機霊戦記 8話 黒機霊(前)
- カテゴリ:自作小説
- 2016/09/28 09:12:33
赤い大地に落ちる、黒い翼の影。
みるみる左右に広がる、コウモリのような翼。
俺にひっついたプジから生えてきたその翼が、クワッとはばたく。
飛び立ちながら、俺は左肩に出てきた「気配」を感じた。
禿げ猫のプジは、分離型機霊の核を内包してる。
今回は飛ぶだけでは済みそうにないので、翼だけの第一形態から、一気に第二形態に変化したようだ。
すなわち。機霊体を出したらしい――
『芭蕉扇(バージャオ・シャン)!』
「お?!」
左肩にある「気配」は、顕現するかしないかのうちにいきなりコマンドを唱えた。
刹那、俺の黒い翼から淡い紫色の突風がどうっと噴き出す。
「くっ……!」
ものすごい反動に歯を食いしばる俺。
左肩に出てきた機霊体は、紫の光に包まれてよく見えねえ。
翼から迸った紫の風ははるか前方、天から降り注いでいる蒼い光弾に飛んで、一瞬それらを全弾かき消した。
それでようやく、真下にいるロッテさんの姿がかいま見えた。仁王立ちでふんばるロッテさんの腰に、ミッくんがしがみついてぶるぶる震えてる。
『ロッテ愛している! 絶対君を守る! 守るから――!!』
ミッくんはそんな情けない格好だったけど、口だけじゃなかった。
ロッテさんの足元には、熱玉の銀髪少年がうずくまって倒れてる。ビカビカまばゆいことこの上ない。
ミッくんは上からの天使どもの攻撃を防ぐと同時に、足元の銀髪少年が放つ熱からも、接触防止バリアを張って主人を守る、という素晴らしく器用なことをやってのけていた。
「す、すげえ! なりゆき上の不可抗力ながら、すげえぞミッくん!」
――『但是這種狀態、這是不可能的、以保持長』
俺の右肩にいる「気配」が、低い声で何か述べてくる。
雰囲気的に、この状態じゃ長くはもたないって言ってるようだ。
でもこの言葉。実のところ、何言ってるか全然わかんねえ。
ちろっとおそるおそる眼をやると。そこにいるのは――
「あれっ? いつもと……違う?」
そばにいるのは、褐色肌の……黒髪幼女? すごく小さくて、二頭身の小人のようだ。
ぱっちり青い目は、プジの人工眼そのまま。
「ななななんで? なんでいつも・・・より、ちっさいの?! うおわ!」
えっ? と黒髪幼女もきょとんとして自分の姿を見たそのとき。
天から降り注ぐ青い光弾が何十弾も、俺たちを狙って放たれてきた。さっきの攻撃妨害をしっかり認識されたようだ。
だがたぶん、大丈夫。俺の黒い翼が展開した結界が、そのまばゆくもすさまじい攻撃放射を、ばしばしと跳ね返――。
「ふええええ?!」
してねえ。跳ね返してねえええ! 結界がばりんと割れて、大地に急降下する俺たち。どうっと、大地にもんどりうってしまう。
「プジ?! 一体どーなって……」
ぎゅおんと羽音をたてて、数十人いる天使たちのうちの三騎が、こっちに飛んでくる。天使どもは全身、超合金の戦闘装甲。左手に鷲紋の盾。まごうことなくエルドラシアの帝国紋がついてる。
翼は美しい白銀。
ひと目で、国家精鋭の騎士や将軍に相当する白銀アルゲン級と分かる翼だ。
『反射翼(フャンシー・イー)!』
ちみっちい黒髪幼女が、光弾を紫色の結界で跳ね返そうとコマンドを唱えた。
こ、今度はなんとか、跳ね返せた。
結界への着弾音がばりばり割れんばかりに鳴り響いてすげえ。そこかしこに放電が散り飛ぶ。
敵弾は青みがかった光の色から察するに、相当な温度だろう。
白銀の翼の肩先に装填してる宝石のような青い発射核は、別星系から輸入した鉱石結晶から作られてるものに違いない。一瞬見とれてしまうほど、とても綺麗だ。
迫り来る天使どもの右肩には、奴らの機霊体が神々しくも顕現してる。
「戦乙女ヴァルキュリエ! こんな近くで初めて見たっ」
羽がついた兜を被り。鉄鎧に長い腰布をまとい。手には槍のごとき武器を持った女神たち。
あれこそは、エルドラシア帝国中枢に君臨する、主力級大機霊……っぽい。
「くそぉ、皇帝親衛隊が、じきじきにお出ましって、やばくねえ?!」
――「識別信号が出ておらぬぞ、黒い機霊!」
肩に戦乙女を侍らせる天使の一人が、ぎゅんと羽ばたいて迫りながら怒鳴ってきた。金髪碧眼のすんごい綺麗なお姉さんだ。
「我こそは機霊剣の咆哮スクルカルドを駆りし者! エルドラシア皇帝親衛隊第三師団曹長、アーデルハイド・フォン・アウネリアなり! 信号を出さず参戦するとは国際法に反する! どこの国家の者か名乗れ! 島都市連盟に訴えてやる!」
「てっ……テルとプジです! すすすすみませんっ、信号ってなんすか? これ、手作りで作った機霊なんで、無国籍ですーっ」
「なんだと?」
『龍之息(ロンチー・シー)』
「ひっ、プジ?!」
俺の左肩付近にいる黒髪幼女が勝手に、金髪お姉さんに幼児のごとき手を突き出す。とたんに俺の黒い翼から、細っこい紫の光弾が放射された。
「くっ……おのれ何をするか!!」
そいつが見事に、天使の白銀の翼の青い結晶を貫いて。
被弾した金髪お姉さんの戦乙女が、ザッとかき消される。
「あちゃー。プジ! おまえなんてこと……」
――「何奴! 卑怯な!」「おのれ、問答無用で交戦開始するっ!」
後についてきた天使二騎が猛りたち。慌てて後方に退いていくアーデルハイドさんの代わりに、上空から光弾をバスバス撃ってきた。
この大天使たちも、金髪碧眼の綺麗なお姉さんだ。帝国人ってほんと美しい。
一瞬見とれる俺のそばで、むうっと褐色肌の黒髪幼女が口をへの字にする。
さらに迎撃しようと、幼女は空に向かって片手を突き出したが。
「うあ?!」
直後、俺の黒い翼から出てきたのは。
ぷす、という変なおならのようなスカした音だった。
『……!!』
突然黒髪幼女の顔が歪んで……急にお腹を押さえてしゃがみこむ。
「ぷ、プジ?! うああああ!!」
その隙をつかれて、俺、もろに被弾。
ばりばりと、青い光の稲妻に捉えられて大感電。
ううう、きつい!
翼が常時張ってくれてる対接触バリアのおかげで、焼け焦げずに済んだけど、結構なダメージだ。
「プジしっかりしろー!」
今日の顕現は……おかしい。
いつものプジの第二形態はこんな幼女じゃない。いつもはもっと……もっと……
片膝をついて凌いでるうちに、黒い翼が縮まって消える。
ひい。禿げ猫に戻ったプジが、俺の肩で干物のようにぷらぷらしてる?!
プジを潰すまいと俺はとっさに抱きかかえ、大地を転がって空から降ってくる次弾をよけた。
禿げ猫は白目をむいて身を縮めて、うんうん唸ってる。
「ううう……テルー……おなか……いたいー」
え?! お、おなか? それって、えっと、食あたり?
でもこいつ、朝になんか変なもの食ったか?
じっちゃんの合成カリカリでこんなになるなんて、ありえねえし。
あ。
『これうまいな。もう一杯くれ』
あああ?! もしかして、あの来客用の……!
「お、おまえ、合成ココア飲んだ?!」
「ふえ? アムルちゃんが泥水っていってたやつ? 朝ご飯終わって……お皿洗う時に、ちょっと舐めちゃったー……」
「おいおいおいおい!」
「だっていいニオイだったんだもんー……」
「うあああああ! 猫にチョコは厳禁……なんだけどおおお?!」
干物のようになってるプジが、ぷすんぷすんと変な音を立てる。体温が熱い。内臓回路が、必死にまた機霊起動モードに移行しようと奮闘してるらしい。
「ややややばい。修理! 修理しねえと。うああ修理道具持ってきてねええー!」
さてどうなるかですね。