自作11月 樹木 「センニンソウ」 2/4
- カテゴリ:自作小説
- 2016/11/30 10:39:37
ウサギたちが「橋の建設現場」へ向かい、夜が二回すぎたあと。
くだんの「作業員」がこのはげた山すそにやってまいりました。
それがあの、背中に金属の筒を背負う赤毛の少女であったのです。
しかも彼女と一緒になんと、黒に銀縁取りの軍服を着た騎士たちもやってまいりました。
「騎士の方々は肥料土をかぶせてください。私はその上に成長促進剤をまきますので」
鮮やかな赤スカートの赤毛少女は、騎士たちにてきぱき指示を出しました。
「木霊のみなさま、ただいまよりインフォームドコンセントを行いますので、どうかお集まりください」
赤スカートの赤毛の少女はぺこりと頭を下げて、切り株だらけの禿げ野原に私たちを呼び集めました。
クヌギじいさんにブナどんたち。スギのご長老たちにヤナギ夫人たち。シラカバ乙女にモミジ娘。桜の若君にケヤキの貴公子……そんな立派な木々だけでなく、私のような草花の精霊も、みなせいぞろいでございました。
「今からここにエティアの国王陛下の勅令により、栄養たっぷりの土をまかせていただきます。先日虹色カブトムシの養殖業者が廃業しまして、陛下が接収なさいました処がございます。そこの養分たっぷりな土、すなわち甲虫の糞たっぷりの土をこのすそ野に入れさせていただきます。また、わが社の社長にして第一級レベル技師であるウサギ魔人ピピが配合いたしました、特別仕様の成長促進剤を散布させていただきます」
「騎士の方々は肥料土をかぶせてください。私はその上に成長促進剤をまきますので」
鮮やかな赤スカートの赤毛少女は、騎士たちにてきぱき指示を出しました。
「木霊のみなさま、ただいまよりインフォームドコンセントを行いますので、どうかお集まりください」
赤スカートの赤毛の少女はぺこりと頭を下げて、切り株だらけの禿げ野原に私たちを呼び集めました。
クヌギじいさんにブナどんたち。スギのご長老たちにヤナギ夫人たち。シラカバ乙女にモミジ娘。桜の若君にケヤキの貴公子……そんな立派な木々だけでなく、私のような草花の精霊も、みなせいぞろいでございました。
「今からここにエティアの国王陛下の勅令により、栄養たっぷりの土をまかせていただきます。先日虹色カブトムシの養殖業者が廃業しまして、陛下が接収なさいました処がございます。そこの養分たっぷりな土、すなわち甲虫の糞たっぷりの土をこのすそ野に入れさせていただきます。また、わが社の社長にして第一級レベル技師であるウサギ魔人ピピが配合いたしました、特別仕様の成長促進剤を散布させていただきます」
赤毛の少女がいうには、それは以前果樹園の実を半分の期間で実らせた実績のあるもの。化学薬品系や遺伝子組み換え品は使っていない、百パーセント天然の製品であるそうです。
――それで、もとどおりになるのかね?
スギのご長老さま方がたずねますと、赤毛の少女は申し訳なさげに頭を下げました。
「おとぎばなしのようにはいきません。普通ならば新芽がある程度育ちますまでに三十年、すっかりもとどおりにするには百年以上かかるでしょう。我々はその半分の時間で、ここを回復させる計画でおりますが、時間はかかります」
――ほう、半分。
なんとそれはものすごい速度です。桃栗三年柿八年。と申しますが、ブナやクヌギやスギなどのご立派な方々が天突く姿になるには、もっともっとかかります。
――それが、半分?
はい、と赤毛の少女はこっくりうなずきました。
「この事業の監督官として、本日この私、スオウ・プトリが住み込みで着任させていただきます。これから末永く、どうぞよろしくお願いいたします」
私どもはそれでようやく納得いたしました。
なんとあのウサギは、うら若い娘をひとり、ここに住まわせるというのです。つまりはいけにえであろうと、スギのご長老方はささやきあったものですが、その日から着々と作業が始まりました。
銀縁取りの騎士たちは、ポチ七号と書かれた箱型の大きな乗り物から袋からつぎつぎとおいしそうな土をひっぱりだし、私たちの根元にかけてくれました。
そうしながら騎士たちは、なんとも不穏なことを申しておりました。
「団長、うちはいつからウサギの下請け作業員になったんです?」
「いや副団長、この先で反乱の噂があるだろう? 俺たちは作業員とみせかけてその実、援軍部隊ということだ」
「む。もし戦になれば我々が?」
「うむ。前線の先鋒ということになろう。援軍がくるまで食い止めねばならんぞ」
――「先鋒は、銀枝騎士団じゃないようですよ」
促進液をまく赤毛の少女が、山すそを駆け抜けていく獣の一団を指し示しました。
おうおう、なんと軽やかな足取りよと、クヌギじいさんたちが目を細め、ヤナギ夫人たちが悲鳴をあげました。
でもシラカバの乙女たちはとたんに黄色い声。
なんてりりしい狼たちなの? かっこいい!
とかなんとか。若い娘さんの嗜好は、私にはちょっとよくわかりません。
「牙王の一団ですね」
駆けぬけていくその獣たちを遠目に眺めて、騎士たちがうなずきあいました。
戦だなんて。
そんなものが、ここにまで及ばないとよいのですが……。
「あ、黄金の狼が」
いったんとすそ野を通り抜けていった狼のうちの一頭が、ものすごい勢いで引き返してきました。
どなたかが、あの獣を呼んだようです。
――神獣リュカオンのご眷属ではないですかな?
荘厳なる声。
なんと呼びかけたのは、山の隅にシラカバ乙女たちとかろうじて残った、大杉の翁さまでした。
黄金の狼は翁さまの問いにそうだと答えて、みるみる姿を変えました。
まるで精霊のごとく光り輝く、人型の娘に。
女王と称すべきその神々しい方は神妙に、大杉の翁さまの前にかしづきました。
――気になることがあったでな。それでウサギたちに、頼んだことがある。そなたにも聞いてもらいたい。あの大牛が、我らをなぎたおしていったときのことよ。
翁さまは呻きながらおっしゃいました。
かろうじて御身はご無事だったとはいえ、根っこを少し削られていて、そこがぎしぎし痛むのです。なんともおいたわしいことです。
――牛を操る者どもの中に、まっ黒い影がおった。怨念の塊ともいうべきものよ。およそ生きているとは思えん人間であった。
それは亡霊でしょうか。複数いるのでしょうかと、神々しい狼の娘はたずねました。
すると翁様はいやいや、と枝を振られました。
――ひとりの人間。老人であるが、長い時間流をまとっておる。あれは何度も転生しておるものよ。しかしそれが背負っているものが、なんともおそろしくてな。
翁さまはその黒い老人の背に、なんとも不気味なものを見たのです。
――真っ赤な亡霊じゃ。血に濡れておる。しかしあれは、桜じゃ。
怨念と化した桜の精霊が、その老人についているというのです。血に飢え、常にそれを求めていると。
――かわいそうに、人間が放つ狂った瘴気に汚されたのだろう。
歪んだ愛でられ方をすると、私たちはたちどころにそんなおそろしいものになってしまいます。
清く愛でられれば、決してそんな外道に堕ちるものではありませんのに。
たしかに私も、牛のそばにいたあの黒い老人には、身の毛がよだちました。
体から生える長い長いつるが、こわくてちぢこまってしまったほどです。
大杉の翁様ほどの年齢ではないでしょうが、あれは相当に歳を経た怨霊です。
――どうか、あの老人からはがしてやってくれ。あのような「仲間」の姿は、見るに耐えぬでのう……わしはウサギたちがここを去るとき、彼らにそう願った。
翁様は哀しげに訴えました。
――ウサギたちは首尾よくやってくれよう。しかし、背に剣を負った赤毛の男。あれはいにしえの……
翁様はそのとき傷の痛みに呻かれて、その先の言葉をいえませんでしたが。
黄金の狼娘はすべて心得ているというふうに、深くうなずきました。
「偉大なる木霊よ。赤毛の殿方はまちがいなく、かのおそろしき一族の末裔。ですから私はずっとあの者のそばにいて見守ってまいりました。しかしいまのところ、あの者が暗黒面に堕ちる心配はございません」
――しかしその因子はある。
「仰せの通りです。しかしあの者が作る腸詰めは絶品で――いえその、あの者の中には、人をお腹いっぱいにして幸せにしたいという光の思念で満ちております。それが完全に、暗黒なるものを抑えている状態です」
――しかし万が一……
「ご心配は無用です。万が一暗黒面に覚醒したときには、この私が――」
覚悟ある言葉を放った黄金の娘はふたたび狼に姿を戻し、仲間が走っていった方向へと走り去っていきました。
すなわち、かつてウサギたちが去っていった方角に。
その俊足さは、目を見張るほど。あっというまに、地の果てへ消えていったのでした。
19世紀世界のような怪しいムード