銀の狐 金の蛇 9話「狐と蛇」(後編)
- カテゴリ:自作小説
- 2017/04/14 13:32:00
二百年前といえば、ちょうどユインが国と認められたころだ。
軍事力で征服できねば「配偶者」を送り込み、婚姻同化で取りこむ――
エティアもスメルニアも、そんなことを考えたのかもしれない。
「なるほど。つまり私は、蛇の者と勘違いされてぶん殴られたわけか。二家に分かれている民は、互いに攻撃しあうほど、仲が悪いのだな?」
「いえいえ、そうではございません。苗字で区別するぐらいで、狐も蛇もずいぶん混じり合っているんです。だから普段は、みんな仲良うやっておりますよ。二つのワングシが喧嘩したときに、分かれて騒ぐぐらいで」
「ワングシ?」
「共通語ではええと、本家、といいますか。代々、国主さまを出しているお家のことですが……」
「王家のことだな」
母親の顔が、ますます翳る。ついさきほど、狐の男衆が恐ろしい不幸をふれ回ってきた。だからユインの民はみな動揺しているそうだ。
「国中の者が××に寄り合ったんですが、そこでハオのお婆が狐の若さまを呪い殺した、という話が出まして……」
神殿で捕らえられた老婆は、なんと金蛇家の当主。次代の国主を出す家ワングシの、女家長であるという。
「それで狐の家の男衆が、えらく殺気立ってしまったんです。怒りのあまりにお面をかぶって武装して、蛇の家のもんをみんな締め出してしまいました。狐の男衆は××を振り回して、いっときそれはそれは、えらい騒ぎでしたよ」
「殺された若君は長男と聞いた。つまりは世継ぎか?」
「いえ、狐の若さまはお世継ぎじゃありません。このユインでは代々、二つのワングシの姫さまが、かわりばんこに国主になられますんで」
「む……女系が継承する政体か。しかも二つの家が交互に?」
そのようなことは初耳だった。国主からの、短い一行だけの報告文。しかも代筆。だからてっきり男性の国主なのかとソムニウスは思いこんでいた。
母親の顔が、ますます翳る。ついさきほど、狐の男衆が恐ろしい不幸をふれ回ってきた。だからユインの民はみな動揺しているそうだ。
「国中の者が××に寄り合ったんですが、そこでハオのお婆が狐の若さまを呪い殺した、という話が出まして……」
神殿で捕らえられた老婆は、なんと金蛇家の当主。次代の国主を出す家ワングシの、女家長であるという。
「それで狐の家の男衆が、えらく殺気立ってしまったんです。怒りのあまりにお面をかぶって武装して、蛇の家のもんをみんな締め出してしまいました。狐の男衆は××を振り回して、いっときそれはそれは、えらい騒ぎでしたよ」
「殺された若君は長男と聞いた。つまりは世継ぎか?」
「いえ、狐の若さまはお世継ぎじゃありません。このユインでは代々、二つのワングシの姫さまが、かわりばんこに国主になられますんで」
「む……女系が継承する政体か。しかも二つの家が交互に?」
そのようなことは初耳だった。国主からの、短い一行だけの報告文。しかも代筆。だからてっきり男性の国主なのかとソムニウスは思いこんでいた。
(まずい、後見だというのに、この国のことをまったくわかっていなかった…)
「交互に、というのは、ここをはじめて後見した魚喰らい様が取り決めたと、伝わっておりますよ」
「ああ、なるほど……」
二百年前の初代後見人は、血の同化によってこの地を手に入れようとしたニ大国にうまく対処したらしい。
今の国主の名はフーリであるから、現政権はスメルニア系というわけだ。
殺された若君は、制度的にも性別的にも、次代の国主になれない身分――ということは。
(継承争いの陰謀で殺されたのとはちがう? 個人的な恨みか何かか?)
「とすると。次代は、金蛇の本家の姫が国主になるのだな」
「はい。そうなってはおりますが……」
あの、と一拍口ごもり、母親は床に目を落とした。
「蛇の家の姫さまは昔、はやり病で亡くなってしまわれて。蛇のワングシには、お世継ぎがおりません」
「はやり病?」
「あの……二十年ほど前に、寺院から魚喰らい様がここに来られたことがあったんですが……」
母親の口調がひどくおずおずとしてくる。とても言いにくそうに、彼女は言葉をしぼり出した。
「そのお方が帰られたあと、なんともひどい病が流行りまして……かなり多くのもんが死にました。その時に、蛇の姫さまも亡くなってしまったんです。それで蛇の当主のハオ婆が、これは魚喰らい様がみんなをクラミチに導きなさったせいだと騒ぎ出して……」
「なんだと? 病で亡くなった? クラミチとはもしや……あ、あの世のことか?」
「ええとはい、共通語ではそういうのでしょうか。それでハオ婆は魚喰らい様だけでなく、寺院からその御方をお呼びになった国主さまのことも、深く深く、恨むようになってしまったんです。もし呼ばねば、この地に病はもたらされなかったと……」
「だからもう何年も、ハオ婆は毎日毎日、狐のワングシに呪いをかけてたのよ」
娘が深いため息をつく。
「気持ちはわからないでもないわ。ハオ婆は、病気で死んだ蛇の姫さまを、ものすごくかわいがってたそうだもの。自分がおなかをいためた子が死んだら、そりゃあ、悲しすぎて狂っちゃうわよね」
ソムニウスの脳裏に、神殿で捕縛された老婆の姿が暗くよぎった。晩餐での、神官たちの言葉も。
『ひとり娘を失いまして』『病で亡くなったのです』『国主さまのせいと、思い込んで――』
導師のせいだという疑惑を隠したのは、後見人の怒りをおそれてのことにちがいない。だからあんなに歯切れが悪かったのだろう。
(つまり導師の印象は最悪……! 民が私を見ておどおどするのも、国主がろくに予言を求めてこないのも、神官たちの対応が冷たいのも、このせいか)
すべてを見通すレヴェラトールが、この状況を知らぬはずがない。親書の中身が、がぜん気になる。
おのれの役目を思い出し、ソムニウスは懐に手を入れてほっとした。
親書は黒き衣の隠しにちゃんと入っている。やはり殴られたのは、単なる勘違いだったようだ。
「む。それにしてもそなたらは……」
いま寄り合い所にいないということは、母子は蛇の家の者だろうか?
聞いてみたら、娘はたちまちぷっくりと頬をふくらませた。
「うちは代々、狐よ。でも母さんは、もとは蛇だったの。父さんとフンリィして××年もたってるのに、さっきはほんとひどかったわ。お前も蛇のもんだったなって……狐の男衆たちが、母さんまで追い出したの。父さんが国主様についてって、留守にしてるのをいいことにね」
「それは理不尽だな。しかし二人とも、私のことはこわくないのかね?」
「道に倒れている怪我人を、放っておくわけにはいかないでしょ」
にっこりする娘の言葉を、母親がおだやかに継いだ。
「あの。実は私と主人はその昔、魚喰らい様に助けていただいたことがあるんです。ですので黒き衣の御方は私どもにとってはその……」
母親は顔を少しうつむけ、頬をほんのり染めた。
「フンリィの神さまで、ございました。つまりその、結び付けてくださったというか」
「おお、先の後見人は、縁結びをしたのか」
民を幸福にすることこそ、後見人が励むべきことだろう。
先任の後見導師は、ちゃんとその務めを果たしたようだ。
ソムニウスは微笑みながら、じんわり暖かい部屋を見渡した。
居間であろうこの部屋は、素朴な木製の調度品であふれている。木製の卓と椅子。長椅子。戸棚。どれもどことなく丸味のある形だ。
暖炉の上に、顔料のようなものでどぎつく塗られた絵がかかっている。
かなり写実的だが、輪郭線はとても太い。描かれているのは、彫りの深い顔立ちの男と、今よりもっと若々しいこの家の母親。それから、幼い二人の女の子……。
「これは……」
ソムニウスは食い入るように、家族の肖像であろうその絵をみつめた。
この男の顔は見たことがある。たしか神殿に不幸を知らせにきた男たちの中で、ただ一人冷静に訴えていた者だ。
(なんとここは、あの男の家か? こちらにいったん帰ってきたはずだが、家族は知らぬのか。しかし……しかしこれは……!)
絵を見て感じた驚きは、それだけではなかった。
親子四人とも身ごろを前で重ね、すそがふわりと広がった形の服を着ている。
親はあずき色。幼い娘たちのものは――あざやかな、真紅。
その形はまさしく……。
「同じ、だと?!」
ソムニウスはごくりと、息を呑んだ。
ようやく彼は、おのれがなぜ、赤い服を着た弟子の夢を見たか悟った。
絵の中の人々はみな同じ服を着ていた。
はるか昔、ソムニウスの一番弟子が寺院に来た時、着ていた服。
あの真紅のビロードの服と、全く同じ形の服を……。
「交互に、というのは、ここをはじめて後見した魚喰らい様が取り決めたと、伝わっておりますよ」
「ああ、なるほど……」
二百年前の初代後見人は、血の同化によってこの地を手に入れようとしたニ大国にうまく対処したらしい。
今の国主の名はフーリであるから、現政権はスメルニア系というわけだ。
殺された若君は、制度的にも性別的にも、次代の国主になれない身分――ということは。
(継承争いの陰謀で殺されたのとはちがう? 個人的な恨みか何かか?)
「とすると。次代は、金蛇の本家の姫が国主になるのだな」
「はい。そうなってはおりますが……」
あの、と一拍口ごもり、母親は床に目を落とした。
「蛇の家の姫さまは昔、はやり病で亡くなってしまわれて。蛇のワングシには、お世継ぎがおりません」
「はやり病?」
「あの……二十年ほど前に、寺院から魚喰らい様がここに来られたことがあったんですが……」
母親の口調がひどくおずおずとしてくる。とても言いにくそうに、彼女は言葉をしぼり出した。
「そのお方が帰られたあと、なんともひどい病が流行りまして……かなり多くのもんが死にました。その時に、蛇の姫さまも亡くなってしまったんです。それで蛇の当主のハオ婆が、これは魚喰らい様がみんなをクラミチに導きなさったせいだと騒ぎ出して……」
「なんだと? 病で亡くなった? クラミチとはもしや……あ、あの世のことか?」
「ええとはい、共通語ではそういうのでしょうか。それでハオ婆は魚喰らい様だけでなく、寺院からその御方をお呼びになった国主さまのことも、深く深く、恨むようになってしまったんです。もし呼ばねば、この地に病はもたらされなかったと……」
「だからもう何年も、ハオ婆は毎日毎日、狐のワングシに呪いをかけてたのよ」
娘が深いため息をつく。
「気持ちはわからないでもないわ。ハオ婆は、病気で死んだ蛇の姫さまを、ものすごくかわいがってたそうだもの。自分がおなかをいためた子が死んだら、そりゃあ、悲しすぎて狂っちゃうわよね」
ソムニウスの脳裏に、神殿で捕縛された老婆の姿が暗くよぎった。晩餐での、神官たちの言葉も。
『ひとり娘を失いまして』『病で亡くなったのです』『国主さまのせいと、思い込んで――』
導師のせいだという疑惑を隠したのは、後見人の怒りをおそれてのことにちがいない。だからあんなに歯切れが悪かったのだろう。
(つまり導師の印象は最悪……! 民が私を見ておどおどするのも、国主がろくに予言を求めてこないのも、神官たちの対応が冷たいのも、このせいか)
すべてを見通すレヴェラトールが、この状況を知らぬはずがない。親書の中身が、がぜん気になる。
おのれの役目を思い出し、ソムニウスは懐に手を入れてほっとした。
親書は黒き衣の隠しにちゃんと入っている。やはり殴られたのは、単なる勘違いだったようだ。
「む。それにしてもそなたらは……」
いま寄り合い所にいないということは、母子は蛇の家の者だろうか?
聞いてみたら、娘はたちまちぷっくりと頬をふくらませた。
「うちは代々、狐よ。でも母さんは、もとは蛇だったの。父さんとフンリィして××年もたってるのに、さっきはほんとひどかったわ。お前も蛇のもんだったなって……狐の男衆たちが、母さんまで追い出したの。父さんが国主様についてって、留守にしてるのをいいことにね」
「それは理不尽だな。しかし二人とも、私のことはこわくないのかね?」
「道に倒れている怪我人を、放っておくわけにはいかないでしょ」
にっこりする娘の言葉を、母親がおだやかに継いだ。
「あの。実は私と主人はその昔、魚喰らい様に助けていただいたことがあるんです。ですので黒き衣の御方は私どもにとってはその……」
母親は顔を少しうつむけ、頬をほんのり染めた。
「フンリィの神さまで、ございました。つまりその、結び付けてくださったというか」
「おお、先の後見人は、縁結びをしたのか」
民を幸福にすることこそ、後見人が励むべきことだろう。
先任の後見導師は、ちゃんとその務めを果たしたようだ。
ソムニウスは微笑みながら、じんわり暖かい部屋を見渡した。
居間であろうこの部屋は、素朴な木製の調度品であふれている。木製の卓と椅子。長椅子。戸棚。どれもどことなく丸味のある形だ。
暖炉の上に、顔料のようなものでどぎつく塗られた絵がかかっている。
かなり写実的だが、輪郭線はとても太い。描かれているのは、彫りの深い顔立ちの男と、今よりもっと若々しいこの家の母親。それから、幼い二人の女の子……。
「これは……」
ソムニウスは食い入るように、家族の肖像であろうその絵をみつめた。
この男の顔は見たことがある。たしか神殿に不幸を知らせにきた男たちの中で、ただ一人冷静に訴えていた者だ。
(なんとここは、あの男の家か? こちらにいったん帰ってきたはずだが、家族は知らぬのか。しかし……しかしこれは……!)
絵を見て感じた驚きは、それだけではなかった。
親子四人とも身ごろを前で重ね、すそがふわりと広がった形の服を着ている。
親はあずき色。幼い娘たちのものは――あざやかな、真紅。
その形はまさしく……。
「同じ、だと?!」
ソムニウスはごくりと、息を呑んだ。
ようやく彼は、おのれがなぜ、赤い服を着た弟子の夢を見たか悟った。
絵の中の人々はみな同じ服を着ていた。
はるか昔、ソムニウスの一番弟子が寺院に来た時、着ていた服。
あの真紅のビロードの服と、全く同じ形の服を……。
お読みくださりありがとうございます><
この回はいろいろ情報をばらまいている回です・ω・
これがのちのちどういう形で出てくるか…
楽しみにして下さったら嬉しいですノωノ*
お読みくださりありがとうございます><
大変なことになっていないといいですよね;ω;`
親としては大変心配な事態だと思います。
家族の肖像画
4人家族
赤い服
モノノケのトゥー
何を悟り、これからどうするか
続きが待ち遠しいです^^