自作1月 鳥・卵 「王様のたまご」1/3
- カテゴリ:自作小説
- 2017/01/31 21:29:06
果てしなく続く大理石の床。白と黒の格子模様が、細長く南北に渡っている。
左右の壁には、細い扉がずらり。窓のないその廊下は地階なのだろう。等間隔に灯り玉が壁からせり出し輝いている。
赤毛の男がひとり、長い廊下をひたすらモップで磨きまくっている。
腰には銀の鎖。その手足には銀の枷。
突如、じりじりじりりと南のつきあたりの壁から激しい機械音がした。壁に埋め込まれている仕掛け時計が鳴りはじめたのだ。
「十二時か」
赤毛の男は時計を眺めた。
時計盤からぴよぴよと雛が出てくる。この時計は三時間おきに仕掛けが発動する。
九時にはひよこはまだ頭に殻を被っていた。さらに前の六時には、卵から出かけていたし、三時にはただの卵だった。さらに三時間前には、鶏が出てきて卵を産んだ。
この先ひよこは十五時には若鶏になり、十八時には立派なめんどりになる。そして二十一時にはりりしいおんどりと結婚する。
「まさに鶏が先か。卵が先かだな」
作ったのは、王宮の隣に立つ塔に住んでいるウサギ技師であるという。ウサギは時計を作るのがことのほか得意であるらしい。
――「方々。昼餐の刻でございます!」
北のつきあたりの扉が開かれた。赤いお仕着せを着た老人が廊下に入ってきて、ぱんぱんと手を打つ。
するとずらりと並ぶ扉から一斉に、ワゴンを押す人々が廊下に出てきた。銀の蓋がかぶせられたワゴンがきれいに二列に並び、整然と行列をなして北の扉へ進む。
赤毛の青年は廊下のまんなかにたたずみ、モップをうごかす手を止めた。掃除の水をはねては大変である。
「次に時計の仕掛けが出てくるのは、おやつの刻か」
その次は、お茶の刻。それから正餐に夜食に早い朝食。そして朝食。時計は、食事どきを報せるがゆえに三時間おきに鳴るよう設定されている。
左右の扉のむこうにあるのは、エティア王宮の大厨房。あまたの料理人が交代制でジャルデ陛下やそのお妃、王族や廷臣たちやその奥方たちのための料理を作っている。
この階は王侯貴族と迎賓のための厨房だ。使用人や侍女侍従たちのための料理はさらにひとつ下。地下二階で調理される。そうしてワゴンの行列は、各階層が使う食堂へ運ばれていくのだ。
陛下たちやんごとなき人々は百人あまり。王宮に勤める者は千人あまり。
やんごとなき人々の夜食と早い朝食は数えるほどしか作られず、地下一階厨房は夜間にはほぼ無人となる。対して地下二階厨房は二十四時間フル稼動。夜番の使用人や侍従のために、夜食も早い朝食も他の食事と同じぐらいたくさん作られる。
そんな稼働率にもかかわらず。上下の厨房の面積はまったく同じというのが、実に不思議なところだ。
「パン係! パン係はどうしました?」
扉をくぐっていくワゴンを数え終わったお仕着せ老人が、眉をひそめて廊下を睨む。直後。
ばむんと大きな音を立て、南の果ての左の扉が六つ、いっせいに開いた。
モップを持つ青年のそばを、銀のトレイにこんもり焼きたてパンを積んだ大きなワゴンが疾走していく。
「すみません! お待たせをいたしまして」
「昨日も遅れましたぞ」
「窯の調子がどうも悪いようなのです。一度焦がしてしまったようでして」
「お急ぎなさい!」
パンのワゴンが扉をくぐる。お仕着せ老人は廊下に向かってきっちり会釈してから、自身も扉をくぐって姿を消した。向こうにいる衛兵の手で、ぎぎいと両開きの扉が閉じられる。
「パンのワゴンは全部で六台か……一台に五種類。すごいな」
青年は感心しながら、ふたたびモップを動かし始めた。
廊下には焼きたてのパンの匂いがしばし漂っていた。こんがり焼けすぎて焦げる寸前の、小麦の匂いが。
赤毛の青年はかつてウサギの塔の料理人であった。しかし今は、王宮の下働きに従事している。
王弟殿下の叛乱において、彼は伝説の剣を駆使してあまたのエティア軍を翻弄してしまった。しかし青年は戦士でもなんでもない。じつのところ「意志ある剣」が青年の命令をきかず暴走したためである――裁判の陪審員は、そう判断した。そのため青年自身は、多大なる情状酌量を下されたのである。
『五年間、王宮にて特殊使用人として働くべし』
特殊使用人とは、執行猶予を受けた特殊な罪人を、王宮官吏が監視管理するべく作られた職である。特殊な罪人は国王の知己で貴族出身者が多い。青年はなぜかその範疇に入れられた。執行猶予の身であることを示すため、腰には鎖の装飾輪。手足には枷のごとき腕輪をつけることが義務づけられている。王宮に住み込むよう命じられ、年季を勤め上げれば、その後は真に無罪放免となる。
判決を聞きにいったとき、青年は呆然とした。裁判所の床に溶けた大穴があったからだ。なんとおのれの剣が「ひとりで勝手にあばれて」、陪審員を脅したという。それで叛乱において青年が犯した罪は、ほとんど「剣のしわざ」であるとみなされたのだった。
「剣……無事だろうか」
『まごうことなき封印対象物。刀身を折られたのち、分解不可能な心臓部は、古代遺物を封印する岩窟の寺院へ封印されるべし』
青年の剣は、そのような判決を受けたそうだ。たぶんいまごろはネコ目の技師に背負われて、北の辺境にある寺院へ運ばれている最中だろう。大街道を駅馬で行くのか、もっとのろいものでいくのだろうか。いずれにせよ、青い湖を渡って岩だらけの寺院へいたれば、地下深くに封印されるのだそうだ。
「あいつはずっとだんまりだったのに……」
おのれがメニスの甘露にあれほど腰砕けになるとは、青年は思いもしなかった。
記憶などおぼろげだ。何を言ったかやったか、半分も覚えていない。とろとろとまどろみの中にいた感覚だけが残っている。
甘露を出した張本人は、ウサギが持っているもうひとつの塔に幽閉されている。ヴィオはおそろしいメニスの魔王であるそうで、当局は「完璧な封印先」を探しているという。
『スーパーモフモフランドは穴だらけだったからなぁ。今度は逃げられないようにしないと』
とは、困惑顔のウサギ技師の言だ。
そしてもう一人の罪人。叛乱を起こしたとされる王弟殿下は……
「どっかの小島の離宮へ流されるそうだなぁ」
「西の果ての群島とかいってたよな」
昼少し過ぎ、廊下の掃除をきりあげ、地下三階の掃除夫用休憩室に入ると。
「陛下にはお子がおられん。王弟殿下が王国の第一継承者だったのにな」

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- かいじん
- 2017/02/08 22:19
- 時計の発想は唸った。
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- らてぃあ
- 2017/02/03 19:43
- 不思議な時計、欲しい!こういう面白い品物を思いつくのはすごいです。
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- カズマサ
- 2017/01/31 21:42
- ペペさんが継ぐのではないですかな?
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