Nicotto Town



銀の狐 金の蛇 18話「トゥー」(前編)

「モノノケ……ではない? よな?」

 夢見の導師はまじまじと、その白い子供を見つめた。
 重みある肉体がちゃんとある証拠に、その子を抱えている士長は腰をかがめている。
 崩れた天井や壁の瓦礫からかばったせいか、彼は肩口にすり傷を負っていた。

「違います、魚喰らい様。トゥーと呼ぶもんもおりますが、お化けのたぐいではありません。これは時々、先祖がえりで生まれてくるもんです」
「先祖がえり? ということは、もともとのユインの民は……」
「はい。このような姿をしていたらしいです。神官様たちが仰るには、私らの先祖はウサギとのあいの子で、獣の耳がついとったそうです」
 
 男がぺちぺち、白子の頬を軽くはたく。暴れていたその子は、陥没の衝撃ですっかり気を失っていた。
 
「ウサギ……その耳のようなものは、本物か?」
「耳というより、触覚のようなもんです。ウサギのように、近づく獣の気配がようわかるようになっとるようです」

 つまりユインの民は、かつて亜人であったのだ。
 それがいまやもうすっかり、狐と蛇の血に染まっている。
 スメルニアの藍の髪と、エティアの黒い目に。

「こういうのが生まれたら、神殿の地下穴で育ててもらうことになっとります」
「そうなのか? しかしその子は、自由に動き回っていたぞ?」
「ええ。最近、完全に閉じ込めずに扉を開けて、自由にさせていたものがいたようです。おそらくは世話係のロフさまが……」
「その子の親は……?」
「国主さまです。父君は一のお方ではありませんが、代々このユインのもんです」

 無表情でうなずく士長に、ソムニウスは一瞬めまいがした。
 若君。毛皮神官。メイメイ。そして白い子。
 一体何人、国主は子を生んだのだろう。まだまだ他にもいるのではなかろうか。

「一のお方とは、国主殿の正式なご夫君のことだな? その方はとりまきの男衆の中のどなただ? あの狐面をかぶっている者どもの一人なんだろう?」
「一のお方は、三年前に老衰で身罷られました。国主様よりだいぶお年上でしたんで」

 たとえ正夫との子でも、白子は認知されぬのだろう。それにしても季節は冬で寒いのに、はだしというのはかわいそうだ。着ているものも薄い貫頭衣である。

「キ……!」

 ハッと意識が戻り、ばちりと目を開けた白子が、ばたばたもがきだした。その目の色は青みがかった銀の玉のようだ。
 士長がおとなしくしろ、と鋭く怒鳴りながらきつく抱きしめ、真っ白い子をなんとか落ち着かせる。

「上へ出たいですがこれでは無理ですね。おそらく神殿が沈んだんだと思いますが」

 ソムニウスは蒼ざめながら切れた靴紐を見下ろした。

「地下で何か起きたのだ……誰かが何か……大地を動かすようなことを……」

 ひと呼吸おき、神経を研ぎ澄ます。かすかに足元に漂いのぼってくるものがある。ほのかな魔法の気配だ。

「この匂い。この感覚……」

 これはまごうことなく韻律の余韻。音の神の御技を行使したあとにたち登る魔力の残滓が、じわじわ昇ってきている。
 この陥没は自然現象ではなく、人工的に引き起こされたもの。そう断定できるものだ。
 もしかしたら。

「カディヤが……水脈を引こうとして、韻律波動で発破をかけたとか?」

 そして今、結界は消えている。

「ままままさか、い、生き埋めになってるとか?! まずい! は、早く助けなければ!」
「お弟子さまが何かを?」
「したかもしれん! うぐあ!」

 切れた靴紐を踏んでよろけた夢見の導師を、士長がとっさに支えた。それだけでなく、無言で腰の袋から細縄を出し、切れた紐の代わりに手際よく通す。なんと器用かと、ソムニウスは感心してその作業を見守った。細縄は草のつるを編んだのだろう。まるで三つ網のような模様だ。

「助かった、すまぬ」

 どこかに這いだせるような隙間がないか、目を皿のようにして探しはじめると。士長は白子を背にかかえながら、ソムニウスが入っていた房へと這い進んだ。

「房の抜け道を見てみましょう。普段は石で嵌めておるものですが、もしかしたら取れるようになっとるかもしれません」
「おお! やはりあの嵌め石は蓋だったのか」

 暗くてよく見えないので、後に続いたソムニウスは小精霊を呼び出した。
 ぽうと光の玉があたりを照らすと、天井が斜めに落ちているのがわかった。
 立てるぐらいのところもあるが、もう片面はすっかりぺしゃんこだ。おそろしいことに、老婆が囚われていた隣の房はすっかりつぶれている。
 
「ハオのおばばには、天罰がくだったか」

 士長がいたましげにつぶやく。ソムニウスは落ちた天井側に這い寄って耳をそばだててみたが、老婆が生きている気配はまったく感知できなかった。
 
「なんてことだ……」
「人を呪わば、穴二つ」

 白子を抱える父親が唇を噛む。

「罪はおのれに返ってくる。いずれ私のもとにも……」
「ん?」

 聞き間違いかと振り向いた導師に背を向け、士長は房の隅に寄った。
 そこではじめてソムニウスは、この男が短めの刃物を背負っていることに気づいた。
 剣というより、幅広のナタのようなものだ。枝払いに使うものだろうか。何かの獣の皮にきっちりくるまれている。

「嵌め石が浮き上がっとります」

 不幸中の幸いだった。ソムニウスが持ち上げようとして断念した石の蓋が、いまや出っ張っている。床が沈んだ衝撃で、ずれて押し上げられたようだ。
 キュウキュウと不安げに鳴く白子を隅に置き、レイレイの父親は丸太をてこにして石の蓋にあてがった。

「地下に抜け穴があるのか?」
「はい。神殿の地下には、地下道があります。そこのどこかが……たぶん神殿の真下の広場の天井が、落ちたんだと……」

 広場とは、ずいぶん大掛かりだ。

「ああ、石が持ち上げられそうです。もう一本の丸太で、そちらの角を押し上げてくれませんか」

 いぶかしむソムニウスと士長、二人がかりで丸太をてこのように動せば。ほどなく石の蓋がぐぐっと上がってずれた。士長は緊張した顔をホッと和らげた。夢見の導師の小精霊の光が、人ひとりがなんとか通れるぐらいの穴を照らしだしたからだった。

「かろうじて、隙間があります。この抜け穴の先がどこまでつぶれずに済んどるかわかりませんが、分かれ道はたくさんありますんで、どこかから外に出られるやもしれません」
「分かれ道はたくさんって……抜け穴というのは、そんなにたくさんあるのか?」 

 おそるおそる聞いたソムニウスに、父親はしごく冷静に答えた。

「ええ。無数に」





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2017/08/12 02:08
ミュ☆ミュさま
ありがとうございます><!
全三十話ほどの長いお話ですが
いちおう推理モノ? ミステリ? を目指して書いたものです。
楽しんでくださいましたら幸いです…;ω;`
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2017/08/12 02:06
藍色さま

お読み下さりありがとうございます><
魚喰らいはたぶんに蔑称なのですが、それに様がついているのは
おそらく導師に対する怖れが入っているせいかなと思います。
この土地では導師がよく思われてないなどなどいろいろ前の回までに書いてますので
よろしかったらどうぞ~・ω・
穴ありすぎ…ノωノ
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2017/08/12 02:01
カズマサさま

お読み頂きありがとうございます><
穴いっぱいあるようなので大変ですよね・・:
正しい道をいけるのかどうか…
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2017/08/07 01:04
おおっ 壮大なストーリー。
前も読まないとな。
これはもうすぐお盆休みなので
前からちゃんと読みたいと思います!!!
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2017/08/05 18:05
魚喰らい様、って敬ってるんだか貶してるんだか分からない
不思議な表現だなぁと思いながら眺めてますw
遡って読んでゆけば分かるのかな?

どの話だったか、キツネとヘビに踏みつけられる兎が描かれた壁画(?)がありましたけど
それがかつてのユインの民を示していたのですね。

「抜け穴ってあるの?」
「無数に」
えっ、じゃあ、暗殺し放題なんじゃ……ええー。
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2017/08/03 06:00
さて外に行く穴が見つかれば良いですね。




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