機霊戦記 エピローグ 未来は。 (前)
- カテゴリ:自作小説
- 2016/11/24 11:26:27
『こちら国際ナノビジョン、帝都フライア皇帝広場前中継席です。
本日エルドラシア帝国帝都で凱旋式典が行われております。目抜き通りにえんえんと並び続く、この壮麗なる花の神輿のパレードは、先の大陸ユミル東部戦区での通算五十回目の戦勝を記念するものであります。
この戦いにおいてほぼ一千年ぶりに、エルドラシア帝国は皇帝陛下自らが参戦。
煌帝国の女帝機を圧倒し、植民星マルスとの紅鉱貿易優先権を勝ち取っております』
「うわ、派手派手しいなぁ。何あの山車みたいな乗り物。けばすぎるぜ」
ニンニクだの干しハーブだのおたまだのしゃもじだの。
雑然とモノがぶらさがってる狭い台所で、オレは赤い前髪をかきあげながら、ずずっと合成コーヒーをすすった。
「あちち」
姉さんのお下がりであるピンクのワンピースにこぼしそうになって、あわててカップを卓に置く。
肘をついてる卓にかっちり嵌っているちっさな四角い画面に、島都市コロニア国際ナノビジョンの番組が映っている。
『みなさま、たった今、親衛隊に守られた新女帝陛下が凱旋門をおくぐりになられました。銀髪碧眼のお美しい陛下のお姿が見えます。陛下が、門を抜けられました!』
天界下界問わず、全世界に発信している映像。
ナノビジョンの中で、番組の実況アナウンサーがここぞとばかりに語気に力を込める。
『今、女帝陛下が広場から宮殿へ飛び立ちます! 青き宝石をちりばめた、美しい白金プラチノの翼が展開しております!
画面に映るエルドラシアの女帝陛下は、息を呑むほどの絶世の美少女。
目つきは悪いけど、鼻血出そうなくらい美少女。
その右肩に顕現している機霊の神々しさといったら……。
「新皇帝機光輝武帝ブリュンヒルデ……」
白金プラチノの光を放つ機霊は、勇ましい戦乙女の姿なれど輝きも装いも一般騎士の機霊とは如実に違う。
まとう衣も輝く鎧も、女帝の機霊にふさわしいきらびやかさだ。
『美しい翼が天を舞いながら宮殿へ向かっております! これこそ、完成された美! これこそ、女神!』
オレは向かいにどっかり座ってる白髪のジイさんを、チラリズム。
シング老は、卓に映っている映像にはとんと無関心だ。
右目に嵌めた拡大鏡で、俺が今回持ってきた蒼い結晶を鑑定している。
「ぬう、ロッテくん。これは……」
「エルドラシアの皇帝親衛隊は、みんな翼にそいつをつけてるようだぜ」
「やはり輸入品じゃな。γガンマ星雲第58番惑星に特有の組成じゃのう。なるほど、ごくごく最近、帝国はあそこと貿易を始めたからのう。エネルギーを蓄積できる結晶体か」
「らしいな。取り外しは簡単みたいだ」
蒼い結晶は、たった今、オレが持ち込んだ。
一週間前、エルドラシアの皇帝親衛隊に襲われたときに、どさくさまぎれに拾ったものだ。
熱玉少年の暴走機霊に吹きとばされて、落下したところに先客がいた。
どちゃりとそこに突っ込んだオレ、衝撃でぽろっと相手の翼からおっこちた蒼い結晶を、思わず拾っちゃったんだけど。
直後、金髪碧眼の帝国騎士様とミッくん両方から、ビンタを食らった。
『胸をつかむな変態!! 揉むとは何事だ!!』
『ロッテ!! 私というものがありながら!!』
いやその。
鎧がはげてた騎士さまのお胸をクッション代わりにしちまったのは、不可抗力だったんだよ。
そして本能的に手がわきゅわきゅ動いちまったのは、正常な男の反応だと思うんだよ。
そう、オレは正常だ。
『ロッテ! 今すぐさっきの報酬を! 私への愛の証をくれ! 口付けさせろ!』
『ややややめろミッくんひっつくな! 騎士のお姉様がドン引きしてるじゃないか! あああっ! お姉様待って! ににに逃げないで! 俺を見捨てないでくれえーっ!』
『愛してるロッテー!』
『ぐぎゃああああ!』
……。
えっと。
ほ、ほっぺたに一度ぐらい男からのチューを許したからって、け、決してそっちの道に足を突っ込んだわけじゃ、なななないんだぜ!
っていうかその騒ぎのおかげで、騎士のお姉さまたちからは見逃され……いや、がっつり無視されて避けられたし。結晶を一個失敬したことが、バれずに済んだわけだったりする。
「その結晶一個で、ど、どうかな?」
「ほうほう。今までのツケ分も、今回の費用もこれで清算でええぞ」
「おお! やった!」
一個で結構いい価値なんだな。
エルドラシアの新型皇帝機はこの蒼い結晶を左右七個づつ、計十四個もつけていると、さっきナノビジョンのアナウンサーが説明していた。
帝国の力はすごい、と言わんばかりに。
新型皇帝機は先日全世界に向けてお披露目されたばかり。最新の融合型で、主人の生命エネルギーを吸収するという、融合型のデメリット機能を完全にOFFにできる。
あらかじめ別のものからエネルギーを蓄えておいた蒼い結晶で、消費エネルギーをまかなうことができるデバイスを持ってるからだ。
つまりお手軽に結晶をたくさんつけまくれば、計測不能域の高出力も可能。
翼の収納時においては、蒼い結晶は主人の背中にひっついている吸盤のごとく見えるらしい。
オレはほうっと嘆息して、苦くてまずいコーヒーをすすった。
「融合型はどんどん進化するなぁ。古代において分離型機霊を造っていた技師たちは、よもや融合型が主流になるなんて思いもしなかったろうよ。初めてアルゲントラウムが造られたとき、融合型はスペックすごいけど人喰いだからダメダメだって、みなされたらしいけど。現代じゃあ、分離型はほとんど絶滅してるもんな」
うちのミッくんは665歳。ほぼ、分離型機霊の最後のモデルだ。
「やっぱり古いもんは、淘汰されちまうのかねえ……なあじいさん、オレ思うんだけど……」
にが……。
合成コーヒーって、ほんとマズいなぁ。にがいにがい。
「なんで帝国は、黄金のアルゲントラウムにその蒼い結晶をつけてやらなかったのかな。もしそうしてたらオレのミッくんみたいに、また現役バリバリレベルになったろうし。人形皇帝だって、下手に寿命を縮めなかっただろうに」
「ふーむ」
シング老は、そこで初めて卓に嵌ったナノビジョンを覗いた。
「この新しい女帝陛下……おそらくマレイスニール帝の五十体目のクローン体じゃろうなぁ。本来ならば、先の皇帝が崩御されてから、次のクローン体が覚醒させられるはずじゃが。何らかのシステム・アクシデントで、はように目覚めてしまったか。それとも、誰かに目覚めさせられたか……」
だれかに目覚めさせられた? てことは、新女帝陛下の裏には、黒幕がいるのか?
変革を望んだ、誰かが。
「帝国は、十世紀にわたって人形皇帝のシステムを維持してきた。今までそれが持ちこたえたことこそ、異常に思えるのう。人間は飽くもの。新しき物を求める生き物じゃ。停滞するのをやめ、変革の動きが出てくることこそ、自然な動きじゃよ」
「そういや、高祖帝のクローン体は、高祖帝が自ら命じて造るよう命じたもの。おのが御世が永遠に続くよう、百体以上造らせたとかなんとかって聞いたことあるぜ。帝国的には、ちょうど半分ぐらいでいけにえシステムを打ち止めにできて、めでたしってことなのかねえ」
「帝国の中枢で実際に何が起こったのかわからぬが、まあ、変革派が勝利した、ということかのう。そして変革を望んだ者たちは、古きものの象徴であったアルゲントラウムを破壊することで、まっさらの新しい国を生み出したかったんじゃろうなぁ」
何処の国も変革を望みますね。