Nicotto Town



自作9月 かげろう・風 「怨風の谷」2

 王宮に呼び戻されたウサギはそのため、あやうく自身も反乱の疑いをかけられるところであった。


 王弟殿下が建てさせた塔は、ウサギの塔に瓜二つ。しかも塔の建設や橋の復旧に使われている重機は、ウサギが作ったものだったからである。

『いやあ、おじいに限ってそんなことはないと思うけどさー。でもガルジューナが』

『これウサギ。返答次第では、そなたをごっくんと呑み込んでしまうわえ?』

『……って言うもんだからさぁ。いちおう確かめさせてくれや。おじいが俺の弟に、重機渡したわけじゃあ無いよな?』

 国王陛下の体に巻きついたちっさな蛇は、賢くて猜疑心満々。

 国の守護神たる神獣であるので、王家や国を脅かすものにはこと神経質である。

 ゆえにウサギは王宮に呼び出されて事情聴取され、重機の回収命令を下されたのだった。

「それにしても困りましたね。王宮に置いていたポチ五号を勝手に持ち出されてしまうとは」

 困り顔の銀髪の美しい人が、黒い衣の懐から耳かき棒を出し、ウサギの耳を掃除し始める。
 耳をこしょこしょされ始めたウサギは、あはんうふんと、もじもじ身もだえし始めた。

「ああん、奥さんきもちよすぎぃ。あ、そこそこぉ。そこかゆいのぉ」

「ピピさん、王弟殿下は、国王陛下にも議会にも黙って、橋の修理をお始めになったんでしょう?」 

「うん、そうみたい。そんなことすりゃあ、兄ちゃんに対する反乱と思われても仕方ないよなぁ」

「一体何を思っての、修理断行なのでしょうねえ」

「殿下がポチ五号で塔を建てたら面白くなっちゃって、さらに何か建設したくなったとかだったりして? だってあいつ谷をらくらく飛び越えられるし、あれよいう間に、塔をくみ上げられるのよー。ああんっ。ふひひ」 

「あ、あのぅ」

 気持ちよさそうに手足をぶるぶるさせるウサギ。

 赤毛の青年は頬をほんのり赤く染め、もだえるウサギをそうっと視線から外した。
 
「この塔って、谷の上にあるんですよね? 我々は、どうやってそこまで登るんですか? やっぱり登山?」

「ああ、そろそろ飛ぶからそれは大丈夫……ああん、奥さぁん、そこぉ。そこ突いてぇ~」 

「え? 飛ぶ?」

「ええ、飛びますよ」

 微笑みながら耳かき棒を動かす銀髪の人。

 しかし突然、その優雅な白い手の動きがひたと止まった。
 
「あら。ハヤトが」

「え? 奥さん?」

「ハヤトが、ピピさんの耳かきをしたいと……」

 言うなり、美しい人の容姿がみるみる変わっていく。

「えっ!? ちょちょちょちょっとおおお、やだよおおおっ。まだ顕現したばっかりじゃん!」

 うろたえるウサギを抱く白魚の手が、節くれだつ。紫の瞳は碧眼に、銀の髪は漆黒に……。

 そうして美しい人はみる間に、まったく性別が違うもの――無精ひげがぼうぼうの、むさいおじさんになってしまった。にっこりうへへと笑う、黒き衣の導師に。

 とたんに、あたりに漂っていた甘やかな芳香がすうと消えた。

「へへへへ。ぺぺえ、耳かきさせて♪」

「やだ! 奥さんがいい! お師匠さまのバカ! なんで出てくるんだよお!」

 ウサギは怒り心頭、涙目である。

 心地よかった耳かきを台無しにされては、さもあらん。ぐいとおじさんのあごを後ろ足で押しやり、ひょいとその膝から逃れ落ちた。


「ひどいや! 一度引っ込んだら、半日ぐらいおとなしくしててよ!」

「やーだね。こんないいこと、俺にさせないなんてダメだろ。ほらぺぺ、膝の上に乗れ」

「だが断る! なんで奥さん顕現装置のエネルギーをがっつがっつ食いやがるんだよぉ!」

「それはひとえに、愛の力というものだろうっ」

「顕現装置?」

「ああこれこれ、この腕輪さ。これのおかげで俺、時々銀髪のおねえさんにとって代わられるんだよ。俺はずうっと、外に出ていたいのにさぁ」

 おじさんが口を尖らせて、手首にぴたとひっついている銀の腕輪を青年に見せる。

 べったり接着されて剥がせなくされているらしい。

「人格を安定させる特殊な周波数を発してるとかなんとか……こらぺぺ、逃げるなって」

「こっちくんなー!」

 釣り棚の上に飛んで逃げるウサギに、おじさんが手を伸ばす。

 そのとき。ぐら、と車体が大きく揺れた。
 
「お! 浮遊モードに入ったのか?」

「おばちゃん代理、先頭の機関車に移れ!」

 ウサギが青年の腕の中にぼすんと飛び込んできた。

「おばちゃん! 俺にぺぺをくれえー!」

「おばちゃんじゃないです、おばちゃん代理ですっ」

「逃げろおばちゃん代理!」

「うわわ」

 赤毛の青年が、ウサギをひったくろうとするおじさんの腕をかわす。その動きがあまりに速かったので、黒髪のおじさんは一瞬目を剥いた。


「何だ今の?!」

「はい?」

「ほら。ほら。ほらー」

「お? お? おおー?」

 腕をぶるぶる振って青年をつかもうとするおじさん。しかし青年の体は紙一重のところでひょいひょいと、その攻撃をかわしていく。

「なにこれ面白いー! 磁石がはじき合ってるみたいじゃん」

「面白がらないでくださいよ! こっちは必死なんですよ!」

「いやでも、すっげえ反射神経じゃね?」

「動体視力がいいんじゃないかー?」

 青年の腕の中でウサギがにやりとする。

「なんかどこかの、どえらい体術のようにみえるぜ? 剣の使い方といい、やっぱ道場とかで本格的に習ってんじゃないのー?」

「はあ? そんな経験皆無ですよ! っととと……」

 青年が身をかがめておじさんの腕をかわし、蒸気吹き出す機関車に走り移るなり。先頭の機関車が、めきめきと形を変え始めた。
 
「ポチ2号! 竜化変形! 浮遊モードから飛行モードへ移行っ!」
 
 不思議なことに、ウサギが機関車に呼びかけるや。

『リョウカイ、マエストロ・ピピ!』 

「な……! 返事? ていうか、つ、翼が出た?!」

 赤毛の青年は仰天して機関車の窓から外を見やった。

 いやそれはすでに、窓と呼べるものではなかった。

 機関車は後ろの車両を半分切り離し、三両分ほどの車両を尾のように垂らしながら、空に舞い上がっていく。

 輝く銀色の竜と化しながら――
 
「と、とんで、る!」

「うん。ポチ二号は、竜王メルドルークをモデルにしてるんだぜ!」

「竜王……!」

 びゅおう、と風を切り。

 しろがねの竜は長い尻尾をなびかせながら、蒼穹を飛んだ。

 一路まっすぐ、断裂の谷間をめざして。 
 

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2016/10/31 23:21
水陸両用じゃなくて、空陸両用なんですね^^
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2016/09/26 19:35
緊迫した状況のはずなのにウサギさんのイメージに脱力しました。
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2016/09/24 02:09
さてまだ続くペペさんのお話、どういう展開に成るのでしょうかね。




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