Nicotto Town



銀の狐 金の蛇 18話「トゥー」(後編)


「家族の安否を確かめなくてよいのか? そなた、心配だろう?」
「いえ、ほかの男衆があのように動いておりますんで大丈夫でしょう。私は魚喰らいさまを手伝います」
「しかし」
「大丈夫です」

 なぜか士長はかたくなに、家族のもとへ行くことを拒んだ。

(そういえば若君が殺された夜も、この男は家族には会わずに現場に戻った……なぜだ?)

 首をかしげたくなる反応だが、正直彼の同行はありがたい。 
 士長は再び神殿へ通じる穴のひとつに入っていく。ソムニウスは身をほんのりかがめて、後に続いた。
 穴自体の高さも幅も、そんなに高くて広いというわけではない。小柄な者が使うにちょうど合うような大きさだ。背が高い士長の頭は、こすりそうなぐらい天井とすれすれである。
 ソムニウスは士長が背負っている白い子をまじまじと眺めた。
 
「この穴、小柄な者が利用するのにちょうどいいんじゃないか? もしかして生粋のユインの者は、この子ぐらいの大きさなのでは?」
「そうですね。この子はうちの下の娘と大して変わらん年だったと思います。十七歳ぐらいでしょう」

 幼児のような体型の白子を見れば見るほど、なるほどと思える。
 ユインの先祖がウサギまじりという伝承は、嘘ではなく真実かもしれないと。
 太古の昔。大陸は超技術で栄えていた。
 人々は星船で別の天体へ行き、手足を自由自在に付け替えることができた。
 おのが姿形を変えるだけでなく、ほかの生物の設計図なるものを人に組み込み、さまざまな種族を人工的に生み出したともいわれている。
 ウサギは穴を掘って巣と成す。それと似た習性が生粋のユインの民にあったとなれば、生粋のユインの民はおそらく、大昔にウサギとかけ合わせて作られた人工種――かもしれない。

「まさにウサギ穴。って、ああ……この白子はこの穴道を利用して、あちこちに出没してたわけか」

 ソムニウスが納得してぽんと手を打つと。士長はこくりとうなずいた。

「そうでしょうな。最近トゥーがあちこちの家に出るという噂がたったもんで、この子が放し飼いにされてるのを知ったんです。穴の出口はいたるところにありますんで、この子はどこにでも行けたでしょう」

 どこにでも。
 穴回廊を目にしたあとでは、納得しきりだ。
 つまりこの白子は穴道を移動して、レイレイの家や神殿を行き来していた。そしておそらく毛皮神官が首をなくした惨状を、この目で見てきたのだ。

「そなた、フオヤンを殺めた犯人の姿を見たか?」
――「ケケケ。ヒトツミチ」

 しかして期待して聞いてみれば、返ってきた答えはそれだけだった。

(知能は危ういのかもしれん)
 
 白子は手ぶらで返り血ひとつない。人体を切り離すような力技はできない、華奢な体つきだ。
 殺人鬼は今国主たちに挟撃されているはずだから、この子自身が犯人とは考えられない。
 しかしこのように、地中に穴が無数にあるとなると。

「もしかして井戸から闇森へ通じる穴も、途中で分かれ道が無数にあるのか? 国主たちが今そこに殺人鬼を追い込んでいるんだが……」 

 不安に駆られて今度は士長に問うてみると、鉄面皮の人はソムニウスが安堵する言葉をくれた。

「ええ、ありますね。ですがあの抜け穴の分かれ道は、すべてふさがれています」
「ふさいだ?」
「狐と蛇が来てから、ユインの民は穴に住まなくなりました。だから穴ぐらは、閉じようということになったらしいんです。でも埋めるのは大変でして、閉じられたのはあの水場から闇森への穴道だけです。だから穴道はほぼ、昔と同じままですね」
「そうか。それはよかった!」

 この穴道は今でもユインの民に使われている。となると、殺人の容疑者は数知れない。
 狩に行かなかった者が若君を殺すことも、狩の現場にいた男衆たちがこっそり邑に戻ってメイメイを殺すことも、不可能ではない。
 しかし犯人は、わざわざ分かれ道がふさがれている穴に逃げ込んでくれた。
 飛んで火に入る夏の虫のように。

(犯人が一体誰か、これで確実に分かるぞ。カディヤを助け出したあと、そやつをなんとか自白させるところまでもっていければ、大団円だ!)

 祈りながら瓦礫で塞がれているところにいきついたソムニウスは、がっくりうなだれた。
 ここにも、下へもぐりこめそうな隙間は見当たらない。ためしに瓦礫を手作業でどけてみたが、気が遠くなるような作業だ。しかも下手に抜けば、上に積み重なっている建材がさらに沈みこんでしまう。

「くそ!」

 手をついた床はなめらかで、冷たかった。
 きれいに掘られた穴。太古の昔。きれいに掘られた……

「何か。何か掘るもの……ここを掘れるものが要る! す、スコップ! いや……いやこの、この」

 夢見の導師は、つるりとした床にばんと手を打ちつけた。

「この穴を作った機械とか!」
「ありますよ」

 士長からいともあっさり答えが帰ってきたので、ソムニウスはえっ? とたじろいだ。
 白子を背負う人はこちらです、と何食わぬ顔で穴回廊へと引き返し、はす向かいの穴にいざなう。

「今見たあそこを掘りましょう。あそこなら、上ものがあまり重なってなくて掘りやすい」
「掘りましょうって……え? 穴回廊を作った機械が? 本当に? まだあるのか?」
「ええ、あります」

 鉄面皮の士長は、眉ひとつ動かさずに今一度、さらりと答えた。

「|集会所《フイチャング》の地下に」

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2017/08/07 10:56
藍色さま

ご高覧ありがとうございます♪
>お弟子さんの無事が第一すぎて
くつひもに象徴されるように
カディヤがいないとソムさんの全ステータスおよびコスパはものすごく低下します。
(カディヤを心配するだけになるw)
ソムにとってはカディヤがすべてなのです。
世のため人のために何かするとか、そんな高潔な考えはまったく微塵もありませんw
我が子大事。ただそれのみ。

機械、どんなものなのか。
まだ使える、という意味はなんなのか。
次回からユインのナゾに迫ります。

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2017/08/07 10:42
よいとらさま

ご高覧ありがとうございます♪
機械、士長さんという地位にあるから知っている情報なのか、
はたまた…?
大昔に穴を掘った機械がまだ稼働OKというそのわけは……
次回から色々、ユインのナゾが分かってきそうです。
 


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2017/08/07 10:24
カズマサさま

ご高覧ありがとうございます♪
レイレイのお父さんはかなりデキる人っぽい?ような雰囲気ですよね。
おっしゃる通り、士長という地位にいることからも、いろいろ情報を持っていそうです。
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2017/08/05 18:19
士長さんの頑なさの奥にあるものを、まあ良いか助かるしで脇に置いちゃうソムニウスさん。
いやいや、ダメでしょ(-_-;)
お弟子さんの無事が第一すぎて、色々放置しすぎじゃありませんか?
いや、そういうお人なんでしょうけど……もだもだする。

機械の在り処も、利用目的も、使用方法も理解している士長さん。
ふむ……。こういう知識をもっているのは彼だけなのかな?
しかも、その機械が使えるってことは、定期的にメンテナンスされているのか……
何のために?
気になるなぁ。
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2017/08/04 10:27
おはようございます♪

お弟子さんの姿を求めて穴道を下へ下へ。

だが、道がない。
ないなら作ろう、掘りましょう^^
穴の抜けた先にあるものは・・・

しかし、えらく丈夫で長持ちな機械ですねぃ。
機械に銘板があれば見てみたいです^^
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2017/08/03 06:08
この男の人、何かを知っているかも知れませんね。




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