Nicotto Town



3月自作 たんぽぽ 「食聖」2/3

『食聖ホーテイはなんでも食べてしまう人だったと、いわれております。
 だれもがふだん見むきもしないものでも、おいしく調理してごちそうにしてしまうのです。
 そんなホーテイのこどもたちもみな、遺言に従って、名だたる料理人になりました。
 そのなかのひとりルーテイは、南の大国バナーラ王の料理人となり、半年以上もの攻城戦を、意外な食材をもちいて耐えぬきました。すなわち城の中庭に生えるタンポポの根っこを煎じて兵士たちに飲ませ、イモユリの根を食べさせたのでした。
 ルーテイはその功労で、王よりうるわしい姫君と大公位をいただいたと言い伝えられております。
 この大公領が、飢える者なきメンジェール王国のはじまりでした』
(メンジェール王国観光協会パンフレット「王国のなりたち」より)




「へええ、これがメンジェール王国名物、タンポポ茶かぁ」

 俺の足元にいるまっしろウサギがせのびして、もふもふでちっこい手を大きな棚に伸ばす。
 木製の棚には、観光パンフレットやおみやげ品がずらり。こぢんまりとしてかわいらしい丸太小屋の家屋には、そんな棚がいくつも並んでいて、背後には長方形のカウンターがある。
 木の香りがむんっと匂うここは、生暖かい空気に満ちた異国。メンジェール王宮前にある、観光案内所だ。

「一個買っとこ」
「おいおい、ここはまよわず大人買いだろ、ぺぺ」

 俺の隣で黒髪黒い衣のおじさんが、棚においてあるタンポポ茶をごっそり腕に抱える。白いウサギは、思いっきりひきつった。

「ちょっとお師匠さま、今回の経費王宮から落ちるからって、それは」
「いやいや、ジャルデだって、みやげほしいって言ってたしさぁ」
「俺のアイダさんは、こんなはしたないことしないのにい!」
「歯ぁむきだして愚痴るなよ。お、なんだこれ蜂蜜飴? うまそぉ! 中に白豆はいってるぜ」
「それ、蜂の子ですよ?」
「ひっ?」

 俺の指摘に黒髪おじさんはあたふた。瓶を取り落としそうになりながらもなんとか棚に戻した。

「さっきの市場もすごかったですね。ありとあらゆる食材が輸入されてると聞いてましたけど。虫系の食材、どんだけならんでたことか。セミにタガメにバッタにコオロギ」
「えっ? あ、あれ食べられんのか、おばちゃん代理?」
「果物屋のとなりに並んでたじゃないですか。たべるんですよ。サソリも並んでましたよ」
「うえええっ?!」

 あとずさる黒髪おじさん。この人と俺とウサギは、今朝、メンジェール王国に入った。
 陛下はネコメさんと剣の救出隊として、騎士十人従者十人兵士十人からなるものものしい一団を下さったのだが、俺は固辞した。ウサギも同意してくれたが、巨大な鉄のドラゴン・ポチでいこうとしたので、あわててとめた。衛星破壊爆弾搭載とか、なにそれよくわかんないけど、名前からしてやばすぎる。

『い、いくらなんでも派手すぎますよ! 普通に行きましょうよ! 普通に!』
『ちっ。まともな交通機関つかったら、さらわれたネコメさんたちに追いつけないぜ?』

 ウサギのいった通りになった。
 大陸西北部を占めるエティアから、ウサギがつくった鉄製の箱型列車ポチで東の国境を越え、それから先は船で黄海を南進。オムパロス島を経由して、こんどは北進。大陸に上陸して、港湾国リドを貸し馬で縦断し、国境である山をこえる。その先に広がる平野一帯が、このメンジェール王国だ。人が住むところは都市ひとつぽっきりだが、領土の平野は果てしなく広い。街道の両脇には牛だの牛だの牛だの。豚だの豚だの豚だの。唖然とするぐらいの、家畜の海――。
 この入国ルートこそ、剣がさらわれてメンジェールへ運ばれたとおぼしき道筋だった。
 他国同様、エティアも大陸中に目と耳を放っているし、ウサギも赤毛の妖精たちという独自の情報網を持っている。そしてネコメさんは猫顔のマオ族だから、かなり目立つ。だから草たちも容易に見つけられて、ルートを逐次教えてくれたんだが……。

「だからポチで行こうって、いったのにい」

 敵の歩みは想像以上に速く、俺たちは剣とネコメさんに追いつけないまま、食の王国へついたのだった。

「まぁでも、ネコメさんは無事でいるって情報が入ってきてたから。そこは焦らずに済んだけどさ」

 まっしろウサギが、カウンターにどっそりおかれるタンポポ茶の山を見てためいきをつく。

「でも目標は、メンジェール王宮に入ってしまってます」
「だよなぁ。大会開催まで、まだかなり日にちがあるってのに」

 大仰に頭をかくウサギのまなざしが、さらにみやげ物を物色しようと棚にとびつく黒髪おじさんに向く。俺も視線をそっちに動かしながら、声をひそめた。

「ゴドフリートさんがこちらにくるのは大会三日前です。ぎりぎりまで、おばちゃんに仕込んでもらうそうです」
「あと二週間かぁ。おばちゃん代理、剣の声、きこえるか?」

 ウサギの問いに俺はうなだれた。

「いえ……まったく」
「困ったなぁ。どうやって取り戻すかなこれ。でもまぁ……」
――「おおおお! ぺぺ! ニンジンジャム売ってるぞお!」

 黒髪おじさんがめいっぱい天井に腕を伸ばしてかかげるは、オレンジ色のジャム瓶。その鮮烈な色が、俺の目をじゅっと焼いた。

「これ買ってやる! 俺ってほんといい師匠!」

 おじさんのはしゃぎ声によって、ウサギの言葉の最後の部分が消された。
 いや、ウサギはだれにも聞こえないよう口だけ動かしたのだ。
 だが俺には、神のごとき力を持つこのウサギがなんといおうとしたのか、わかった。
 フーシュ殿下から、今回の事情をすべて聞いているから……。
 ウサギの言葉を、俺は頭の中で再現した。ぎっと奥歯をかみ締めながら。

『まあ、俺たちが救えなくても、大丈夫だけどな』





アバター
2017/04/10 23:47
結構にぎやかな道中ですね^^
アバター
2017/03/31 06:47
どうなりますかね。




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