銀の狐 金の蛇 1 温石 (後編)
- カテゴリ:自作小説
- 2016/12/05 21:57:49
一番弟子の出身は北五州。たしか一年の半分以上が雪に覆われる極寒の地だ。それゆえ寒さには強いのだろう。
「この寺院では、掃除用雑巾にも事欠く有様ですが。この温石だけは、たっぷり贅沢が出来ますからね。あ り が た い こ と に」
一番弟子はとても恨めしげに、壁際の三つの袋のひとつから小さな丸石を出し、火鉢にぼんぼん放りなげた。まるで嫌なものを打ち捨ててしまおう、という仕種である。
「おいおい、それはありがたい貢物だぞ」
「水辺にごろごろしてるものが貢物とか、ほんとふざけてますよね。あ な た の 国 は」
「う」
よろこばしくもソムニウスは、今夏から「国無し導師」ではなくなった。
封印事件後の「犬のごとき忠誠」と、式典において聖騎士が歌う「最長老礼賛詩」を創作した功績を認められ、なんと長老位と後見国を与えられたのである。
黒の導師は大陸中のあまたの国々を後見している、影の権力者である。
位階は摂政位に匹敵するもので、いわば国の行く末を占う占星術師の役割を担っている。
一般的には、施政者に「予言」をあたえて繁栄させるその見返りとして、月に一回ほど貢物が送られてくる……わけなのだが。
初めてこの大きな袋がおくられてきたとき、嬉々として袋の口を開けた弟子は――
『いやああああっ!』
恐ろしい悲鳴をあげて泣き崩れた。
なぜなら心底期待していたらしい。おのれも名だたる王家を後見する長老の弟子たちのように、すばらしい毛皮(おくりもの)をもらえるに違いないと。
毛皮。宝石。貴重な練香。絹の反物。
後見の俸給として見事な奢侈品を贈ってくる国は、おしなべて古く伝統のある超大国だ。
しかし最長老がソムニウスに与えた国は――。
「国土は貧しい村ひとつ? 人口五百人弱? ほんと冗談でしょう?」
弟子が愚痴りながら、さらに丸石を火鉢に放り込む。
ソムニウスが後見している国の名は、ユインという。場所はエティアとすめらの国の狭間。険しい大山脈のただ中にある、村落ひとつだけの国だ。民は猫の額ほどの平地に住んでいるらしい。
そして特産品は、懐炉や火鉢に使う温石(おんじゃく)……であるらしい。
「あの山脈のあたりでは、銀狐が獲れるはずですけどね!」
ばちばちはじけるような音を出す石を、憎々しげに眺めつつ。弟子が恨めしそうな顔で長い爪を噛む。
「そ、そうだがしかし、銀狐はめったに獲れるものではないぞ。それに手に入れば……」
「わかってます。国がなくなったらもとも子もないですよね。ええ、わかってますとも」
山間の国民にとって、狩りの獲物は大事な生活資源である。しかし聞くところによると、銀狐や吠え熊などの大変珍しい毛皮は国主に接収され、隣り合う大国の王家に献上されているそうだ。
「エティアとスメルニア。どちらに贈るかはその時の情勢次第って。まるでこうもりです」
「生き延びるための賢い方法ではあるさ」
最高級の毛皮は、国の命綱。ゆえに国を繁栄させねばならない後見人としては、こちらによこせとはとても言えない。
実のところ――。
『国無しの長老など、体裁が悪かろう? 寺院全体の恥となろうからな。深く感謝しろ』
『ははっ、ありがとうございます、最長老さまっ』
国を与えられたのは、そんな理由からなのだ。つまり何も期待するな、ということである。
大体にして最長老から後見国の名を告げられた時、ソムニウスは、「そこは一体どこにあるどんな国だろう」と盛大に疑問符を飛ばしたものだ。
『あのう、もうちょっと有名な国の方がいいなぁ、とか思うんですが』
『宮殿に大蛇を乗っけている脳筋王国とかか? あそこの後見には、もっと使える奴を任命した』
『いえあのう、どうせなら、故郷の国を後見してみたいなぁ、とか思うんですが』
愛嬌たっぷりに口を尖らせ、上目遣いでダメもとの願いをかましてみたが。
『はぁ?! おまえが大スメルニアに、おめでたい夢妄想(よげん)を送りつける?! おまえが?!』
しかし最長老がソムニウスに与えた国は――。
「国土は貧しい村ひとつ? 人口五百人弱? ほんと冗談でしょう?」
弟子が愚痴りながら、さらに丸石を火鉢に放り込む。
ソムニウスが後見している国の名は、ユインという。場所はエティアとすめらの国の狭間。険しい大山脈のただ中にある、村落ひとつだけの国だ。民は猫の額ほどの平地に住んでいるらしい。
そして特産品は、懐炉や火鉢に使う温石(おんじゃく)……であるらしい。
「あの山脈のあたりでは、銀狐が獲れるはずですけどね!」
ばちばちはじけるような音を出す石を、憎々しげに眺めつつ。弟子が恨めしそうな顔で長い爪を噛む。
「そ、そうだがしかし、銀狐はめったに獲れるものではないぞ。それに手に入れば……」
「わかってます。国がなくなったらもとも子もないですよね。ええ、わかってますとも」
山間の国民にとって、狩りの獲物は大事な生活資源である。しかし聞くところによると、銀狐や吠え熊などの大変珍しい毛皮は国主に接収され、隣り合う大国の王家に献上されているそうだ。
「エティアとスメルニア。どちらに贈るかはその時の情勢次第って。まるでこうもりです」
「生き延びるための賢い方法ではあるさ」
最高級の毛皮は、国の命綱。ゆえに国を繁栄させねばならない後見人としては、こちらによこせとはとても言えない。
実のところ――。
『国無しの長老など、体裁が悪かろう? 寺院全体の恥となろうからな。深く感謝しろ』
『ははっ、ありがとうございます、最長老さまっ』
国を与えられたのは、そんな理由からなのだ。つまり何も期待するな、ということである。
大体にして最長老から後見国の名を告げられた時、ソムニウスは、「そこは一体どこにあるどんな国だろう」と盛大に疑問符を飛ばしたものだ。
『あのう、もうちょっと有名な国の方がいいなぁ、とか思うんですが』
『宮殿に大蛇を乗っけている脳筋王国とかか? あそこの後見には、もっと使える奴を任命した』
『いえあのう、どうせなら、故郷の国を後見してみたいなぁ、とか思うんですが』
愛嬌たっぷりに口を尖らせ、上目遣いでダメもとの願いをかましてみたが。
『はぁ?! おまえが大スメルニアに、おめでたい夢妄想(よげん)を送りつける?! おまえが?!』
『だめですかね』
『はははっ。冗談としては笑えるが。おまえごときに、あの|魑魅魍魎《ちみもうりょう》の国は御せぬ。老狐どもにおだてられて化かされて、臭い馬糞を掴まされるのがオチだ』
案の定、すべてを見通す不死身の少年は鼻でせせら笑ってきた。
魔力宿る菫の瞳を、盛大にすがめて。
『あそこはバカに任せられるような国ではない。名誉だけで満足しろ、脳たりんのチル』
これでは反乱も起きるのも、当然かも知れませんね。