銀の狐 金の蛇 18話「トゥー」(中編)
- カテゴリ:自作小説
- 2017/08/03 02:30:33
冷え切った風が暗い穴を吹き抜ける。ひゅおおうと、どこからか穴を通る空気が鳴っている。
ひとつところからではない。そこかしこから聞こえていて、うるさいぐらいの音の|交叉《こうさ》だ。
「細い穴がたくさんあるのだな」
「空気穴です。地上にむかってかなりの数、あけられています」
白子を背負う士長がうなずく。その彫りの深い顔を、ソムニウスの小精霊の玉が照らしている。
無表情。
故意にそうしているのだろうか。内にどんな感情を秘めているのか、読めない。
「なんだか、果てしなく穴の回廊が続いているように見えるのだがー」
「表の|邑《むら》はあれだけですが、穴は山全体に広がっとります。昔々、生粋のユインの民は、みなこの穴に暮らしていたそうです」
「山全体?!」
幸い、降りた穴は神殿の沈下によって完全にふさがれていなかった。それどころかすぐに分かれ道に出くわし、少し道なりに進むと長い穴道に出た。小精霊が、ずらりと並ぶ無数の穴を浮かび上がらせている。
ただ左右にあるだけではない。上部にもいくつもおびただしく穴があいている。その「穴だらけの壁」の高さは――果てしない。
見上げたソムニウスは目をみはった。これは山の頂上まであるのではなかろうか。
「ここは穴回廊です。広場と同じく穴と穴とを結んでいるところです」
「きれいな穴だ」
穴の大きさは測ったように一律均等。間隔も一定。さわってみれば、きれいなつるつるとした石壁だ。
みるからに手掘りではない。おそらく今はもう現存しない、太古の超技術――掘削機械の類を使ったのだろう。
穴回廊から再び分かれ道に入った二人は、ほどなく沈下した神殿の瓦礫で行き止まりになっているところに行き当たった。
ソムニウスは小精霊に匂い袋の匂いをかがせて飛ばし、弟子の姿を探した。神殿のきわのぎりぎり周囲にいて、紙一重で陥没から逃れていてほしい。そう切に願いながら。
しかし小精霊は、しきりに埋まってしまった神殿の下に行きたがる。
白子を背負う士長はそこに隙間がないか調べたのち、頭を横に振った。
「別の穴から入って隙間を探しましょう」
二人は後退して穴回廊へ引き返し、他の穴からまた、陥没箇所に行きついた。
瓦礫で埋まったところを調べた士長はまた、ため息混じりに首を横に振った。
ソムニウスの小精霊は変わらず、瓦礫の下へとしきりに行こうとする。
こうしていくらもたたぬうち。師はおそろしい事実を認めざるをえなくなった。
(カディヤは、つぶれた神殿の下にいる!)
状況的には最悪。しかしかすかな魔力の気配がまだ、立ち昇っている。結界を維持するほどの魔力ではないが、「生命反応」は感じられる。
すなわち弟子はまだ、確実に生きている――
(急がねば)
穴回廊に戻り、別の穴からまた沈下の場所へ向かおうとしたとき。
ソムニウスたちは、ばたばたと狐面の男衆が太い穴道を走っていくのにでくわした。
「大変じゃあ! 水神さまの神殿が潰れたぁっ」
「えらいこっちゃ、いったんみんな寄り合い所に避難するんじゃ!」
「馬を駆っていった国主様に知らせるんじゃ!」「急ぎつかいを出すべえ!」
これは願ってもない好機だ。呪いを起こす導師が外に出たことを目撃させれば、弟子への容疑はなんとか晴れる。
ソムニウスは声を出して手を振り、男たちを呼び止めた。
とたん。
「ひいいい!?」「クラミチの使いが出てきよった!」「くっ、くるなぁ! こっちくんなぁ!」
「あ……お、おい! 待ってくれ、私が外に出たことをみなに伝えてくれ!」
導師の姿を見るなり、男たちは顔面蒼白。きびすを返して逃げていった。
ソムニウスは唖然と彼らを見送ったが、これで「黒の導師が地下房から出ている」、という事実は集会所で語られるだろうと確信した。
「む? 士長どの?」
ふりむけば、白子を背負う士長が穴壁の影に身を潜めている。
(なぜに隠れている? まるで姿を見られたくないような……)
首をかしげつつも。そこでようやく、夢見の導師はハッと思い出した。
「そ、そういえば神殿の中にはそなたの妻子がいた。すまぬ、カディヤのことで頭いっぱいで失念していた」
「存じております」
あわてて言えば、士長はしごく冷静にうなずいた。
「娘が――メイメイが殺されたことも把握しております」
削ったところに石を当てて補強したのではなく、石そのものを掘削したのかな?
意外とコンクリの壁だったりしないかなぁ……あれはツルツルはしないしなぁ。
規格のしっかりした建築というところに、高い技術を感じます。
それが何で、被支配身分になってしまったのか……。
ソムニウスの「きれいな穴だ」に、士長さんは何を思ったのだろう。
メイメイさんが死んで、母親や妹が嘆き悲しむ場面が少し前にありましたけど、
あの場に父親の士長さんはいなかったのか。
ソムニウスさん、弟子の事で頭がいっぱいなのか、白子を見られたらマズイのも
忘れちゃっているのかな?