Nicotto Town



銀の狐 金の蛇 14話「地下房」(中編)

 夢見の予言がなければ弟子を待つこともできたろう。だが啓示は、弟子の危険を知らせている。
 ゆえにソムニウスは、ただちに脱出口を捜し始めた。
 この房の壁が「魔力封じ」であると言うのは、まったくの迷信だ。
 でこぼこな石面からはそんな気配も波動もまったく発せられていないし、唯一の出口であろう扉は、弟子の魔力の凝縮――強結界で見事に固められている。
 結界にはかなり高位の韻律が使われており、緻密な紐解きによる解除か力押しで吹き飛ばすしかない。
しかしそんな高位の韻律を放つには、ソムニウスの指はあと二本足りない。魔力を増幅させる杖があればなんとかなったかもしれないが、それは周到にも、弟子にとりあげられてしまった。

(あの子を追いつめてしまった……)

 弟子がこんなことをしたのは、うかつにもおのれが負傷したからに他ならない。

(ふがいない……ほんとうに。だめな師だ)

 たしかに弟子の魔力は今や師をしのいでいるし、師の代わりに弟弟子たちに技を教えてもいる。実のところ、指のない師より弟子の方が使える韻律がはるかに多い。
 だが。

(民は目に見えるこの漆黒の衣をおそれているが、これは権威の証でもある。だから私を遠巻きにして、追い出そうとするだけだった。だが貧しい身なりのあの子が、私と同じ力を持っていると知ったら……)

 弟子には何の肩書きも権威もない。
 もし力がばれた時、周囲はどんな対応をするだろうか。あの毛皮美男あたりが、呪いを発現させたのは師ではなく、未熟な弟子だと言い出すのではあるまいか?
 
(嫌な予感しかしない。急いであの子のそばにいかなければ!)
 
 壁を叩いてみれば、厚みはレンガ一個分ぐらいか。さほどではないようだ。
 耳を当てると、くひひ、くひひ、と異様な声がかすかに聞こえてくる。
 
(うう、隣の室にあの老婆がいるのだな?)

 慄然とするソムニウスの耳に、あの不気味な響きが入ってきた。
 狂い笑う老婆はえんえんと、あの呪いの歌を歌っているようだ。

「兄はクラミチ走る森
 両のかいなをケガミにくわれた 
 姉はクラミチ眠る石
 両のくるぶしケガミにくわれた……」

(ケガミ。そういえば呪いの歌にも歌われていたか)

 悪い言葉を食らうとケガミに変化するトゥー。まさか本当にそんなものがいるとは思えない。
 ソムニウスの魔力がほかのものに力を与えることがないように、それはきっと迷信だろう。
  
(いったい、ケガミや呪いを利用している奴はだれだ? なんとおそろしい……)

 両のくるぶし――若妻の遺骸を思い出すと体に震えが走る。
 レイレイの姉の殺され方は、実に陰惨だった。彼女は井戸から吊り下げられており、口や耳から血の泡を吹いていた。無残にも、くるぶしから下の両足を失った姿で。銀狐の毛皮は血に染まり、彼女の首には太い縄が、生々しく巻きついていた。
 そうして。あの水場は、血で穢されてしまったのだ……。

「やめろ! おまえの歌に力はない!」

 思わず怒鳴ると、一瞬ふつっと歌が途切れる。しかしいくらもたたぬうちに、狂った笑い声とともにその呪いの歌がまた聞こえてきた。途中で、歓喜の声をはさみながら……。

「ひゃひゃひゃ。狐の若さまはケガミにくわれた。狐の姉さまも、じきくわれる」

 閉じ込められているので、老婆は第二の犠牲者が出たことはまだ知らぬらしい。

「ありがたや。ケガミさまが顕現なさった。ありがたや。狐どもはほろびるんじゃ。ひゃひゃひゃひゃ」

 ソムニウスはぞくりとわなないた。この者には、完全に狂いが入っているようだ。

「ひゃひゃひゃ……
 みにくい狐は首をころがす……
 沈めよ白い大狐……」

 あわ立つ腕をさすりながら壁と床をくまなく眺めてみると、床のひとすみにゆるい嵌め石が見つかった。触って確かめれば、指を引っ掛けるような人工的なくぼみが数箇所にある。どうにも、抜け道とか秘密の通路のように思えてならない。

(持ち上げられるか?)

 嵌め石を動かすべく周りの土を手で掘ってみる。せっかくの手袋を汚してしまうのは嫌なので、導師は素手で作業した。周囲をずいぶん掘りこみ、いったん上げてみようと手をかけたとき。背後で扉がほのかに青白く光った。

「カディヤ?」

 だれかが、扉に接触している。

「カディヤ! 外の様子はどうだ? 民は鎮まったか? いや、外は危険だ。どうか一緒にここに……カディヤ?」

 話しかけるも反応がない。しかし扉の結界は煌々と魔力の光を放っている。
 今朝方の小部屋での扉の輝きを思い出し、ソムニウスは口をつぐんで鍵穴に近づいた。穴をのぞいてみるも、強固な結界が白く光って視界を阻んでいる。
 耳を澄ませば、聞こえてくるのはかすかな息遣い。声をかけられてびくりと怯えたがため吐き出された、間隔の速い息だ。

「だれだ?」

 問いかけたとたん、扉の輝きが消えた。ぱたたた……という、小走りな足音とともに。
 今まで何度かきいたことがある、あの足音だ。

(トゥーとかいうモノノケ……いや、ちゃんと肉体がある足音だ。息もしていた。一体誰なのだ?)

 体重は軽い。そして靴音ではない。この極寒の中、どうやら裸足で走っている。
 おそらく、二本足で。
 首をかしげながら嵌め石を外す作業に戻るも、ソムニウスはすぐに途方にくれた。
 石はかなり幅があり、手をかけるくぼみは八つ。これは数人がかりでなくば動かない。
 転がっている丸太は短く、梃子にするには太すぎる。魔法の気配を降ろし、不便な手でなんとか石に浮遊の技を放とうとするも、うまくいかない。
 いらいらと頭をかきむしり、呪いの言葉を吐き出しそうになったとき。

『ソム』

 扉の向こうからぽわぽわと、弟子の言霊が入ってきた。

 

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2017/07/15 16:03
藍色さま

ご高覧ありがとうございます><
もとはBLで、こちらでは男女カップルに設定変えしてみてるというお話なのですが、
ご指摘のとおりほぼほぼ、なろう(ていうかお月さま)にあげた原稿まんまですw
こちらでのルビの振り方わからなくて毎回こまってます…;ω;`
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2017/07/15 12:00
多分途中から読んでるせいで、世界観を知らぬままなのですが…
面白いなぁ、ものすごく面白い

隣室の老婆は気が狂っていても、狂人なりの理屈というか
洞察力が一本通っているように感じられました。
かと言って、何か聞き出そうとしても話が通じない気がします。

(全然関係ないですが、前話で「「なろう」だ!」ってなりました。
 ここでも振り仮名機能使えれば色々幅が広がるんですけどねぇ)
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2017/06/17 19:55
弟子は何をするのですかね。




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