銀の狐 金の蛇 14話 「地下房」(前編)
- カテゴリ:自作小説
- 2017/06/17 12:46:34
「くそ……!」
真っ白な息がぶわっとあたりに散る。力まかせに鉄板がはられた扉に両腕を打ちつけたソムニウスは、はあはあと焦りの息を吐いた。
ここは正殿の地下室。四方はでこぼこの石組みの壁で、かなり狭い。寝台はなく、ただ短い丸太が数本、転がっているだけだ。牢とは呼ばれていないが、まさしくそのための室である。
広さはさほど気にならないが、上階にある|小部屋《アルコープ》よりもっと冷えていて身に響く。
現在、ソムニウスは独り、この室に閉じ込められている。
二人目の犠牲者が出た直後、ユインの民がほとんど暴動のごとき騒ぎを起こしたからだ。
無理もない。
『多くの舟が浮かぶだろう』
まさしくその文言通りの光景が、眼前に現れたのだから。
境内に集まった人々の列はわらわらと崩れ、阿鼻叫喚にして混沌の渦。ソムニウスはあっという間に、棒を持った狐面の男衆に遠巻きに囲まれたのだった。
『でっ……出て行け!』『クラミチの使いめ!』『あんたが出ていきゃあ、呪いに力がなくなるだ!』
――『メイメイ……ああああメイメイ……!』
『姉さんどうしてっ……』
喧騒と母子の嘆きが入り混じる中。
『国主様、後見人様に、今すぐ出国なさるようご要請を!』
毛皮美男が、男衆のすぐ後ろで語気鋭く訴えていた。それに応えて人波が師弟を囲み、じりじりと境内から追い出そうとする様相となったのだが。すんでのところで国主が、それはならじと追い出しを食い止めた。
しかしそれは後見導師を守るためではなく、まごうことなく恐怖に起因する言動だった。
『ならぬわえ! 黒き衣の後見人どのを追い出して恨みを買うたら、それこそ災いが降りかかろうぞ。正殿の地下へ、いますぐお入りになっていただくのじゃ!』
鶴のひと声一過。人々はハッと我に帰ったようにその言葉に従った。
師弟は人波に押され、境内の外ではなく正殿へ押しやられ。みるまに地下への階段を下ることを余儀なくされたのだが。
『もっ、もうしわけございませぬ!』
なぜに国主が地下と指定したのかといえば。あたふたとついてきた最年長のロフ神官が、暗い廊下の果てにある地下房の扉を引き開いてこう説明してくれた。
『民を鎮めるため、どうかここへお入りくださいませ。この房には魔力を抑える聖なる石が積まれております。つまりお入りいただければ、呪いを実現させる力は地上におよばぬと、民が安堵いたします。ですので、今すぐどうか!』
『魔力封じの石の部屋? 我が師がここに入れば、民は納得するのですね?』
その状態でこれ以上死人が出なければ、混乱は収まる。
もしなおも殺人が続けば、少なくとも黒の導師への疑いは晴れる。
なるほどと思い、ソムニウスは弟子の腕を引っ張って中に入りかけたのだが。
『わかりました……ソムニウス、しばらくここでしのいでいてください!』
あろうことか。顔面蒼白の弟子は真一文字に口を引き結び、おのが魔法の気配をおろして――
『カディヤ!?』
この房の中に、おのが師だけを押しこんだのだった。
それは。ロフ神官が階段に押し寄せる人々をおしとどめに走っていった隙をみての、電光石火の早業であった。師から杖をひったくり、韻律で吹き飛ばし。扉を閉めて強結界をかける、というその荒業には、あの不死にして大魔導師たるレヴェラトールも瞠目するだろう。
『ソムニウス、人々が畏れているのは、あなたの黒き衣です。私は見習いですし、この身なり。外で自由に動けると思います。ですから様子を見聞きして、あなたに報告します。井戸の水もなんとかしてみます』
『だめだカディヤ! そなたひとりになってはいけない!』
『黒き衣の後見人は身の潔白を証明するべく、ここに篭もるとみなに伝えます。大丈夫です、すぐに出られるようにしますからね』
『だめだ! そなたもここに入りなさい!』
『ソム。犯人は、私たちが来るこの時を狙って事を起こしたんです。あなたを利用して次々と殺人を犯すなんて言語道断です。許せません絶対に……見つけ出して、断罪します!』
あの押し殺した声。
どんなことでも無理してやってのける――あれはそう覚悟を決めた声だった。
「このままでは、あの子に夢見の予言が襲い掛かってしまう! くそ!!」
ソムニウスはいらいらと頭を掻いた。この上ない焦燥感が襲ってくる。
弟子の安否が心配であることもさることながら、弟子がユインのあまたの人々に聞き込みをすればきっと……。
「母親のことを思い出させるのは嫌だったのにいいいっ。絶対気づくぞ。あれは気づくぞおおおっ! うああああ!」
ソムニウスは両膝を折って身悶えた。
どうにも形容しがたい、嫉妬の炎が彼を焼いた。いてもたってもいられぬほどに。
そして一気に最後まで読み進めてしまう疾走感
様々な人の思惑が重なって、怒涛の如く押し流され
一人牢で懊悩するしかないソムニウス……
彼らには不謹慎かもしれませんが、次が読みたくて今ワクワクしています。