Nicotto Town



自作11月 樹木 「センニンソウ」 1/4

 その赤毛の少女は、今日も背に負った金筒から水をまきます。

「芽吹いてきますように。緑の野に、なりますように」

 祈るように言葉をつむぎながら、切り株だらけの野に、水をまきます。
 広い広い山すそは、木がほとんどなくて、無理に体躯をへし折られた切り株だらけ。
 私は哀れな様相の山肌にツルを伸ばして、娘がまく、光の粒のようなうるおいを浴びます。
 なんとここちよい、小さな雨でしょう。この特別な水を浴びますと、私の気分はすっきりしゃっきり。とても爽快になるのです。
 赤い髪の娘は、にっこり私に微笑みかけます。

「大きくなってね」

 ああ……なんてかわいらしい。
 いったいだれが、こんな幸せを手に入れられると想像したでしょうか。
 私はいま、幸せです。
 とても幸せです。
 この少女の笑顔を、毎日見られるのですから。

――ふん。また鼻の下ならぬつるを伸ばしてるのか、センニンソウ。

 桜の若君がぶすくれ顔で頬杖をついて文句をおっしゃいます。

――まあ、おまえはあの娘にぞっこんだからな。

 ケヤキの貴公子がふふんと鼻でお笑いになります。
 お二人の本体は、今は切り株というあわれなお姿。まだ怒りさめやらぬという風体で、その御霊がどっかりとご自分の切り株にお座りです。

――あの娘、明日こそは帰るだろうさ。
――そうそう。もう飽きましたとか、人里恋しくなりましたとか。そんな理由をつけてな。

 私は苦笑しながら、口の悪い若者たちの前からそろそろとつるを縮めて退散いたしました。
 あんなことを言っておりますけれど、お二人は私と同じ。
 あの赤毛の娘が大好きなのです。本当に、妻にしてしまいたいほどに――。

 なぜにこの山すそが丸裸になっているのか。
 なぜにあの赤い娘が、金筒をせおって水をまいているのか。
 実を申しますとさかのぼること、三ヶ月前。
 それはそれはおそろしいことが、この山で起こったのです……




――ほんとにね、私たちあれで一巻の終わりかと思いましたのよ。
――そうそう。なんて荒ぶるものがきたのかと、縮み上がりましたわ。
――生きた心地がしませんでしたわね。

 三ヶ月前のあの日。
 悲鳴混じりに私に訴えてきたのは、優美な長腕のシラカバ娘たちでした。
 私はこの方々も、あのご災難に遭われたのかと眉をひそめたものです。
 クヌギじいさまたちもブナどんたちも、ヤナギ夫人たちも、それはもう惨憺たる被害を被っておりましたから。
 けれども白い肌の乙女たちは私と同じく、かろうじて無事だったのでした。
 森の木々をどわどわとなぎ倒していった、あの鉄の牛。もーもーという低いうなり声と、しゅうしゅうたちのぼる蒸気の煙は、なんとも恐ろしいものでありました。
 あのおそろしげな鉄製の顔は、目の回りに青い縁取りがされていて、悪魔のようにも見えました。
 みなあの、突進してくる化け物にやられたのです。
 だからこの山すそはすっかり禿げてしまい、木々にやどる精霊たちは悲鳴をあげて泣き叫び、しばらく哀しい景色となった山すそを激しく飛び回ったのでした。
 幸いにしてみなさまの根っこは無事でしたので、すっかり命をもがれるということはありませんでした。ですがみなさまの体は、牛のあとにわらわらやってきた人間どもにすっかり持ち去られてしまったのです。
 いったいこの、あまり人が住まぬ山と谷ばかりの地で、人間どもは何をするというのでしょう?
 私たちの体で、いったい何をするというのでしょう?
 私たちはそう、嘆きあい哀しみあい、いきなりやってきた略奪者たちを呪っていたのです。
 ちょうどそんなひどい有様のときでした。あのウサギ一行がやってきたのは。

「人間に深い恨みがあるだってえ?」

――そうなのですよ、ウサギさん。これはたった数週間前に起こったことです。あなたがたのような動物たちも、住むところを追われて大騒ぎだったのですよ。

 私は目を剥くあの白いウサギに、ことの次第を教えてやりました。
 変な鉄の牛がこの山を丸裸にしたことを。

「でもさ、その木材を伐採していったやつらと、あいつらはまったく無関係なんだけどな」

―― あいつら。ああ、私のつるで今、さかたんぼりにしている連中ですね。
 ウサギの連れは、赤毛の男に黒い衣の黒髪男でした。

「ぺぺえええ! 早く交渉をすすめろおお! 頭に血が登ってるっ。鼻血でるう!」
「お師匠さまは俺の奥さんになるまで、そのままでいいっすよ」
「おま! こら!」
「うう……剣を抜くのは無理か」
「おばちゃん代理、無理すんな! 木霊さんを刺激するんじゃないぞ。俺にまかせろ。っと、センニンソウの精さん、そんなわけなんだ。あいつらは今回のことには全然関係ないんだよ」

 ウサギさんは、ひと目見ただけで私の正体がわかっておられました。

「普段不可視のあんたらがあたりにうじゃうじゃ見えるってことは、相当強烈な念、つまりは恐ろしいレベルで恨みを持ってるって証拠だよな。気持ちはよくわかるがなぁ、しかし牛の重機で山をはげっ原にしたのは俺たちじゃない。頼むから俺の連れを解放してくれ」

 しかしあれは人間ではありませんか、と申しますと。ウサギはうーんと腕組みをして仰いました。

「そうだけども。人間という種族でひとくくりには、してほしくないわけよ」

 私たちは、個にして全。私たちは根っこのところで通じ合っております。絡みつきあい、互いの意志を共有します。
 しかし人間は、違うというのです。そうではないというのです。

「人間に根っこはないからな。だから仲間をぐるぐる巻きにしているこのツルを、解いてくれないかな」

 そうは申しましても、みなさま大変怒っておりまして。
 つる草ごときの私ども、センニンソウの一存では、とらえた人間どもを勝手に離すことはできませんでした。
 だってウサギの一行だって、大きな鉄の塊を山すそに下ろしたのです。
 また私たちを蹂躙しにきたと思うのが、自然でございましょう?

「あれはただの乗り物さ。竜の形をしてるがほら」

 なんと。竜の形をしているものは、ウサギが腕輪をいじるとたちまち箱の形になりました。
 不思議な光景にみな唖然。それで私たちの怒りは少しだけ、やわらいだのです。
 さらに。

「たぶんあんたらの体は、国境で橋を作るのに持ちさられたんだ。いまさら伐採されたもんを取り戻しても、元通りにゃできないが……」

 ええ、何十年何百年とかけて育んできた、体と霊気でございますが。もとのようにひっつけることはできませんね。

「善処する。作業員をこっちに呼んで、山すその回復作業をさせるよ。なんていうかその、牛の重機はその……俺がこの手で作……」

 ウサギさんは引きつりながらごにょごにょ言っておりましたが、私にはその言葉は残念ながら聞き取れませんでした。それからウサギさんは深く深く、その長い耳垂れる頭を下げてくださいました。

「いやほんっとごめん! まじでごめん! ごめんなさいいいいっ!!」


 







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