Nicotto Town



自作12月 ケーキ 「鋼の神」2/4

 ジュン ジュン ジュン ジュン 
 しみる。しみる。しみわたる。
 ジュン ジュン ジュン ジュン 
 しみる。しみる。銀の水。


 修理開始から三日後。
 猫目の技師は、洗浄液に満たされた浴槽から私を引き揚げてくれました。
 特製配合の液は暖かく、ほんのり銀色。いい湯加減でした。

「む。まだかすかに、残り香が」
『そう簡単には消えないと思います』

 あのメニスには、ずいぶん撫で回されましたし。甘露もどぼどぼかけられましたからね。

「本当に大変でしたね。お師匠さまたちは途方にくれてましたし、私も妖精たちも、色々作ったり運んだり復旧したり、大わらわでしたよ」

 申し訳ありません……。
 私は百の機能ヘカトンガジェットを持つ高性能な剣。
 そして我が主の命令は絶対。
 主人が命じれば、その御言葉通りに山を崩し、海を割り、天を裂かねばなりません。
 甘露によってただの物言わぬ道具になった私は、吸い込んだ悪巧み連中を吐き出し、ウサギとその師匠を塔からはじき落としました。
 甘露で狂った我が主が、命じるままに。
 応援に来た銀枝騎士団の騎士たちも。何万というエティアの正規軍も。すべからく、喰らいつくしました。
 ただの機械である私は、無敵でした。
 あのときの私にまともに太刀打ちできるものがいるとすれば、それは手足が生えてるふざけた剣ぐらいだったでしょう。
 狂った我が主はメニスにめろめろ。
 そして王弟殿下を、絶対の主君と仰いでおりました。

『お腹がお空きになられたでしょう? 腕を奮わせていただきます』

 戦っていないときは、いつも通り。まかない係をこなしてました。

『おいしい! 美味だ、食堂のおばちゃん!』
『光栄の至りにございます、殿下。しかし私はおばちゃんではございません。おばちゃん代理でございます』
『ああ、君が女の人だったら。ヴィオの母親になってもらったのに』 

 殿下も、メニスにめろめろ。 
 でも恋人というより父親のつもりで、メニスに母親を与えたがっておられました。

『実はうってつけの女性ひとがいたのだが、行方不明になってしまってね……。たぶんあの人は、私に愛想をつかして故郷に帰ったんだろうな。私は、ほんとになにもできないから』
『とんでもございません、殿下。おそれながら、学べば、もっとなんでもできるようになられますよ』
『学ぶ?』
『ええ。なにか覚えたいことはございませんか?』
『覚えたいこと……料理……そうだ、料理を会得したい。子供のころから、作りたいと思っているものがあるのだ』
『おお、料理なら、私がお教えできますよ』
『アルデお料理するの? ヴィオもしたーい』
『おばちゃん代理、ヴィオにも教えてくれるか?』
『かしこまりました。では、みんなで作りましょう』
『わーい♪』

 あの食事風景は、とても異様でした。
 むかいあって和気あいあい、ごちそうを食べるメニスと殿下。その卓のそばで、にこにこ見守る我が主。
 なんという平和で幸せな光景でしょうか。
 でもいったん塔の外に出ますと。我が主は私の力を最大限に放出し、エティア兵を打ち倒すのです。
 まるで鬼神のごとく。
 いえ。
 あの方は、本物の鬼神になっておりました――


「オリハルコンの粉で磨きますね。そうすれば完全に匂いが取れると思います」

 猫目の技師は、きらきらする銀色の粉を私にふりかけました。
 
「ピピ様によると、オリハルコンはメニスの甘露を遮断するそうです」

 そういえば。あの白いウサギは、メニスによって魔人にされたと聞いております。
 魔人とは、不死体となって主人を護る「奴隷」のこと。
 なのにあのウサギがメニスの甘露をものともせず、我が主の眼前に迫れたのは……オリハルコンをどこかに身につけていたからでしょうか。

『あのウサギはすごいですね。私をフル起動させている我が主の前に立つなんて、普通の人間にはできませんよ。ましてや我が主の手から、私を蹴りとばすなんて。
 
 塔から放り出して三ヵ月後、ウサギは、黄金の狼に乗って攻め返してきました。
 神獣リュカオンの眷属が、我が主のもとへ到達する突破口を切り開いたのです。
 あの狼はそのために、おのが身をすっかり別物にしてしまいました……。

「ピピ様は、二ヶ月かけて牙王を進化改造しました。アミーケという灰色の導師様に頼み込んで、改造方法を教えてもらっておりましたよ」

 もともとあの狼は半有機体でしたが。まさかルーセルフラウレンやヴァーテインやメルドルークと同じものになるなんて……
 愛とは、どんなものにも打ち勝つようです。
 無敵のはずの私の結界は、神気あふれる狼の不意打ちによって砕かれました。
 ウサギの後ろ足キックで私が我が主から離されると、ウサギの奥方が躍りこんできて、メニスの子を捕縛。
 やっとのこと甘露から解放された私と我が主は、狼の神気でふらふら。
 でも、なんとかやるべきことはやれました。
 もう一度、大神官を頭とするスメルニア派貴族たちを喰らいつくし。
 塔を囲むように守っていたスメルニア兵を、追い払ったのです――

「ところで、今回の戦で確信いたしましたが。あの赤毛の料理人の方はまさしく……」
『ええ、そうです』

 私はりんと静かに答えました。だから我が主は、甘露に著しく耐性がなかったのだと。
 猫目の技師が、なるほどとうなずきます。

「何も習っていないのに、剣聖級の剣技をくりだすとか。あれは間違いなく統一王国以前に作られた、あの……」
『ええ。この大陸の、負の遺産です』
「竜使いルアス・フィーべ。炎熱の大将軍ゴッツウォル。それから、聖剣フランベルジュで黒竜ヴァーテインを倒した騎士シュヴァリエ、銀足のグレイル・ダナン……あれは大陸に出現する英雄たちをことごとく消しております」
『ええ、みんな殺してます。そういう〈システム〉ですから』

 猫目の技師が悲しげにうなだれました。

「ご本人に、自覚はあるのでしょうか?」
『ありませんね』

 私は淡々と答えました。

『あれはごく普通に自然繁殖した固体から発生します。でも遺伝子に製造情報は刻まれていません。システム本能の他にスキルが豊富に組み込まれているので、いきなりプロ級の料理をつくれたり、剣術を駆使したりできますが、なぜそれができるのか、当の本人には全くわけがわからないでしょうね』
「もしあの方ご自身が『英雄』となったら、どうなるのですか?」
『自殺するんじゃないですか?』

 私はにべもなく答えました。

『ひとりの英雄が大陸を統一しないよう、ある一定のレベルを越えたら抹殺する。
 それがあれの定常処理ルーチンですので。それにのっとった行動をするでしょう』
「しかしあなたが、そのシステム・ワーカーを主人に選ぶとは驚きです。銘を調べましたらまさしくあなたこそ、かの伝説の聖剣フランベルジュ・デ・ルージュではありませんか? すなわちあなたこそは、この大陸に英雄を生み出す――」
『私の選定基準は、思想でも血統でもありません』 

 誤解されやすいのですが。と、私は前置いて、猫目の技師に説明いたしました。

『私の主人は、代々英雄の血を引いていなければならないとか、神々の末裔でなければならないとか、世のため人のため働く聖人君子でなければならないとか、そんな条件で選ばれているのではありません。塩基の数も関係ありません』

 今までで。
 二十四人おりました。
 一万一千六百年生きてきて、二十四人。
 その数が多いのか少ないのか、私にはわかりません……。

『この私。鋼の神エクス・カリブルヌスの主人となるために必要な条件は、ただひとつ』

 猫目の技師に、私はきっぱり申し上げました。



『私の心の声が、聞こえることです』



アバター
2017/01/18 21:50
英雄は存在出来ないんですね。
アバター
2016/12/28 02:07
おばちゃん代理は英雄の資質が有ったのでしょうね。




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