Nicotto Town



自作11月 樹木 「センニンソウ」 4/4

 こうして。
 赤毛の少女は去っていきました。
 人間たちとウサギと、なんとか息を吹き返した狼と。そして促進剤を乗せたポチ七号はなんと大きな鳥型に変じて、空に舞い上がったのです。ぼろぼろの鉄の竜だけが、私たちのすそ野に残されました。
 その出来事はまるで春の嵐のようで、あっという間のことでした。

――いってしまった。

 桜の若君は呆然とつぶやきました。

――あの男、覚醒したとなればゆゆしきことぞ。一度そうなれば……

 大杉の翁さまはうめきました。
 若君は、赤毛の少女を。
 翁さまは、赤毛の男を。
 それぞれ、案じておりました。
 私たちは、桜の若君はもうすっかり、失恋してしまったものだと思っておりました。
 若君はひがな一日切り株に座り、鉄の鳥が去っていった方角を眺めるようになり。月日がこんこんとたちました。

――あの子はもう帰ってこない。

 赤毛の少女だけではありません。
 ほかのだれも、帰ってくるそぶりなど、ありませんでした。

――あの子は帰ってこない……
――あの子は……

 私たちがひどく同情するほど、桜の若君はしなだれてしまいました。
 なんとも哀れに。
 せっかく芽吹いた芽が枯れかけるぐらいに……。
 だれかれとなく、彼を励ましました。きっと少女は帰ってくると。

――まさか。帰ってなどくるものか。

 若君のつよがりは弱弱しく。
 私たちは、このままこの方は枯れてしまうのではと心を痛めました。
 でも。
 きっとその想いが通じたのでしょう。
 その夏。ふわふわ白い綿蟲が降ってくるころ。
 私たちは、あの鳥が飛んでくるのを目撃したのでした。
 ポチ七号とかかれた、あの鉄の物体が、みるみる私たちのすそ野にやってくるのを。
 その鳥はぴかぴかに輝いていて、中から降りてきた人たちの顔もそれ以上に輝いておりました。

――スオウ!

 だれよりも喜んだのは桜の若君で。

――ことなきをえたか!

 だれよりも安心したのは大杉の翁さまでした。

「ここがすっかりもとどおりになるまで、監督する約束ですから」
「――ってうちの娘がいうもんで、またぞろ促進剤いっぱいつくってきたわー」

 鳥から降りてきたのは赤毛の少女と白いウサギ。そして、赤毛の男と黄金の狼。
 それから、黒髪の男。
 銀縁取りの騎士たちは、いまだ「塔」と呼ばれるところにいるとかいないとか。
 そのあたかも勲詩のようなてんまつを、私たちはそれからえんえん、黒髪の男からきかされる(自慢される?)ことになったのですが。それはまた、別の長い長いお話なのでございます――。




 こうして赤毛の娘はまた、私たちのすそ野に水をまいてくれるようになりました。

「芽吹いてきますように。緑の森に、なりますように」

 祈るように言葉をつむぎながら、緑一面となった野に、毎日。毎日
 広い広い山のふもとには若芽が芽吹き、私たちはみな、見違えるほど伸びています。
 赤い髪の娘は、今日もにっこり私に微笑みかけます。

「もっと大きくなってね」

 ああ……なんてかわいらしい。
 いったいだれが、こんな幸せを手に入れられると想像したでしょうか。
 私はいま、幸せです。
 とても幸せです。
 この少女の笑顔を、毎日見られるのですから。

 それにしても桜の若君はいつ、この少女に告白できるのでありましょうか。
 あれからなかなか、よい時宜にめぐまれておりません。まったくじれじれもよいところです。
 もしあと三日のうちにだめでしたら、私、また名乗りをあげようかと思います。
 そして再び精霊じゃんけんをするよう若君に申し込み、果敢に告白権を勝ち取りたいものです。
 なにしろ促進剤のおかげで今の私は。
 この夏、私は――。

「もう、つる草じゃないわね。とてもりっぱだわ」

 赤毛の少女がほれぼれと私を見上げてくれます。
 いとしい人よ。あなたには、感謝してもしきれません。
 おかげさまで、私はなんともりっぱな木のようになれました。
 もちろん、この木霊の姿も劇的に変わっていますでしょう?
 すばらしく、二枚目にね。
 ふふふふっ。


――了――

アバター
2017/01/03 23:22
チャンスをじっと待ってるんですね^^
アバター
2016/12/10 15:49
雪波さま

ご高覧ありがとうございます><
緑のすそ野や青い空、感じていただけてとてもうれしいです><
精霊じゃんけん、ほんといったいどんな戦いなのか。
かなり熾烈らしいので、ちょっと詳しく書いてみたい気もします。
たぶん三種類の眷属をつかう、陣取りゲームみたいな要素があるのかなと思います。

アバター
2016/12/10 15:46
よいとらさま

ご高覧ありがとうございます><
長期計画で芽生えた恋。若君がんばれ^^;

そうなのです。
おばちゃん代理は暗黒面に落ちる可能性のある人……
ってこれからヨーダさんに弟子入りしないといけないですね(違)

赤猫が選ぶぐらいなので、何かはあるのでしょうか、
なんだか塩基配列的に変な人みたいです。
次回は、赤猫の大愚痴り大会になりそうです汗汗




アバター
2016/12/10 15:42
E.Greyさま

ご高覧ありがとうございます><
この夢のような幸せな気分がいつまで続くのでありましょうか……>ω<
ライバルいっぱいじれじれラブストーリーになりそうな予感です。
アバター
2016/12/10 15:41
スイーツマンさま

ご高覧ありがとうございます><
いやいや愛は奇跡を呼ぶと申しますので、
異界異種恋愛も成就してしまうのかもしれません。
でもこんど告白権を獲得するのは若君じゃ……ないかもしれない
可能性がががが^^;
恋愛ファンタジーに書き直してみたい題材です。
アバター
2016/12/10 15:39
カズマサさま

ご高覧ありがとうございます><
これセンニンソウさんが力つけてますし、ほかの木霊さんたちも
またぞろ参戦しそうですよね;
若君、ふたたびしゃんけんに勝てるのか^^;
まずそこからでありますね^^;
アバター
2016/12/10 15:37
紅之蘭さま

ご高覧ありがとうございます><
若君、いつか告白できるときがくるんでしょうか。
ハッピーエンドになればいいですよね^^
アバター
2016/12/06 14:27
面白くて、一気に読みました。
桜の若君のじれじれが可愛いし、精霊じゃんけんが興味深いです(^-^)
とても色の綺麗な作品ですね!
アバター
2016/12/05 15:21
こんにちは♪

森林地帯回復の長期プロジェクトと、桜の若君の片思い^^;
と、その裏でペペさんたちの総力戦・・・
えっ?おばちゃん代理が暗黒面に?
こちらのお話も気になります^^

楽しいお話をありがとうございます♪
アバター
2016/12/05 02:49
夢をみた木の王子
いまは夢心地のまま
アバター
2016/12/02 07:30
ダーウィンが来たでやっていた雄猫の求愛優先権みたいな
しかし結局、別世界の姫君……

田舎の産神調査をしていた私
木に宿る女神の神木をみつけました
アバター
2016/12/01 06:50
桜の若君は告白は無理だった見たいですね。

何時告白出来るかがですね。
アバター
2016/11/30 11:13
桜の若君の恋心、しばらくは満たされるのでしょう
根本的に解決していないのが憐れではあります
しかしこれも幸福の一つだとおもいます うに




Copyright © 2025 SMILE-LAB Co., Ltd. All Rights Reserved.