銀の狐 金の蛇 16話 醜狐 (後編)
- カテゴリ:自作小説
- 2017/07/08 10:14:51
ソムニウスは弟子の姿を探して、ふわふわ礼拝堂に入った。
しめやかな音の塊がおのが周囲をくるくる回っている。数人の奉り人が祭壇の脇で、細い筒がつらなった楽器を奏でているのだ。
祭壇前の棺にひとりすがって嘆いているのは、若君の奥方にちがいない。
よく見てみれば祭壇にも棺にも、なんとも細かい彫刻が施されている。
(む? 狐に蛇に……ウサギ?)
祭壇の右手に狐。左手に蛇。そして下方に、ウサギの文様がいくつか彫りこまれている。
ウサギはまるで、蛇と狐に踏みつけにされているような構図だ。
動物たちの周囲を飾っているのは一面の花模様。棺にも、同じ模様がびっしり彫られている。
あのキアンファの花刺繍を彷彿とさせる文様で、実に美しい。
舟形の棺の蓋は半ば開けられていて、中にいる人の顔が見える。痛ましいことに、完全に魂がいなくなってしまったその体《ぬけがら》は、何の光も発していない。
(若いな……)
死した若君は、狐顔の母親そっくりだ。思った通り肩に銀狐の毛皮を羽織っている。腕の先には包帯が巻かれていて、傷口を見るのは無理だ。魂だけの状態というのは、なんとも不便すぎる。
(人の話を聞いて回るにはいいが、物理的には何もできぬ。声も出ぬから韻律も唱えられぬし)
これでは弟子の身に何かあっても守れない。冗談ではなくただの背後霊として、ひっついていることだけしかできないのではあるまいか。
啓示ではこの方法で事を成すべしといわれたはずなのに、どうにもしっくりこない。
――「どうか葬儀のときには、蛇の者たちもミドウに入れてくだされ」
中年の神官の声が目の前に漂ってくる。震える音源の出所は、入り口近くの柱のそば。国主と頭を寄せて話し合っている。
きつく口を引き結ぶ国主はその訴えに答えず、いらいらと若君の棺の方に目を向けてきた。
「まったく、いつまで泣いておるやら……もう少ししゃんとできんものかの」
若い奥方を見咎める気丈な国主。その目に涙はない。だがソムニウスの魂の目にはひしひしと、肌刺すような哀しみの光がその身から放たれているのが見えた。
さもあらん。一気に二人も子を失うなど、およそ考えられない不幸だ……。
国主の固い顔から発せられる言葉は、気を張っているせいで石のように固かった。
「後見どのには、ハオ婆を処刑してその悪しきみたまを浄霊したのちに、国を出ていただく。婆の怨念が残っておる状態では、またクラミチの使いの力が顕現するじゃろうからな」
(だからそんな力はないというのに)
困ったことに黒の導師は、すっかり呪い発現器とみなされてしまっている。
「さてこれで、蛇の王家《ワングシ》は完全に絶えてしまうのう。ハオは恨み言ばかりで、結局庶子も作らぬし、分家から養女も取らなんだ。昔からわらわに張りおうてばかりの、むかつくおなごだったが……こんな結果になるとはの」
「国主さま、金蛇のワングシから継承権を消すとなると、エティアの反応が懸念されまする。スメルニアに帰属する布石と、とられるやも……」
「ふん。我が家を唯一の王家《ワングシ》とするより、金蛇の本家と近しい分家を王家《ワングシ》に格上げさせるがよいと?」
「それが、無難でありましょう」
「ふむ。しかしフオヤンは反対するじゃろうな。あれは前々から、我が家を唯一の王家《ワングシ》にしたがっておるからの」
「たしかにあの方は、口を開けばハオのおばばの呪いを止めさせよ、追放せよと仰っておりましたが……」
(毛皮男の狙いはやはり、継承権くさいな。これはほぼ、黒幕確定か。しかしどこへいったのだ?)
そのとき国主がきょろきょろとあたりを見回したのは、ソムニウスと同じ疑問を持ったからだった。
「ほかの神官たちはどうしたえ? 今後の事をとっくり話しあわねば」
「トナどのは境内で葬儀の準備を監督されとります。ロフどのは非常用の倉庫を見に地下へ降りていかれました。フオヤンどのはさきほど、後見どのの弟子と一緒に水場を見にいかれました。あのとつくにの人に悪さされませぬように監視する、と仰りまして」
(あの毛皮男が、私のカディヤと?!)
弟子の愛と献身は疑わぬが、相手はただの毛皮ではない。諸悪の根源かもしれない容疑者である。弟子が狐の一の姫の娘かもしれぬと、あの者に知れたら……
(か、カディヤ!!)
急ぎ水場へいかなければ。焦るソムニウスが礼拝堂の入り口を凝視して、そこへ飛ぼうとしたとき。
「国主さまああああああ!」
礼拝堂から御魂が出て行くのを阻止するかのように、壮年の神官がおそろしい勢いで飛び込んできた。
「国主さま! えらいことです!!」
神官の後ろから、狐面をかぶった男衆たちがどやどやと入ってくる。みな挙動が変だ。
壮年の神官を筆頭に、男たちはおろおろしながら国主の回りを取り囲んだ。
「|外国《とつくに》のもんが井戸の水の出を調べる言うて、地底湖に入りまして。フオヤン様も続いて、ついていかれたんですが……お二人のお帰りが遅うございますので、守衛らに様子を見にいったもらったんです。そうしたら、温石を取る所で、ふ、ふ、フオヤン様が……フオヤン様が……」
「フオヤンがどうしたえ?」
国主が鬼のような形相で訊ねる。
壮年の神官は息をのみのみ、恐ろしいことを告げた。ソムニウスが一瞬にして、凍りつくことを。
「フオヤンさまが、殺されとりますうううっ!!」
――「うああああっ!!」
おのが肉声が聞こえる。衝撃のあまり、魂が体に戻ってしまったらしい。
頭が痛い。精霊が打った胸はもっと痛い。息をするのがやっとだが、休むと何とか動けるようになってきた。鈍重な重量感とともに底冷えのする冷気を感じて、ソムニウスは身震いした。
「なんという……ことだ……!」
頭が異常なくらい痛むが、その痛みすらふっとぶぐらいの恐怖で、両手がふるえている。
地底湖で見えたものを、正確に思い出すのが嫌でたまらない……。
「くそっ、一両日中に三人も!」
守衛たちの報せを受けた国主は、中年と壮年の神官をつれ、灯笼《ランタン》を片手に井戸に隣接する穴を降りていった。
ソムニウスの魂も、案内する守衛たちの肩にひっつくようにしてついていった。
狭い岩の階段を幾十段も降りたところにあったのは、かなり広い岩の空洞。
かつてなみなみと水をたたえた地底湖があったとひと目でわかる、「枯れ地」だった。
空洞内に水が流れ込んでいるところは見当たらず、水は上部に井戸の穴がある場所に、かろうじて残っているのみ。
貢物として贈られてきたあの温石が、かつての湖底一面に転がっていた。
『フオヤン……か?!』
『フオヤン様?!』
その丸石だらけのただなかに、毛皮美男らしきものが在った。らしきもの、としか言えないのは、その死体には肩から上についているべきものがなかったからだ。
神官の水色の装束。肩にはおった銀狐の毛皮。
それで死んでいる者がだれか分かったのである。
『なぜじゃ。なぜフオヤンまでっ。なぜ……なぜわらわの子が、次々、ケガミに喰われねばならんのじゃ!!』
その骸を目にしたとき。ついに国主が、頬に両手の爪を突き立てて取り乱した。
膝をつく二人の神官が茫然と、おびただしい血だまりの中にある遺骸を眺めおろす中。
『呪いが……まだ呪いが続いとる……』
『狐がまたひとり、殺された……また舟が増えたああああっ!』
守衛たちが、民に知らせるべく外へ登っていった。
そうして。膝をどっと地に落とした国主は、憔悴いちじるしい声でつぶやいたのだった。
『外国《とつくに》の人は……どこかえ?』
ご高覧ありがとうございます><
いちばんあやしい容疑者はミスリード、必ず退場させられるとゆう
推理ものの王道テンプレを実現してみました(おい)
いちおう伏線をめたくそばらまいているので、
最初からお読みいただけるとなおいっそう、
推理部分と、それ以上にソムさんのやばさかげんがおわかりになるかと…思います・・;
>ウサギ
ありがとうございますー><
ウサギ、ぺぺ&ピピちゃんじゃないので韻律行使まではいかないかと思いますが、
マジ泣きするかもしんないですね・・;
彼なら憤慨するか、あるいはウサギを救出せんと無駄に巧みな術を使うかするのかな……
え? え? いや、首が無いってことは偽物の死体の可能性も(ミステリ脳)
でも自身を死亡させてしまっては継承権は失われるだろうし……うーむ、何だろう。
ちゃんと最初から読むべきなんだろうか。
僕は途中参加読みも、遡り読みも、飛ばし読みも全く抵抗ないけど、うーん……。
kindle 頑張ってください
頑張って~~~!
要項などは、こちら
http://project-bigship.com/detail-wit.html
https://www.amazon.co.jp/b?node=5328916051&ref=kc_wit
>ランキングとかも審査に加味されるのかしら・・;
そこは、どうなんやろ…
うちも、事件簿を再構成して提出予定です(10月ごろかな)
カーナビは、スタイラスペンを使われたらいいかも
100均にもありますし…
うちは、無料のYahoo!のカーナビをiPhoneちゃんに入れてます。
お読み下さりありがとうございます><
一番怪しいのが消えてしまいました;
これからちょっとハラハラ? になりそうです・ω・
お読み下さりありがとうございます><
第一容疑者が殺されてますますあわわなことに…・・;
かなり心配な事態ですよね・・;
ソムニウスさんとカディアさんの目の前で繰り広げられる
跡目相続争い・・・
真の勝利者は誰なのか、目的は何なのか。
夢見の成就と合わせて気になります^^
続きが楽しみです♪