Nicotto Town



銀の狐 金の蛇20話 導きの夢(後編)

 地表の木造の家も、そこにほどこされた彫刻もそれなりに立派なものだ。
 しかし高性能な一角獣や美しく光る碑文の技術には及ばない。

(あれはエティアやスメルニアの文化が入り混じったもの。いや、退化したものの寄せ集めだ。この古い文化が失われてしまったのは惜しい)

 ソムニウスが差し出す匂い袋をくんくん嗅いだ小精霊が、しばし穴があるところをうろうろしたのち。わずかにあいた穴のひとつから、サッと下へ入り込んだ。
 
「おお、見つけたか!」
「魚喰らい様! お待ちを!」

 士長が呼び止めるが、急いた心は体を止められなかった。穴に体をむりくりねじこんでみれば、そこは非常に細く、周囲はごつごつとした岩でほとんど埋まっている。それでもなんとか下へいける。

(なんだこの穴は。狭すぎる! ぎゅうぎゅう絞られてるようだ。しぼ…… う? しぼる?!)


『狭い穴からしぼりだすんだ』

 
「ええっ?! これまさか、夢で見たやつか?!」

 突然、ずるりと周囲がやわらかくなった。
 湿り気が感じられたとたん、体がずるずる引きずりこまれる。冷たく濡れたその土のごとき壁に、なんと水が染み出している。

(うあ! しぼり……だされる!)

 入ったときとは裏腹に、体が恐ろしい勢いで滑り落ちた。
 匂いを追う精霊の光が、足先で淡くぼやけている。
 湿気のせいだと気づいたとき。どぶりと、ソムニウスの体は液体の中に放り出された。
 いったん完全に沈んだわが身を、岩壁にがつりと手をついて浮き上がらせると。精霊の光がぎゅんと向かいの壁に飛んでいくのがみえた。
 
「泥水か。にごってるな」

 見渡せば、上の広場とほぼ同じぐらいの広さで、水深がかなりありそうだ。
 上にかろうじて空間があるていどで、天井がすぐそこに迫っている。まったく足はつかないし、なんだかじわじわ水かさが増している気がする。
 向かいの壁の近くで小精霊がぴたと止まり、ぐるぐる旋回し始めた。
 精霊が放つ光の渦の中心。そこにあるのは……

「かっ……カディヤ!?」

 白い右手――

「カディヤあああああっ!!」

 ソムニウスはがむしゃらに泥水をかき分け、そこへ近づいた。
 だれのものかひと目で分かる、その手のもとへ。
 明るい光に照らされて、アマルサで染められた爪が煌めいているところへ。
 真紅の爪の手は、天井に向かって突き出されていた。
 まるで助けを求めるように――。




「カディヤ! 目を開けろ! カディヤ!!」

 やっと腕の中にとらえることができた弟子は、意識がなかった。

「頼むから、目を開けてくれ!」

 小精霊のまばゆい輝きが、弟子の土気色の頬を照らす。
 天に飛びかけた意識を引き戻したのは、ソムニウスの呼び声だろうか。それとも口づけだろうか。
 何度も何度も唇を重ね、息を吹き込んだ末に。

「う……そ……む?

 ひくりと動いてくれた愛《いと》し身に、師は大きく安堵の息を吐いた。

「よかった……! カディヤ。カディヤ! 大丈夫、もう大丈夫だからなっ」

 しかし。息を吹き返した弟子の顔は喜びには染まらず、その目が大きく見開かれた。

「だ……め! ここは、危険ですっ」

 危機は去っていない、とばかりに、弟子はソムニウスの腕の中でおののいた。

「埋まります……ここは、埋まります。水が……ここ、水が、せりあがってきてるんです」
「そのようだな。早く抜け出さなくては」
「出口は下にあります。もう、水に埋まってしまって……」

 げふげふと咳き込みながら、弟子は師の胸にしがみついた。

「ああソム……ソム……会いたかった!」

 甘え声が、薔薇色を取り戻した弟子の口から漏れる。

「抜け穴が下にあるならば、結界を張ってもぐればいい」
「無理です。空気を固めた結界の進行速度では、逃げ切れません」
「む? 逃げ切れない?」
「魚が、いるんです」
「あ……さ、魚?!」

 ソムニウスが啓示を思い出すと同時に、どぶりと、泥水の水面に何かが浮き上がってきた。
 巨大な魚のひれのようなものが一瞬見えた瞬間、大量の泥水の波が押し寄せてくる。

「ひ!? ちょっとまて、で、でかい!」
「かなり獰猛です。食われそうになったので必死で逃げたら、尻尾ではじかれて……」
「それで気を失ったのか」
「あの魚、この水と一緒に飛び出してきたんです。たぶん、ここからさらに地下の、大きな水だまりに棲んでいたんでしょう」
「この水、そなたが韻律で発破をかけて引き出したのだな? なんて無茶を」
「いいえ。私ではありません」

 弟子は弱々しく首を横にふり、師の黒き衣をぎゅっと握りしめた。

「ここは、神殿の井戸と同じような水場です。入り口は結界で封じられていて……それを崩して入ったら、すっかり枯れてしまった泉がありました。その真ん中に、ついさっきまで大きな岩の蓋が嵌まっていたんです」
「蓋、だと?」
「私がここに入ってきたとき、蓋は韻律で割られた直後でした。もう一方の出入り口から、だれかが走り去る靴音がきこえました……割ったのは、きっとそいつ……韻律を扱えるだれか、です」

 蓋を割った、ということは。
 たちまち眉間にしわを寄せる師に弟子はうなずき、言葉に怒りをこめた。
 
「そうですソムニウス。だれかがここに岩で蓋をして、ついさっきまで泉を枯らしていたんです」

 突如、泥水の水面が盛り上がる。

「地下にはこんなに豊富に水があるのに。だれかがわざとここで、水をせきとめていたんです。もっと上の水場に、水がいかないように!」

 ごばあ、と音をたて、巨大な魚が今度は頭を出してきた。
 大口を開いて、魚が師弟に迫ってくる。その口には無数の歯がずらりと並んでいた。
 サメよりも尖っている鋭い歯が何百と。喉の奥まで、生えていた――。

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2017/08/23 06:51
よいとらさま

お読み下さりありがとうございます♪
食べでがありそうなのが出てきました・・;
まよねいずソムさん…ノωノ*
さかなさかなさかな~
さかな~をたべ~ると~
夢見の通りになっていくのかならないのか、
お魚さんとばとる、がんばります。

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2017/08/20 11:04
おはようございます♪

無事に(?)師弟は再会しましたが、
状況の難易度はさらに上がっていますねぇ^^;

絞り出す・・・
わさびかマヨネーズ?
魚をさばく・・・
そうだ、出刃包丁をそろそろ研がないと。砥石も新しいのがほしいな。
焼く・・・
蓋をする・・・
今夜は魚の蒸し焼き♪


食うか食われるか、巨大魚をどうさばくのか。
続きが楽しみです^^
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2017/08/19 20:53
藍色さま

お読み下さりありがとうございます♪
合流したけれど危機>ω<
なにげに夢見の通りに進んでいく現状…
お魚をさばいた先には何があるのでしょうか・・;
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2017/08/19 20:52
カズマサさま

お読み下さりありがとうございます♪
とりあえず夢の啓示のとおりに対応するしかなさそうですが、
それでうまいこと脱出できるのかどうか…ちょっと心配です・・;
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2017/08/14 22:05
ようやっと、師弟が再会できましたね。
良かったですねぇ、ソムニウスさん。と、言うにはまだちょっと早いのか。
再会を喜ぶには、色々と問題が山積みのご様子ですね。

水枯れの原因が判明したところで、襲い来る「魚」。
弟子の目の前でかっこいいところを見せられるのか? 頑張れソムニウスさん。
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2017/08/14 22:05
脱出方法は、ソムニウスさんが知っているのですが、どうにやって脱出するのですかね。




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