Nicotto Town



銀の狐 金の蛇 14話 「地下房」(後編)


「カディヤ?! ぶ、無事か?」
『ええ。大丈夫です。だって私の結界はびくともしてないでしょう?』
「そ、そうだがしかし、心配でたまらぬ!」

 おもわず走り寄った扉に輝きはない。
 弟子は扉の向こうに立っているらしい。鍵穴の部分だけ結界を開けて言霊を入れてきている。
 目にみえる淡い光の玉がぱん、ぱん、と室内でひとつひとつはじけて、ソムニウスの耳をくすぐった。

『民衆の混乱はだいぶおさまりました。ですが蛇の家の者はいまだ国主から、礼拝堂に入ることを拒否されています』
『国主は神官たちと協議した結果、銀の毛皮――いえ、フオヤンとかいう神官の主張を受け入れて、老婆の処刑を決断しました』 
『被害者たちの葬儀と埋葬が終わったのちに執行すると、さきほど正殿の礼拝堂で宣言したところです』
『井戸で殺されていた女性は舟の棺に入れられ、神殿の一室に安置されました』
『女性の夫と、義母と実母と妹。それから妹の婚約者が、棺を取り囲んで悲しみにくれております。義母がずっと、女の赤ん坊を抱いています。殺された女性が産んだ子です』
『殺された女性は昨夜寄り合い所に行こうとしましたが、赤子が泣くのであきらめて家で留守番していたそうです。いなくなったのは夜更けです。義母が母子を心配して寄り合い所から戻ってみたら、ちょうど神官に呼び出されたところだから神殿に行ってくると、赤子を義母に預けて、女性だけ境内に向かったようですね』

 内容は暗すぎるが、その声は恋しすぎて震えがくる。

「神官に呼び出されただと? 若君と――」

 ソムニウスはおのが声が大きい事に気づき、自身も言霊を作って鍵穴に飛ばした。

『若君と女性の弔いはいつ行われる?』
『明日の朝に若君。一日時を置いてから、女性の葬儀が行われます。埋葬はその翌日、同時に行うようですね。それと井戸にこっそり「目」を落としてみましたが、井戸の横っ腹にかなり広い空洞があるようです。そこが地底湖らしいですが、水脈がつまっているのかそれとも完全に枯れたのかは、中に入って調べないとわかりません』

 鍵穴に手を当ててみる。弟子は強固な結界に針穴ほどの隙間を開けた。だから言霊が行き来できる。
 今ならここから、守護結界解除の韻律を送り込めまいか。

『無駄ですよソムニウス。指のないあなたが穴を押し広げることはできません。金の鍵級の結界ですので、十の結び手による手順が必要です』
「むうう」

 さすが長年連れ添ってきた弟子。完全に師の行動を見透かしているようだ。

『それにしても犯人はだれでしょうか。老婆がだれかに、ひそかに命じたんでしょうか? 呪いの通りに人を殺せと』
『いや、その線はない。隣にいるが、あれは呪いを信じて疑っていないようだ』
『う……壁一枚へだてて、囚人と一緒だなんて……』
『そなたがここに突っ込んだんだぞ?』
『すみません……大変不本意ですが、もう少し我慢してください』
『黒幕は、毛皮神官かもしれぬ』

 騒ぎを煽りたてる毛皮美男の様子を思い出し、ソムニウスは囁いた。

『おのが発言の力と立場を高めるがゆえの策……にしてはかなりえげつないが』
『ああ、あいつの態度はほんと鼻につきますね』

 見目麗しい毛皮神官はあからさまに蛇の婆に罪を着せたがっていた。わざと国を分け、金蛇の一族をつぶしたいように見える。
 しかし……
 神官の貌を注意深く思い出しながら、ソムニウスは言霊を送った。

『二人目の被害者を見つけた時、あの毛皮神官の顔に、驚きがみえた。あの貌は、予想外のものを見たような反応だったな』 

 あの反応では、黒幕だとはまだ断定できない。

『ではあの神官は、この状況をただ利用しているだけでしょうか?』
『その線が強いが、第二の殺人がここで起こされる「予定ではなかった」ので驚いた、ということもありうる。しかしわからんことだらけだ。なぜにあの若妻が、第二の犠牲者になったのかとか。呼び出した神官はだれか、とか。いやそもそも呼び出したのは本当に神官だったのか、とか』

 第一の殺人は、子を失った母親が恨んでいる相手の子を殺した、という純粋な復讐に見える。
 だがレイレイの姉は、なぜ神殿に呼び出されて殺されたのだろう? 
 気になるのは、彼女が身につけていたものだ。
 国主やフオヤン神官と同じく、あの若妻は、銀狐の毛皮を肩にはおっていた……

『了解。あの若妻がなぜ標的にされたか、本当はだれに呼び出されたか探ります』
『い、いやまて。カディヤ、頼むからここに一緒に入ってくれ。私とここにいてくれ!』

 師はあわてて扉にすがりついた。後見人たるもの、この国と民の幸福と安寧を考えねばならないが、正直、弟子の身が一番の懸案事項だ。

『ソム、子供じみたことをいわないでください』
『そなたのために言っているのだっ。私が地下室にこもれば、呪いの力を具現する力は失せたと民はみなす。となれば、もう呪いは起こせぬ。つまり事件はもう起きない。だからそなたもほとぼりがさめるまで、一緒にここに――』
『暗くて狭いのがこわいのはわかりますし、私にさわれなくてイラつく気持ちはよくわかりますけど。だだをこねないでください』
「そーではなくてっ」

 思わず地声を飛ばしてしまう。しかし弟子は、師が暗闇で情けなくも震えていると思い込んで、取り合ってくれなかった。

『あなたを利用するなんて、絶対に許さない……。黒幕も犯人も必ずや、私が見つけ出します』
「カディヤ!」
『愛してます……私に花のしるしをくれる人』

 一瞬扉が青白く輝き――それから魔法の気配が濃くなって鍵穴がふさがれた。
 怒りを帯びた、颯爽とした足音が遠ざかる。

「カディヤ! だめだ!」

 背中がざわつく。夢で聞いたレヴェラトールの言葉が何度も何度もこだまする。

『そのかわり誓え。|昏《くら》き深淵の道をたどりて、この子の命を必ず救うと』
『|昏《くら》き深淵の道を……』
『|昏《くら》き……』

 高位の韻律は使えない。嵌め石は動かない。今おのれが人前に姿を現すのは不可能だ。

「|昏《くら》き道……その道を行けばいいのか? たぶん……あの道だ。で、できる。できるはずだ。うう、やるしかない!」

 沸きあがる悪寒をごくりと呑み込み、ソムニウスは腹を据えてどかりと床にあぐらをかいた。

 いよいよの、手段をとるために。

アバター
2017/08/03 01:50
藍色さま

あ、お返しいや~とか書かれてますが……
ご高覧感謝ですー><
推理要素を加えて書いてみたファンタジーです。
横溝先生テイストをめざした……つ、つもりです……w
アバター
2017/08/03 01:47
よいとらさま

ご高覧ありがとうございます><
便りないソムさんをしつけるためにはまず自分がしっかりしないとw
という感じで、カディヤは真面目でしっかりものの世話女房さんになった模様…
推理ものでいえばワトソン役?
物理的に脱出できるとよいのですが…
アバター
2017/08/03 01:46
カズマサさま

ご高覧ありがとうございます。
夢の的中率は低いと最長老に馬鹿にされつつも。
これはあたりそうな予感がしますよね・ω・
アバター
2017/07/15 12:09
弟子が優秀過ぎるのも、頑固すぎるのも、困りものですねぇ。
軽食レベルの推理要素が入っているので、読むのが一層楽しい。

互いが互いのためを思って奔走する。
考えていることは同じなのに、互いの思いが相手を縛る。
良いシチュエーションですね( ´∀`)bグッ!

(あ、愉しく読んで、楽しかった!って叫んでいるだけなので、
 お返しコメントとかどうか、なにとぞ、ご勘弁を……お気遣いなく。
 謹んで辞退させていただきます。僕が恥ずか死にます。)
アバター
2017/06/18 13:12
こんにちは♪

優秀なお弟子さんに喜んで困っているお師匠様^^;

脱獄、うまくいくでしょうか・・・
もしかして、脱出イリュージョン?

続きが楽しみです♪
アバター
2017/06/17 19:59
夢見が実現する瞬間かも知れませんね。




Copyright © 2025 SMILE-LAB Co., Ltd. All Rights Reserved.