自作12月 ケーキ 「鋼の神」2/4
- カテゴリ:自作小説
- 2016/12/28 01:44:07
ジュン ジュン ジュン ジュン
しみる。しみる。しみわたる。
ジュン ジュン ジュン ジュン
しみる。しみる。銀の水。
修理開始から三日後。
猫目の技師は、洗浄液に満たされた浴槽から私を引き揚げてくれました。
特製配合の液は暖かく、ほんのり銀色。いい湯加減でした。
特製配合の液は暖かく、ほんのり銀色。いい湯加減でした。
「む。まだかすかに、残り香が」
『そう簡単には消えないと思います』
あのメニスには、ずいぶん撫で回されましたし。甘露もどぼどぼかけられましたからね。
「本当に大変でしたね。お師匠さまたちは途方にくれてましたし、私も妖精たちも、色々作ったり運んだり復旧したり、大わらわでしたよ」
申し訳ありません……。
私は百の機能ヘカトンガジェットを持つ高性能な剣。
そして我が主の命令は絶対。
主人が命じれば、その御言葉通りに山を崩し、海を割り、天を裂かねばなりません。
甘露によってただの物言わぬ道具になった私は、吸い込んだ悪巧み連中を吐き出し、ウサギとその師匠を塔からはじき落としました。
甘露で狂った我が主が、命じるままに。
応援に来た銀枝騎士団の騎士たちも。何万というエティアの正規軍も。すべからく、喰らいつくしました。
ただの機械である私は、無敵でした。
あのときの私にまともに太刀打ちできるものがいるとすれば、それは手足が生えてるふざけた剣ぐらいだったでしょう。
狂った我が主はメニスにめろめろ。
そして王弟殿下を、絶対の主君と仰いでおりました。
『お腹がお空きになられたでしょう? 腕を奮わせていただきます』
戦っていないときは、いつも通り。まかない係をこなしてました。
『おいしい! 美味だ、食堂のおばちゃん!』
『光栄の至りにございます、殿下。しかし私はおばちゃんではございません。おばちゃん代理でございます』
『ああ、君が女の人だったら。ヴィオの母親になってもらったのに』
殿下も、メニスにめろめろ。
でも恋人というより父親のつもりで、メニスに母親を与えたがっておられました。
『実はうってつけの女性ひとがいたのだが、行方不明になってしまってね……。たぶんあの人は、私に愛想をつかして故郷に帰ったんだろうな。私は、ほんとになにもできないから』
『とんでもございません、殿下。おそれながら、学べば、もっとなんでもできるようになられますよ』
『学ぶ?』
『ええ。なにか覚えたいことはございませんか?』
『覚えたいこと……料理……そうだ、料理を会得したい。子供のころから、作りたいと思っているものがあるのだ』
『おお、料理なら、私がお教えできますよ』
『アルデお料理するの? ヴィオもしたーい』
『おばちゃん代理、ヴィオにも教えてくれるか?』
『かしこまりました。では、みんなで作りましょう』
『わーい♪』
あの食事風景は、とても異様でした。
むかいあって和気あいあい、ごちそうを食べるメニスと殿下。その卓のそばで、にこにこ見守る我が主。
なんという平和で幸せな光景でしょうか。
でもいったん塔の外に出ますと。我が主は私の力を最大限に放出し、エティア兵を打ち倒すのです。
まるで鬼神のごとく。
いえ。
あの方は、本物の鬼神になっておりました――
「オリハルコンの粉で磨きますね。そうすれば完全に匂いが取れると思います」
猫目の技師は、きらきらする銀色の粉を私にふりかけました。
『そう簡単には消えないと思います』
あのメニスには、ずいぶん撫で回されましたし。甘露もどぼどぼかけられましたからね。
「本当に大変でしたね。お師匠さまたちは途方にくれてましたし、私も妖精たちも、色々作ったり運んだり復旧したり、大わらわでしたよ」
申し訳ありません……。
私は百の機能ヘカトンガジェットを持つ高性能な剣。
そして我が主の命令は絶対。
主人が命じれば、その御言葉通りに山を崩し、海を割り、天を裂かねばなりません。
甘露によってただの物言わぬ道具になった私は、吸い込んだ悪巧み連中を吐き出し、ウサギとその師匠を塔からはじき落としました。
甘露で狂った我が主が、命じるままに。
応援に来た銀枝騎士団の騎士たちも。何万というエティアの正規軍も。すべからく、喰らいつくしました。
ただの機械である私は、無敵でした。
あのときの私にまともに太刀打ちできるものがいるとすれば、それは手足が生えてるふざけた剣ぐらいだったでしょう。
狂った我が主はメニスにめろめろ。
そして王弟殿下を、絶対の主君と仰いでおりました。
『お腹がお空きになられたでしょう? 腕を奮わせていただきます』
戦っていないときは、いつも通り。まかない係をこなしてました。
『おいしい! 美味だ、食堂のおばちゃん!』
『光栄の至りにございます、殿下。しかし私はおばちゃんではございません。おばちゃん代理でございます』
『ああ、君が女の人だったら。ヴィオの母親になってもらったのに』
殿下も、メニスにめろめろ。
でも恋人というより父親のつもりで、メニスに母親を与えたがっておられました。
『実はうってつけの女性ひとがいたのだが、行方不明になってしまってね……。たぶんあの人は、私に愛想をつかして故郷に帰ったんだろうな。私は、ほんとになにもできないから』
『とんでもございません、殿下。おそれながら、学べば、もっとなんでもできるようになられますよ』
『学ぶ?』
『ええ。なにか覚えたいことはございませんか?』
『覚えたいこと……料理……そうだ、料理を会得したい。子供のころから、作りたいと思っているものがあるのだ』
『おお、料理なら、私がお教えできますよ』
『アルデお料理するの? ヴィオもしたーい』
『おばちゃん代理、ヴィオにも教えてくれるか?』
『かしこまりました。では、みんなで作りましょう』
『わーい♪』
あの食事風景は、とても異様でした。
むかいあって和気あいあい、ごちそうを食べるメニスと殿下。その卓のそばで、にこにこ見守る我が主。
なんという平和で幸せな光景でしょうか。
でもいったん塔の外に出ますと。我が主は私の力を最大限に放出し、エティア兵を打ち倒すのです。
まるで鬼神のごとく。
いえ。
あの方は、本物の鬼神になっておりました――
「オリハルコンの粉で磨きますね。そうすれば完全に匂いが取れると思います」
猫目の技師は、きらきらする銀色の粉を私にふりかけました。
「ピピ様によると、オリハルコンはメニスの甘露を遮断するそうです」
そういえば。あの白いウサギは、メニスによって魔人にされたと聞いております。
魔人とは、不死体となって主人を護る「奴隷」のこと。
なのにあのウサギがメニスの甘露をものともせず、我が主の眼前に迫れたのは……オリハルコンをどこかに身につけていたからでしょうか。
『あのウサギはすごいですね。私をフル起動させている我が主の前に立つなんて、普通の人間にはできませんよ。ましてや我が主の手から、私を蹴りとばすなんて。』
そういえば。あの白いウサギは、メニスによって魔人にされたと聞いております。
魔人とは、不死体となって主人を護る「奴隷」のこと。
なのにあのウサギがメニスの甘露をものともせず、我が主の眼前に迫れたのは……オリハルコンをどこかに身につけていたからでしょうか。
『あのウサギはすごいですね。私をフル起動させている我が主の前に立つなんて、普通の人間にはできませんよ。ましてや我が主の手から、私を蹴りとばすなんて。』
塔から放り出して三ヵ月後、ウサギは、黄金の狼に乗って攻め返してきました。
神獣リュカオンの眷属が、我が主のもとへ到達する突破口を切り開いたのです。
あの狼はそのために、おのが身をすっかり別物にしてしまいました……。
「ピピ様は、二ヶ月かけて牙王を進化改造しました。アミーケという灰色の導師様に頼み込んで、改造方法を教えてもらっておりましたよ」
もともとあの狼は半有機体でしたが。まさかルーセルフラウレンやヴァーテインやメルドルークと同じものになるなんて……
愛とは、どんなものにも打ち勝つようです。
無敵のはずの私の結界は、神気あふれる狼の不意打ちによって砕かれました。
ウサギの後ろ足キックで私が我が主から離されると、ウサギの奥方が躍りこんできて、メニスの子を捕縛。
やっとのこと甘露から解放された私と我が主は、狼の神気でふらふら。
でも、なんとかやるべきことはやれました。
もう一度、大神官を頭とするスメルニア派貴族たちを喰らいつくし。
塔を囲むように守っていたスメルニア兵を、追い払ったのです――
「ところで、今回の戦で確信いたしましたが。あの赤毛の料理人の方はまさしく……」
『ええ、そうです』
私はりんと静かに答えました。だから我が主は、甘露に著しく耐性がなかったのだと。
猫目の技師が、なるほどとうなずきます。
「何も習っていないのに、剣聖級の剣技をくりだすとか。あれは間違いなく統一王国以前に作られた、あの……」
『ええ。この大陸の、負の遺産です』
「竜使いルアス・フィーべ。炎熱の大将軍ゴッツウォル。それから、聖剣フランベルジュで黒竜ヴァーテインを倒した騎士シュヴァリエ、銀足のグレイル・ダナン……あれは大陸に出現する英雄たちをことごとく消しております」
『ええ、みんな殺してます。そういう〈システム〉ですから』
猫目の技師が悲しげにうなだれました。
「ご本人に、自覚はあるのでしょうか?」
『ありませんね』
私は淡々と答えました。
『あれはごく普通に自然繁殖した固体から発生します。でも遺伝子に製造情報は刻まれていません。システム本能の他にスキルが豊富に組み込まれているので、いきなりプロ級の料理をつくれたり、剣術を駆使したりできますが、なぜそれができるのか、当の本人には全くわけがわからないでしょうね』
「もしあの方ご自身が『英雄』となったら、どうなるのですか?」
『自殺するんじゃないですか?』
私はにべもなく答えました。
『ひとりの英雄が大陸を統一しないよう、ある一定のレベルを越えたら抹殺する。
それがあれの定常処理ルーチンですので。それにのっとった行動をするでしょう』
「しかしあなたが、そのシステム・ワーカーを主人に選ぶとは驚きです。銘を調べましたらまさしくあなたこそ、かの伝説の聖剣フランベルジュ・デ・ルージュではありませんか? すなわちあなたこそは、この大陸に英雄を生み出す――」
『私の選定基準は、思想でも血統でもありません』
誤解されやすいのですが。と、私は前置いて、猫目の技師に説明いたしました。
『私の主人は、代々英雄の血を引いていなければならないとか、神々の末裔でなければならないとか、世のため人のため働く聖人君子でなければならないとか、そんな条件で選ばれているのではありません。塩基の数も関係ありません』
今までで。
二十四人おりました。
一万一千六百年生きてきて、二十四人。
その数が多いのか少ないのか、私にはわかりません……。
『この私。鋼の神エクス・カリブルヌスの主人となるために必要な条件は、ただひとつ』
猫目の技師に、私はきっぱり申し上げました。
『私の心の声が、聞こえることです』

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- かいじん
- 2017/01/18 21:50
- 英雄は存在出来ないんですね。
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- 違反申告

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- カズマサ
- 2016/12/28 02:07
- おばちゃん代理は英雄の資質が有ったのでしょうね。
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- 違反申告