自作11月 樹木 「センニンソウ」 3/4
- カテゴリ:自作小説
- 2016/11/30 10:46:29
幸い。
戦は、ここにまではおよびませんでした。
けれども私どもにふかふかの土をかけてくれた騎士たちは、狼が消えて三日後に、急いでウサギたちが去った方向へ向かっていき……それから二度と帰ってきませんでした。
この山すそに残ったのは、赤毛で真紅のスカートの少女ひとり。
「大丈夫です。戦火はここまではきませんよ。それに促進剤はすでに数年分、ここにおろしてありますからね。もしそれが切れたら、王都の本社に連絡して運び入れてもらいますから」
娘はにっこりそう申しまして、本当にこの山に住みつきました。
彼女の家はポチ七号。それにつながれた鉄の箱のつらなりに、促進剤なるおいしい水が大量に収納されているのです。
彼女は以来毎日、金属の筒を背負い、山すそにその栄養たっぷりの液をかけてまわってくれました。
雨の日も。風の日も。雪降る日も。毎日。毎日。
ゆえに。いつしかしなやかなケヤキの貴公子やあでやかな桜の若君が、この娘に並ならぬ好意を寄せるようになったのは、必然でありましょう――。
ひと月たちふた月たち。雪ふる季節が過ぎました。まっしろな雪の上からもなお、赤毛の少女は毎日ひとりで、山すそに促進液をかけてまわっておりました。
そうして若葉芽吹く季節になった今日この日。
――す、す、す、スオウよ。
桜の若君がついに、少女に告白をなさっております。
「はい? なんですか? もう少しお水をかけてほしいですか?」
――いやその。なんだその。おまえかけ方、乱暴だぞ?
「す、すみません」
え。ちょっと。何おっしゃってるんですか桜の若君。
しっかりなさってくださいよ。
それでも私たちをしりぞけた猛者ですか?
――うう、なんだその、いやその、空が、青いな!
「は、はい? そうですね。すごく青いですね」
ああああ。まさかこんなじれじれを見せられるとは。
ふくらむ花芽を一気にふくらませたごとき私たちの思いは、ついにおさえがたきものとなりまして。
私たちは、つい昨日、とある決着をつけたのです。
木々の若君や私たち年端もゆかぬものたちが総出で寄り集まった中。その美しさとしなやかさと、精霊じゃんけんの運の強さで、桜の若君はほかの木霊を圧倒し、赤毛の娘に告白する権利を勝ち取ったのであります。
ちなみに精霊じゃんけんとはかなりぶっそうな決闘方法です。
すなわち人間のじゃんけんと原理はおなじですが、精霊界にて実際に、剣と網と岩石をたずさえた眷族たちを使いまして戦います。
まるで知略めぐらされし人間界での大戦のごとく、おのおのの木々の若君とその眷属は激しくあい争ったのです。やぶれさった他の木霊たちは数知れず、消滅したものも数体おりました。
なんと木霊の命をかけるほどに、みなさま赤毛の少女をいとしく想うようになっていたのです。
――あの、あのな。私が勝ったのだ。じゃんけんに!
「まあ、そうなんですか」
赤毛の少女はころころ笑いました。
ぜったい人間が遊ぶじゃんけんと勘違いしているにちがいなく。切り株にえらそうに座っている桜の若君は悶絶寸前。
ま、まさか。あの熾烈な精霊じゃんけんは、まったくの運だったのでしょうか。
かくも桜の若君が腰砕けになるとは。
――いやだから! すごいじゃんけんだったのだ! 後出しもあってだな、三回勝たねばならんとか、わけのわからんことを言い出すやつもいて!
「あーそれ、あるある、ですよね」
たのしげな笑い声があがります。いやほんと、勘違いまっしぐらです。
――と、と、と、とにかく、好きだ!
「私も、じゃんけん好きですよ」
――いやそーではなくてー! わたっ、わた、わたしは! そなたが好――
そのとき。
空からひゅるるるとおそろしい音がして。若葉芽吹き始めるすそ野に、あの箱型に変化する竜がずどんと落ちてまいりました。
かつてウサギたちが乗ってきたあの鉄の竜です。
ふた季節ほど経て再び舞い降りてきたそれは、ずいぶんくたびれていて。そこかしこ、おそろしげな穴やひびもあいており、すすけておりました。
「促進剤!」
降りたった竜から飛び出してきたのは、あのウサギ。
「スオウ! 今すぐくれー!」
「おじいちゃん!」
ウサギの叫びに赤毛の少女は飛びあがらんばかりにびくりとわななき。
ふりむいたと思いきや。
「おじいちゃん! おじいちゃあああん!」
ぼろっと顔を崩して、竜と同じくすすけているウサギに駆け寄り、抱き上げました。
「無事だったのね。よかった!」
「おいおい、毎日伝信で情報流してたろ? はああああ、やっとこ勝てたわー。いやほんと、スメルニア軍わんさか漏れてくるってのはともかくさ、いやもう、あのヴィオのおかげで洒落になんなかったわ!」
「おねがいします、促進剤を!」
竜からよろよろと赤毛の青年が出てきました。
『まったく! 何とちくるってんですか! このバカ主! ああもう! きもちわるい! きもちわるいいいいいいいいい!!!!!』
すさまじくわめきたてる剣を、その背に負いながら。
『ふらっヴぃおすに「きみかわいいね」?! なんですかその言い草は?! しかもそれで三ヶ月も塔に監禁されるとか、なんですかそれは?! いくらメニスの魔王の甘露にあてられたからって、あんた自身が魔王の手先になってどーするんですかあああああああ!!』
――「いやほんとまじ、あの剣もってるおばちゃん代理相手に、よく勝てたわ俺……」
「おじいちゃん!」
赤毛の少女の腕の中で、ウサギはくたりとうなだれました。
「とにかくさ、あの狼に……」
「お、おねがいします! 促進剤を……アムリタを分けてください!」
蒼ざめた顔で赤毛の男が抱えているものは、大きな黄金の狼。その毛は焼け爛れていて、なんと息がとまっています。
私たちはみな、ざわめきました。
とくに大杉の翁さまの呻きが、私の耳にこびりつきました。
――まさか、覚醒したのか?!
そして、桜の若君のやるせないため息も。
――ああ……スオウ……君は……
「ぐ、ぐふ。つかれたー」
「おじいちゃん! いやあ! しっかりして!」
若君はこの瞬間、赤毛の娘がだれを慕っているか、悟ったのです……
「スオウちゃん、ピピさんは大丈夫ですから、急いで牙王にアムリタを飲ませて」
ぼろぼろの鉄の竜から最後に出てきたのは、以前見た黒髪の男ではなく。
「そうしたらきっと息をふき返すはずです」
目の覚めるような銀髪の麗人でした。その美しい人は長い銀髪を春風になびかせて、赤毛の少女に言ったのでした。
「これから急いで塔にも持って行きましょう。みなさんを助けるために」
戦は、ここにまではおよびませんでした。
けれども私どもにふかふかの土をかけてくれた騎士たちは、狼が消えて三日後に、急いでウサギたちが去った方向へ向かっていき……それから二度と帰ってきませんでした。
この山すそに残ったのは、赤毛で真紅のスカートの少女ひとり。
「大丈夫です。戦火はここまではきませんよ。それに促進剤はすでに数年分、ここにおろしてありますからね。もしそれが切れたら、王都の本社に連絡して運び入れてもらいますから」
娘はにっこりそう申しまして、本当にこの山に住みつきました。
彼女の家はポチ七号。それにつながれた鉄の箱のつらなりに、促進剤なるおいしい水が大量に収納されているのです。
彼女は以来毎日、金属の筒を背負い、山すそにその栄養たっぷりの液をかけてまわってくれました。
雨の日も。風の日も。雪降る日も。毎日。毎日。
ゆえに。いつしかしなやかなケヤキの貴公子やあでやかな桜の若君が、この娘に並ならぬ好意を寄せるようになったのは、必然でありましょう――。
ひと月たちふた月たち。雪ふる季節が過ぎました。まっしろな雪の上からもなお、赤毛の少女は毎日ひとりで、山すそに促進液をかけてまわっておりました。
そうして若葉芽吹く季節になった今日この日。
――す、す、す、スオウよ。
桜の若君がついに、少女に告白をなさっております。
「はい? なんですか? もう少しお水をかけてほしいですか?」
――いやその。なんだその。おまえかけ方、乱暴だぞ?
「す、すみません」
え。ちょっと。何おっしゃってるんですか桜の若君。
しっかりなさってくださいよ。
それでも私たちをしりぞけた猛者ですか?
――うう、なんだその、いやその、空が、青いな!
「は、はい? そうですね。すごく青いですね」
ああああ。まさかこんなじれじれを見せられるとは。
ふくらむ花芽を一気にふくらませたごとき私たちの思いは、ついにおさえがたきものとなりまして。
私たちは、つい昨日、とある決着をつけたのです。
木々の若君や私たち年端もゆかぬものたちが総出で寄り集まった中。その美しさとしなやかさと、精霊じゃんけんの運の強さで、桜の若君はほかの木霊を圧倒し、赤毛の娘に告白する権利を勝ち取ったのであります。
ちなみに精霊じゃんけんとはかなりぶっそうな決闘方法です。
すなわち人間のじゃんけんと原理はおなじですが、精霊界にて実際に、剣と網と岩石をたずさえた眷族たちを使いまして戦います。
まるで知略めぐらされし人間界での大戦のごとく、おのおのの木々の若君とその眷属は激しくあい争ったのです。やぶれさった他の木霊たちは数知れず、消滅したものも数体おりました。
なんと木霊の命をかけるほどに、みなさま赤毛の少女をいとしく想うようになっていたのです。
――あの、あのな。私が勝ったのだ。じゃんけんに!
「まあ、そうなんですか」
赤毛の少女はころころ笑いました。
ぜったい人間が遊ぶじゃんけんと勘違いしているにちがいなく。切り株にえらそうに座っている桜の若君は悶絶寸前。
ま、まさか。あの熾烈な精霊じゃんけんは、まったくの運だったのでしょうか。
かくも桜の若君が腰砕けになるとは。
――いやだから! すごいじゃんけんだったのだ! 後出しもあってだな、三回勝たねばならんとか、わけのわからんことを言い出すやつもいて!
「あーそれ、あるある、ですよね」
たのしげな笑い声があがります。いやほんと、勘違いまっしぐらです。
――と、と、と、とにかく、好きだ!
「私も、じゃんけん好きですよ」
――いやそーではなくてー! わたっ、わた、わたしは! そなたが好――
そのとき。
空からひゅるるるとおそろしい音がして。若葉芽吹き始めるすそ野に、あの箱型に変化する竜がずどんと落ちてまいりました。
かつてウサギたちが乗ってきたあの鉄の竜です。
ふた季節ほど経て再び舞い降りてきたそれは、ずいぶんくたびれていて。そこかしこ、おそろしげな穴やひびもあいており、すすけておりました。
「促進剤!」
降りたった竜から飛び出してきたのは、あのウサギ。
「スオウ! 今すぐくれー!」
「おじいちゃん!」
ウサギの叫びに赤毛の少女は飛びあがらんばかりにびくりとわななき。
ふりむいたと思いきや。
「おじいちゃん! おじいちゃあああん!」
ぼろっと顔を崩して、竜と同じくすすけているウサギに駆け寄り、抱き上げました。
「無事だったのね。よかった!」
「おいおい、毎日伝信で情報流してたろ? はああああ、やっとこ勝てたわー。いやほんと、スメルニア軍わんさか漏れてくるってのはともかくさ、いやもう、あのヴィオのおかげで洒落になんなかったわ!」
「おねがいします、促進剤を!」
竜からよろよろと赤毛の青年が出てきました。
『まったく! 何とちくるってんですか! このバカ主! ああもう! きもちわるい! きもちわるいいいいいいいいい!!!!!』
すさまじくわめきたてる剣を、その背に負いながら。
『ふらっヴぃおすに「きみかわいいね」?! なんですかその言い草は?! しかもそれで三ヶ月も塔に監禁されるとか、なんですかそれは?! いくらメニスの魔王の甘露にあてられたからって、あんた自身が魔王の手先になってどーするんですかあああああああ!!』
――「いやほんとまじ、あの剣もってるおばちゃん代理相手に、よく勝てたわ俺……」
「おじいちゃん!」
赤毛の少女の腕の中で、ウサギはくたりとうなだれました。
「とにかくさ、あの狼に……」
「お、おねがいします! 促進剤を……アムリタを分けてください!」
蒼ざめた顔で赤毛の男が抱えているものは、大きな黄金の狼。その毛は焼け爛れていて、なんと息がとまっています。
私たちはみな、ざわめきました。
とくに大杉の翁さまの呻きが、私の耳にこびりつきました。
――まさか、覚醒したのか?!
そして、桜の若君のやるせないため息も。
――ああ……スオウ……君は……
「ぐ、ぐふ。つかれたー」
「おじいちゃん! いやあ! しっかりして!」
若君はこの瞬間、赤毛の娘がだれを慕っているか、悟ったのです……
「スオウちゃん、ピピさんは大丈夫ですから、急いで牙王にアムリタを飲ませて」
ぼろぼろの鉄の竜から最後に出てきたのは、以前見た黒髪の男ではなく。
「そうしたらきっと息をふき返すはずです」
目の覚めるような銀髪の麗人でした。その美しい人は長い銀髪を春風になびかせて、赤毛の少女に言ったのでした。
「これから急いで塔にも持って行きましょう。みなさんを助けるために」
ステキとお水(満開の方はステキのみ)おいていきます♪
今、私のブログ・・・というか島、結構面倒な荒らしに遭ってるので、表の伝言板には書き込みをしないことをお勧めします。
どんどん友達の友達へ~と飛び火するタイプの荒らしで、友人曰くニコタ歴の長い人が見ても「前代未聞の荒らし」だそうです。
詳細はブログなど見てもらえれば・・・
もし何かコメントや巡回ありましたら、しばらくはコチラを伝言板にして下さい。
http://www.nicotto.jp/blog/detail?user_id=1394714&aid=55452401
妖精たちの恋歌のさなかに
ピピやおばちゃん代理が道化として?