銀の狐 金の蛇20 導きの夢(中編)
- カテゴリ:自作小説
- 2017/08/14 14:25:09
『会いたかった。ずっと会いたかった。そなたが来るのを、ずっとずっと待っていたんだよ。ああ、そんなにおびえないで。天使に会わせてあげるから』
見目良いその人はそう言った。ほんとに会わせてくれるのかとおずおず聞き返したら、晴れやかな微笑みを向けてくる。
そうして、抱っこされた。まるでお姫様のように。
『本当さ。とてもきれいな赤い服の天使だよ。きっとそなたは、もう何度も夢に見てるだろう?』
何で知っているのだろう? 驚きで声が出ない。黒き衣の導師というものは、なんとすごい。すべてを見通す力を持っているのか。
『その天使は本当に降りてきて、そなたの腕の中で羽を休める。しばらくしたらまた飛んでいってしまうが、ひとときの間、そなたを幸せにしてくれるだろう』
飛んでいってしまう? それは、いやだ。
黒い衣をつかむ。声を絞り出して聞いてみた。天使とずっと一緒にいるには、どうしたらいいのかと。
『私のものになったら教えてあげるよ』
――『なるから教えて!!』
とっさに答えたけれど。この人のものになるというのは、どういう意味だろう?
でも何をしたってかまわない。あの赤い服の美しい天使を失わないですむのなら。
天使の夢は、母が死んだその日に初めておりてきた。
桜の木の下で、軍服を着た男たちに呪い腹とののしられながら、母が殺されたその夜に。
それから何度も何度も、視た。美しいその子は腕の中に舞い降りてきて、心臓をえぐってくる。なのに心臓を失くした自分を、やさしく抱きしめてくれるのだ。
本当にその子が来てくれる? でもいつか、どこかにいってしまう?
それは、絶対いやだ。
一度得たものを失うなんて。
『じゃあ、教えるからよく聞きなさい。まずはな、狭い穴からしぼりだすんだ』
穴からしぼりだす? 何を?
『そんな疑うような顔しないで。ぎゅうぎゅう出したら、次は魚をさばく』
さばく? 料理をすればいいのだろうか?
『がんばらないと、天使が魚にぱっくんされる』
ふざけてるの? とふくれっつらをしたら。
いやいや、まじめに話しているよと耳元で囁かれた。
吐息がとても暖かい。耳たぶに唇が触れているような気がする……。
『魚を焼いたら、大きな水樽の栓を閉めるんだ。放っておいたらあたり一面、舟がたくさん浮かぶぐらいになってしまうからね』
水を垂れ流すのはたしかにもったいない。これは炊事の話? でも、舟がたくさん浮かぶ?
それは死ぬ人がいっぱい出るということだと、だれかが言っていた……。
『ああ、棺は舟の形だものな。でも本物の舟の方だよ。とにかく栓を開けっぱなしにしてたらだめだ』
大きい水樽は、どこにあるのだろう?
『そこへはウサギが導いてくれる。だれが栓を閉めるか、問題はそこだな。天使が閉めなければ、そなたの望み通りになる』
やっぱりふざけてる。ウサギが道案内だなんて、まるでおとぎ話だ。
頬をますますふくらませたら、見目良い人は笑いながら、頭に口づけを落としてきた。
『さあ、約束だよ。ちゃんと教えてあげたんだから。おいで……私のチル』
「魚喰らい様! 大丈夫ですか?!」
「う……」
肩をひどくゆすられて、ソムニウスは夢から覚めた。
「――っ……!」
身を起こすなり、こめかみがずきずき痛む。包帯を巻いた頭を抑えるおのれを、白子を背負っている士長が心配げに覗きこんでいる。
一角獣が掘った穴に身を投じた直後、見事に着地に失敗した結果、意識が内側に入ってしまった。
なぜなら床までは、かなりの高さがあった。とっさに手をつこうとしたのに、悲しいかな、四十肩の身体能力では間に合わなかった……らしい。
夢に亡き師が出てきたのは、彼の事を思い出していたせいだろう。
『おいで』
「か、カディヤ! どこだ!」
微笑む師の言葉をふりはらうように頭をぶるぶると振り、暗闇の中で叫ぶと。おのが声はびりっとした変な音となってあたりに伝導していった。
(まずい。崩れるかもしれん)
一角獣《ユニコーン》で開けた穴からすべりこんだそこは、もとは大きな空洞だったようだ。
それがいまや、上から落ちてきたものに埋まりきるのをかろうじて逃れている状態になっている。細長く丈高い石碑がいくつも林立しており、落ちてきた神殿をなんとか支えているのだ。
雪崩と同じ現象が起きるのをおそれ、ソムニウスは弟子の名を叫びたてるのをぐっとこらえた。
「柱のようだ」
幾本もある石碑は、陥没で埋もれていたり折れていたり。その石碑で押しとどまっている瓦礫から、神殿の建材のかけらがちりちり落ちている。
地はひび割れてそこかしこ浮き上がっており、モグラ穴のごとしだ。
空洞の中央は上下を狭められ、這いつくばらないと中へ進めない。
「ここは大昔に、今の集会所《フイチャング》の役割をしていたところと聞いております」
匍匐《ほふく》であとについてくる士長がヒソヒソ囁く。彼もこれ以上の陥没を警戒しているようだ。
「つまりここは、いにしえの広場か」
「ええ。どの穴からも行きつけるよう、入り口は数十ありました」
なるほど無数の穴道と繋げられているゆえ、壁の部分が少ない。だから天蓋を支える力が弱いのだ。
そんな構造の穴の真上に、神殿がかぶさるように建てられているとは……
(危なっかしい構造だな。わざわざ正殿を空洞の上に、とは)
石碑群がなければ、ここはぺしゃんこになっていただろう。
ソムニウスはその、なかば埋もれた石の造形物の美しさに目を奪われた。
びっしり配された精緻で細やかな浮き彫りは絵文字で、精霊の光で照らさなくともそれ自体が発光している。
黄色に近い緑。桜の花のような桃色。空を凝縮したような青。太陽のかけらのような橙色。
暗い穴倉の生活からはおよそ想像できない、鮮やかな色だ。
光を発する絵文字は全体的に丸みをおびており、縄を編んだような形や花のような形、何かの生活道具のような形などが、四つほど集まってひとつの文字を成している。いままで見たことのない形式の文字だ。
奥に何か、台のようなものが据えられているのがかいま見える。
ほとんど瓦礫に埋もれているあれは……。
「水神様の従属神たちの祭壇です」
士長が器用にソムニウスの視線の先を読んだ。
「神官さまたちは毎日、ここにも降りてきてお供えをしておりました。上の主祭壇と同じように」
「周りを石碑に囲まれていたようだな。そなた、光る絵文字が読めるか?」
「いいえ。たぶん神官さまならお分かりになると思いますが……」
(従属神? だが、こっちの神の方が古いんじゃないか?)
光る文字にそっと触れると、なんと幻像が出てきた。白子とそっくり同じ容姿の人々が数人、祭壇に向かってかしづき、祈っている姿が映る。しかし陥没によってこわれてしまったのか、音声は出なかった。
「これが、本当のユイン……」
ご高覧ありがとうございます。
うまいこと事件を解決できるとよいのですが……・ω・`
ご高覧ありがとうございます。
耳はむはむ…すごくおいしいんだと思います・・;
たぶんさりげなくお口にちゅうとかもしてるんじゃないでしょうかこれ。
まじで箱につっこんでますし(遠い目)
古い神を征服神の従属とする。という方式はいわゆる鎮守であります・ω・
流石ですね(遠い目)
耳をはむはむうと食べちゃいたいくらい可愛いんですね、分かりません。
古の堂の上に神殿、ですか。
ふむ……まるで痕跡を隠そうとしたか、或いは封印、墓の上にビルを建ててやるって感じですね。
文字通りの上塗り。上書き。ふむー……。
本来あるべき、ヘビとキツネによって秘匿され、圧殺されたユインの民の痕跡が、
今後どのように絡んでくるのか楽しみですー。