Nicotto Town



自作12月 ケーキ 「鋼の神」3/4

 キン キン キン キン
 打つ。打つ。赤い光。
 キン キン キン キン
 打つ。打つ。金の床(とこ)。


 それから三日かけて、私は技師に磨かれ刀身を打ち直されました。
 黄金竜の象嵌も、きれいに嵌めなおしていただきました。
 その間に黄金の狼だのその養い子だの、ウサギだの、ウサギの師匠だのが様子を見にきてくれました。
 

「このなまくら剣! あんたがしっかりしないせいで、あの人が大罪人になってしまったじゃないの!!」

 狼には、しこたま噛まれました。
 本当に申し訳ありません。おっしゃる通りです。お許しください。
 ていうか、あ、あんまり近づかないでください。
 あなたは今や神々しい存在。ちょっとにらまれただけで私、溶けちゃいますよ……。

「パパ、ずうっと牢屋に入れられちゃうの? そ、そ、それとも、首を、ちょんぎられちゃうの?」

 神となった狼の養い子には、ぐすぐす泣かれました。
 本当に申し訳ありません。なんとふがいない。こんな小さな子を泣かせるなんて……。

「ま、料理人は市中引き回しの上、八つ裂きじゃね? そんでおまえは岩窟の寺院に封印されて、めでたしだな」

 ウサギの師匠には、さらっと言われてしまいました。
 って寺院?!
 嫌です、あそこだけは勘弁して下さいよー。

「じゃ、今すぐここで俺に溶かされるかぁ?」
『い、嫌です。ち、ちゃんとお裁きを受けたいです……』

 微塵も容赦ありません、この人。銀髪の奥さんの方が断然優しいです。
 他にも騎士団の方々とか、妖精さんたちがちらほらいらしてくださったのですが。赤毛の我が主人だけは、とんと姿を見せませんでした。

「え? うちの厨房にいるよ? 今は囚人扱いでお沙汰待ちで、鎖ついてるけど」

 ウサギは顔を見せるたび、いるよ、と言うのですが。
 あの人は、本当は塔にはいないのではないか。そんな気がしてなりませんでした。
 そして、今日。

『出廷?』
「うん。君の主人は、裁判所に召喚された。裁きを受けるためにね」

 工房にくるなり、ウサギはぼりぼり頭をかいて教えてくれました。
 我が主だけでなく、捕縛したメニスの子と王弟殿下の処分も、決められるのだそうです。

「ヴィオは今、超危ないんで俺が作ったもう一基の塔に監禁してるけど。そこから動かさないで塔ごと封印かなぁ。殿下と君の主人はどうなるかねえ」
『我が主は、体質的に抗えなかったのです。それを知っていながら暴走を許した私が悪いのです』
「その訴え。事情を知ってる俺にじゃなく、裁判官と陪審員にがっつり言うといいよ」
『では今すぐ裁判所へまいります!』
「まま、落ち着け」

 ずるずると自ら動き出しそうな私を、ウサギは押しとどめてきました。

「おばちゃんはまだ、塔から出てないから」  
『おばちゃんじゃなくておばちゃん代理です。って、あの方は本当にここにいるのですか?』

 私は思わずたずねました。
 ウサギの塔に帰ってから、一度も会いに来てくれない我が主。
 彼はもう、私を手に取るのがこわくなってしまったのでしょうか。
 谷を崩し、平野を焼き。あまたの兵士の魂を一気に吸い込んだこの私。
 はたからみたら本当に、この世の悪魔以外の何ものでもないでしょう。
 私を持っていなければ、たとえ正気を失ってもあんな惨事は起こらなかったでしょう……。
 あの人はもう、私に近づくのは嫌なのかもしれません。
 でもひと目。私はあの方に会って、あやまりたいのです。
 ごめんなさいとひとこと、申し上げたいのです。

『バカ主人!』

 二人して正気に戻ったとき、私は我が主がメニスに魅入られたことを罵ってしまいました。すべては、意識を手放し思考停止した私のせいなのに。
 そのことだけは、なんとしても謝罪したいのですが…… 

『私、嫌われているのですね』
「いやいや、今あいつは、超忙しくってさ」

 なぜかウサギは苦笑顔。

「ここに戻ってきてからずっと、厨房にこもりきりでさ。囚人に特訓してる」
『え? 囚……?』
「ま、出かけるまで、おまえさんは食堂で待ってなよ」

 私は猫目の技師に運ばれて、食堂の卓に置かれました。
 たしかに赤毛の我が主は、コック服姿で厨房におりました。
 その隣にもうひとり、エプロン姿の男性がいます。

『おっ、王弟殿下?!』

 二人の手首と足首に、金色の鎖が巻きついています。どうやら韻律で固められており、それである程度行動を制限されているようです。
 なんと我が主の指導のもと、王弟殿下はとても真剣な顔で、生クリームを一所懸命絞りだしておりました。

「できたぞ! 特製バースデーケーキ!」

 ほどなく殿下は顔をあげ、ふうっと息を吐いて額の汗を手の甲でぬぐいました。
 完成品に近寄ったウサギが、感嘆の声を漏らします。がちゃがちゃと流しで調理道具を洗う我が主が、ホッと息をつきました。

「よかった、間に合いましたね」
「しかしこれは、全く変わり映えしないというか……味は格段によくなってると思うが……」
「これでいいと思うぞ。昔作ったものと同じってとこがミソだ」

 ウサギが真っ白いケーキをほれぼれと見上げました。

「これ、雪だるまっぽいのが二つ並んでるけど。仲良し兄弟を模してるんだなぁ」
「完璧です。完全に再現できてますよ」

 我が主がうんうんうなずいています。

「殿下が十歳のみぎりにジャルデ陛下のためにお作りになった、手作りバースデーケーキ。そのケーキとまさに瓜二つです。陛下からの礼状が残っていたおかげで、寸分たがわず作れました」

 はにかむ殿下は、手にもつ手紙と作りたてのケーキを何度も見比べておりました。
 手紙からは、目の前のケーキと全く見た目が同じケーキの幻像が飛び出ています。

「十歳の時……あの年はめずらしく体調がよくてな。だからいつも私を守ってくれる兄上のために、何かしたいと思い立ったんだ。それでこっそり厨房に忍びこんで、頭の中の想像だけでケーキを作った。スポンジはふくらまなかったし、塩と砂糖をまちがえてたし。今思えば本当にひどいものを贈ったんだ。でも兄上はわざわざ幻像をとって保存してくださって……この礼状をくださったのだ」

 手紙を覗きこんだウサギが、目を細めました。

「『ありがとう、全部食ったぜ』って書きなぐってあるなぁ」
「うれしくて、宝箱に入れてずっと大事にとっていた。いつか自分の手で、ちゃんとしたまともなケーキを作って、贈りたいと思っていたんだ……。しかし私は……兄上に対して……兄上の国に対して、とんでもないことを……」

 殿下の金髪頭がみるみる沈んでいきます。
 兄王陛下はきっと食べてくれない――。そう予想したのでしょう。
 けれどもウサギはばしりと殿下の背を叩き、励ましました。

「陛下は、食べてくれるさー。な、おばちゃん代理」
「ええ、そう思います」 

 雪だるまのようなケーキは慎重に大きな箱にしまわれて、ポチという名の細長い銀色列車に乗せられました。
 ウサギに鎖を握られた、王弟殿下。鼻をほじっている黒髪のおじさんに鎖を握られた、我が主。
 そして、私を抱えた猫目の技師が列車に乗り込みました。

「赤猫」

 列車が動き出したとき。我が主は私に向かってひとこと、言葉をかけてくださいました。


「ごめんな」


『な、何をいってるんですか! 私の方こそ、私こそ……!』

 鳴り響く出発の汽笛で、私の声がかき消されました。
 列車はウサギの塔を離れ、王都の外れにある裁判所へと、ゆっくりゆっくり向かい始めました。
 私はもう一度、主人に叫びました。
 この人に言いたかった言葉を。


『あなたは、悪くない!』


 すると二十四代目の我が主は、微笑んでくれました。とてもとても、優しい顔で。

「ありがとう、赤猫」


アバター
2017/01/29 23:07
どう言う判決が降るのでしょう?
アバター
2016/12/28 03:25
主人と会えましたから良いですね。




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