Nicotto Town



自作1月 鳥・卵 「王様のたまご」2/3

 王弟殿下も青年と同じく、甘露を出す魔王の魅了の技にとらわれていた。ゆえに陪審員は完全な有罪とはしなかった。
 王族の特権、継承権の剥奪。遠島への追放。
 当初処刑はまぬがれぬと囁かれていただけに、判決を聞いたジャルデ国王はホッと胸をなでおろしたという。

『エティアは三権分立だからなぁ。王とて、いや、王だからこそ、法に従わねばならん』

 とは、渋面の国王陛下の言だ。

「ジャルデ陛下は弟君を大変かわいがっておられたからなぁ」
「ご自分はただの戦士なんだと、いつも戦地を転々とされておられるもんな」
「蛇のお妃さまは御子など生めぬし」

 さても王家の親族たちが、これから色めきたつだろう――。
 掃除夫たちの話はそこに落ち着いた。権力を狙う者たちが、裏でいろいろうごきだすに違いないと。

(継承権争いか)

 赤毛の青年は大きなワゴンに入っているトレイを出し、席についてぽそぽそ昼食を摂りはじめた。

(う、不味い……)

 地下二階の厨房で作られるまかないは、パンにハムをはさんだ簡単なもの。王宮だけあって上等の白麦パンだが、薄いハム一枚しかはさまれていないので口ざわりが悪い。

「あ、新入りさん。こんにちは」

 隣におなじ銀枷の腕輪をつけた男が座ってくる。青年と同じ、特殊使用人だ。

「えっとたしか、アントン・ジベールさん」
「名前覚えてくれたんですねえ。うれしいです。僕ら午後から一緒に、厨房掃除ですよ」
 青年は石壁に貼られた当番表を遠目に確認してうなずいた。

「了解。夜更けまでずっと厨房掃除ですね。がんばりましょう。それにしても……」
「どうしました?」
「不味い……」

 がっくりうなだれ、赤毛の青年はパンを何とか飲み込んだ。
 首は斬られずに済んだけれど。

「なにげに拷問」

 そう思ってしまう青年なのであった。





「――で? ハムを増量したと?」 

 三日後。 
 赤毛の青年は謁見の広間にいた。黄金の玉座に座す、ジャルデ国王陛下の面前に。 

「しかも調味油であえた瓜をたっぷり入れたのだな?」
「は、はい」

 青年の顔は真っ青である。なにせ厨房の掃除だけにあきたらず、罪人の身でとんでもないことをしてしまったからだ。

「ち、調味油には少々カラシを混ぜ込み、味を鋭くしました。眠気をもよおす昼食および夜食に最適かと思いましたので」

 玉座に肘をつく陛下が、くいくいと手招きするや。銀の盆を捧げ持った宰相がかしこまりながら王に近づいた。

「これがそれか」
「は、はい。あの、あまりに味気ないのでなんとかしたいものだと、同僚のアントンさんと話しておりましたら……」
「あーそれは、アントンから聞いとる。勝手に器具を使おうとしたのは自分だと」

 青年はもっぱら、地階の掃除に当番が割り振られている。
 とくに地下一階と二階のほとんどを占める、大厨房を清掃することが多い。
 くだんのハムパンは、夜になればほぼ無人となる地下一階の厨房で作った。掃除しているかたわら、調理器具や食材を使ったのだ。
 しかし青年が王宮の備品を使ったのは、やむなくのこと。一緒に厨房掃除をつとめたアントン・ジラールが、勝手に厨房を使おうとしたのだが。それを止めようとしたら……。

「止めようとしたら、いつのまにかうまいもんを作っちまってたというのか?」
「はい、そうなんです」

 こめかみをおさえ、青年はうなだれた。
 貴族出身のアントンは、罪を犯して使用人に落とされたわが身を悲しんでいたが、そのもっとも悲嘆するべきところはとどのつまり。

『とにかくご飯がまずいだろ?』

 それに尽きると、半泣きで青年に訴えてきたのだった。




アバター
2017/02/12 21:05
塀の中では数少ない楽しみらしいですからね。
アバター
2017/01/31 21:46
飯が不味いのは拷問ですね。




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