を動かす銀髪の人。
しかし突然、その優雅な白い手の動きがひたと止まった。
「あら。ハヤトが」
「え? 奥さん?」
「ハヤトが、ピピさんの耳かきをしたいと……」
言うなり、美しい人の容姿がみるみる変わっていく。
「えっ!? ちょちょちょちょっとおおお、やだよおおおっ。まだ顕現したばっかりじゃん!」
うろたえるウサギを抱く白魚の手が、節くれだつ。紫の瞳は碧眼に、銀の髪は漆黒に……。
そうして美しい人はみる間に、まったく性別が違うもの――無精ひげがぼうぼうの、むさいおじさんになってしまった。にっこりうへへと笑う、黒き衣の導師に。
とたんに、あたりに漂っていた甘やかな芳香がすうと消えた。
「へへへへ。ぺぺえ、耳かきさせて♪」
「やだ! 奥さんがいい! お師匠さまのバカ! なんで出てくるんだよお!」
ウサギは怒り心頭、涙目である。
心地よかった耳かきを台無しにされては、さもあらん。ぐいとおじさんのあごを後ろ足で押しやり、ひょいとその膝から逃れ落ちた。
「ひどいや! 一度引っ込んだら、半日ぐらいおとなしくしててよ!」
「やーだね。こんないいこと、俺にさせないなんてダメだろ。ほらぺぺ、膝の上に乗れ」
「だが断る! なんで奥さん顕現装置のエネルギーをがっつがっつ食いやがるんだよぉ!」
「それはひとえに、愛の力というものだろうっ」
「顕現装置?」
「ああこれこれ、この腕輪さ。これのおかげで俺、時々銀髪のおねえさんにとって代わられるんだよ。俺はずうっと、外に出ていたいのにさぁ」
おじさんが口を尖らせて、手首にぴたとひっついている銀の腕輪を青年に見せる。
べったり接着されて剥がせなくされているらしい。
「人格を安定させる特殊な周波数を発してるとかなんとか……こらぺぺ、逃げるなって」
「こっちくんなー!」
釣り棚の上に飛んで逃げるウサギに、おじさんが手を伸ばす。
そのとき。ぐら、と車体が大きく揺れた。
「お! 浮遊モードに入ったのか?」
「おばちゃん代理、先頭の機関車に移れ!」
ウサギが青年の腕の中にぼすんと飛び込んできた。
「おばちゃん! 俺にぺぺをくれえー!」
「おばちゃんじゃないです、おばちゃん代理ですっ」
「逃げろおばちゃん代理!」
「うわわ」
赤毛の青年が、ウサギをひったくろうとするおじさんの腕をかわす。その動きがあまりに速かったので、黒髪のおじさんは一瞬目を剥いた。
「何だ今の?!」
「はい?」
「ほら。ほら。ほらー」
「お? お? おおー?」
腕をぶるぶる振って青年をつかもうとするおじさん。しかし青年の体は紙一重のところでひょいひょいと、その攻撃をかわしていく。
「なにこれ面白いー! 磁石がはじき合ってるみたいじゃん」
「面白がらないでくださいよ! こっちは必死なんですよ!」
「いやでも、すっげえ反射神経じゃね?」
「動体視力がいいんじゃないかー?」
青年の腕の中でウサギがにやりとする。
「なんかどこかの、どえらい体術のようにみえるぜ? 剣の使い方といい、やっぱ道場とかで本格的に習ってんじゃないのー?」
「はあ? そんな経験皆無ですよ! っととと……」
青年が身をかがめておじさんの腕をかわし、蒸気吹き出す機関車に走り移るなり。先頭の機関車が、めきめきと形を変え始めた。
「ポチ2号! 竜化変形! 浮遊モードから飛行モードへ移行っ!」
不思議なことに、ウサギが機関車に呼びかけるや。
『リョウカイ、マエストロ・ピピ!』
「な……! 返事? ていうか、つ、翼が出た?!」
赤毛の青年は仰天して機関車の窓から外を見やった。
いやそれはすでに、窓と呼べるものではなかった。
機関車は後ろの車両を半分切り離し、三両分ほどの車両を尾のように垂らしながら、空に舞い上がっていく。
輝く銀色の竜と化しながら――
「と、とんで、る!」
「うん。ポチ二号は、竜王メルドルークをモデルにしてるんだぜ!」
「竜王……!」
びゅおう、と風を切り。
しろがねの竜は長い尻尾をなびかせながら、蒼穹を飛んだ。
一路まっすぐ、断裂の谷間をめざして。

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- かいじん
- 2016/10/31 23:21
- 水陸両用じゃなくて、空陸両用なんですね^^
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- らてぃあ
- 2016/09/26 19:35
- 緊迫した状況のはずなのにウサギさんのイメージに脱力しました。
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- カズマサ
- 2016/09/24 02:09
- さてまだ続くペペさんのお話、どういう展開に成るのでしょうかね。
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