銀の狐 金の蛇 7話「靴紐」(後編)
- カテゴリ:自作小説
- 2017/03/24 16:53:27
「うう……?」
夢から覚めたソムニウスは、簡素な寝台の上で大きく息を吐いた。
案の定、昔の記憶を夢に視た。脳内記録の再生だから、啓示ではないかもしれない。
酔いが重く体に残っていて、頭の奥がずきずき痛む。
花模様が彫刻された木枠の窓からみえる空は、濃い紺色。またたく星々の位置から察するに、日没からだいぶ経っている。
部屋を見渡すなり、背がざわつく。一番弟子が――
「帰ってない……?」
窓から空を見上げてみれば、この部屋に入った時より月がだいぶ傾いている。
三刻。いや、四刻は経っているだろう。
(使用人に問い合わせるだけだというのに?)
まさか弟子の身に何か起こったのだろうか?
もしやそれで過去の夢を見たのだろうか?
危険を報せる凶夢の予兆も、もしかしたら……。
(まさか危険な目に遭うのは私ではなく、あの子なのか?!)
「かっ……カディヤ!」
いてもたってもいられず、ソムニウスははじけるように小部屋を出た。一気に階段を駆け下り、灰色の服の人間を探す。夜番で見回りをしている奉りびとを見つけ、聞いてみれば。
「外に出ただと?!」
三刻ほどまえ、当番を終えた奉り人のひとりについていったという。
その人の家では近所の人に売るべく、余分に手袋やらえりまきやらを作っているからだそうだ。
しかしそれにしても、帰りが遅すぎる。
「その家はどこだ?!」
「は、はい、大通りの西の並びの……」
黒い衣を見ておどおどしている奉りびとに扉を開かせ、ソムニウスは外に出た。
寒風が吹き抜け雪がちらつく通りには、ひと気がほとんどない。杖も外套も忘れたが、そんなことに構っている場合ではない。
大事な恋人に何かあったら――
「生きていけぬ……! カディヤ! カディヤ!」
漆黒の夜である。街灯はなく、家々の窓から漏れる灯かりだけが暗い雪道を照らしている。
教えられた家に一目散に駆けて扉を叩くも、誰も出てこない。
ぐるっと周囲を回ってみると、すぐ隣の家から大勢の人間のざわめきが聞こえてきた。
普通の家よりかなり奥行きのある建物で、縦長の大窓を輝かせる橙色の光が、ことのほかまばゆい。
がやがやと、かなりの人が中に集まっている気配がある。
(こんな夜更けにたくさんの人が……ああ、若君の葬儀の準備か?)
たぶん寄り合い所のようなところなのだろう。
もしかしたら弟子は、ここに様子を見に入ったかもしれない。それで手伝いに加わったか、話に加わったか……
ホッと一息ついて、足早にその建物の入り口へ向かおうとした、そのとき。
「しつこい蛇め! 近づくなっ!」
「うっ?!」
あろうことか。鈍い音と共に、後頭部に衝撃が走った。
「ぐ? あ?!」
目から火花が散りよろけるが、なんとかこらえる。どうやら、背後から殴られたらしい。
「ひっ?! クラミチのつかい?!」
「う……うううっ? なななっなんだ?」
ふりむけば目の端に、殴ってきた者の姿がちらりと映った。
なんと白い狐のお面を被った男で、得物は木の棒のようなもの。左手にランタンを下げている。
どうやら人が集まっている建物を警備していたようだ。闇夜の中近づいてきた導師の姿を、だれか別の者と間違えたらしい。
(うかつ!)
弟子のことで頭がいっぱいで、ソムニウスは自身のことなどまったく考えていなかった。まとっていたのはいつも無意識に展開している、呪い返しの結界のみ。物理的な攻撃には、全く効かぬものだ。
とっさに韻律を放って反撃しようと右手を突き出し、指のないわが手を見て焦る。
(くそ! 光弾は放てぬのだった……)
仕方なしになんとか動きを抑えようと、相手に飛びつこうとするも――。
「うあぁ?!」
そこで思いもかけず足がつんのめった。
(靴……紐ぉおおおっ!?)
そういえば、慌てながらもちゃんと靴に足を突っ込んで飛び出してきていた。紐は当然、なにもせずそのままで。ふだんから自分で結んでいないので、これは結び忘れたわけではない。のだが……。
「カディヤぁあああ!」
毎日靴紐を結んでくれる人の名を、情けなくも叫ぶ。
見事に紐を踏んでバランスを崩した体が、覆面男のまん前に落ちていく。
「ひいいい! くくくくるなぁ!」
仕留めるには絶好の体勢。しかし相手は次打を打ってこず、おびえた悲鳴をあげて飛びのくように後ずさり、くるりと背を向けて逃げ出した。
ソムニウスはすがるものなく、思い切り冷たい地べたに倒れた。
びたんという音がして、額にひどい衝撃が走る……。
『それから――
靴の紐も、ちゃんと結んだ方がよろしいですよ』
(ああ……夢で見たのに)
意識が散る寸前。夢見の導師は愚かなおのれを呪った。
(いや……わざと無視した……)
『ちゃんと結んだ方がよろしいですよ』
(ひとりで結ぶなんて。嫌だ……)
意識が、沈む――
(嫌だ……あの子は)
(絶対)
(手放さない……)
お読みくださりありがとうございます><
靴紐~^^;
ちゃんと夢予知してたのに気づかない。
これがソムさんクオリティ^^;
結んでくれるとか、ほんとうらやましいですよね。
読んでくださりありがとうございます><
大丈夫……なのでしょうか・・;
かなりがっつんやられたような感じかもです・・;
ヤバい、超ヤバイ。
嫌な予感しかしないとはこのことですねぃ^^;
夢見が成就してしまうのか、しないのか。
待て次号^^
靴紐を結んでくれる人がいるなんて・・・
うらやましい~♪