石物語 もう森へはいかない①
- カテゴリ:自作小説
- 2017/08/19 00:05:43
Nous n'irons plus au boisⅠ
(もう森へはいかない①)
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「ほんと、うちのご主人さまは超奥手よねー」
窓辺で寝そべる長毛の猫がぼやきます。その首には、蒼い石が嵌っている首輪。
「今日も贈り物をこっそり召使いにことづてただけで、恋文はなし。あれじゃいつまでたっても……」
「仕方ないです。はじめて贈り物を手渡したとき、露骨に眉をひそめられたんですよ? あれではもう、直接渡せませんわ」
「そりゃあね。顔半分仮面で隠してる人なんて、怖がられるだけよねえ」
「それに今はもう、簡単に会えないお人になっておられますし」
「それが不思議だわよ。な~んで、あんなぱっとしない娘があの館に入れられたのかしら」
猫はよく、蒼い石である私に話しかけてきます。彼女のお気に入りの場所はころころ変わるのですが、昼下がりの今は庭園がよく見える窓辺が定位置。柔らかく暖かい日差しが差し込んでくるからでしょう。
「まあ、ご主人様は夜通しあたしを撫でてたらいいのよ。美醜を気にする人間の女なんか忘れてね」
私と同じオリエンテ生まれの、毛並みの長いめずらしい猫。
彼女は決して自分からご主人さまに寄っていきません。いつも艶やかに寝そべって、相手が撫でに来てくれるのを待っています。こんなに気位が高いのは、もともとはこの国で一番強い女性のものだったからかもしれません。
その貴婦人は国王陛下にこの猫を献上なさいました。でも実のところ陛下は、猫はあんまりお好きではなかったみたいです。たしかに狩猟には連れてはいけませんし、犬のように尻尾を振ってじゃれついてくる愛想もありませんから。
そのために猫はもとの持ち主には内緒で、見事な奇術を披露したご主人さまに与えられたのでした。
『ポンパドゥールには黙っていてくれ』
この百合紋の国で一番の女性といえば、王妃さまであるべきなのですが。
宮廷はポンパドゥール夫人と呼ばれる御方の権勢著しく、彼女のお色一色に染められております。
美貌と知性の両方を兼ね備えたかの夫人は、陛下のお気に入りの公妾。宮廷の花となるだけでは満足せず、なんと枢密院にも顔を出し、見事に執務をこなすほどの才媛です。
賢いあの御方は陛下のご機嫌をとるのが本当にお上手で。それゆえに陛下と夜をすごすことがなくなった今もなお、いえ以前よりもまして、陛下は夫人を重用なさっておられるのでした。
「どうせなら、そんなすっごぉ~い、あたしのもとご主人さまに恋したらよかったのよ」
猫がけだるげにぱすんぱすんと尻尾を叩きます。
「高嶺の花過ぎて、振られるのは当然って相手だもの。たんに憧れてるだけで済んだでしょうね。なのに手の届きそうな町娘にいれあげちゃうから、辛くなるんだわ」
猫がのんびりぼやくそばで、ご主人様はため息をついてお部屋をいったりきたり。
「ああ、可哀想なブランシュ……」
そして時計が五時を指しますと、黒い魔術師の外套をはおり、仕事道具の大きなカバンを抱えて部屋から出ていかれました。
猫は目をうっすら細めて、窓の外を眺めました。景色は整然として優美。真ん中に大水路が通る広大な庭園は、夕日に暮れなずんでいます。ほどなくご主人さまが紺色に変わってゆく空のもと、庭園の奥へ進んで行かれる姿が見えました。
あの森の向こうにあるのは――
「ああ、ご主人様がせめてひと目、ブランシュさまのお姿を見られますように」
私が祈りますと、猫はふふんと鼻で笑いました。
「あんたが祈ったら叶っちゃうわよ。やめなさいよ、それでまた、ご主人さまは苦しむわよ~?」
「そんな……」
恋する人のお姿。それはこの世で一番見たいものではないでしょうか? なのにご主人さまをおつらくさせるなんて。
毎日祈り、宝物をたくさん呼び寄せているのに、私はご主人さまを幸福にすることができないでいます。ならばと願ったことでしたが……。
「アルテュール! いるか?」
ご主人さまの部屋にいきなりどなたか、入ってらっしゃいました。すらりと背の高い中年の貴公子。宮廷でご主人さまに何かと目をかけてくださる、ルジャック候爵さまです。
と同時に、庭園の彼方からどん、ぽぽん。火薬の弾ける音がしました。
ほとんど日が暮れた茜色の空に、黄金色の花が咲き誇ります。
「あちゃ。あいつ、花火の仕掛けのところに行ってしまってるか」
空に広がる花火は、ご主人様が打ち上げたもの。
庭園に広がる森の中には広場があります。ご主人さまは毎晩、そこに荷車に何台分もの筒を並べさせ、火をつけます。飛び出す花火は庭園の空を彩り、宮殿に住まうやんごとない方々を楽しませているのですが。
「じゃあ待たせてもらうか。お邪魔するよ、マドモワゼル」
候爵さまは窓辺の猫に片目をつぶり、ソファにどかりと腰を降ろしました。
どんぽぽんどんぽぽん。
花火はまだまだ上がります。
「うは。きれいだなぁ」
候爵さまは感心しきり。
「ふふ、あっちの娘たちにも見えてるだろうね」
「そうね~、ここからよりもあちらの方が近いもの。きっとよく見えるわ~」
私が頭に浮かべたのと同じ答えを猫があくび混じりにつぶやきました。
天にちらばる光の花を見ているのは、宮殿にいる人たちだけではありません。
ヴェルサイユの庭園に広がる森の奥深くには、世間から秘された館があります。
「鹿の園」と呼ばれるその館は、あのポンパドゥール夫人がひとりの狩人のために用意したもの。
館には、市井から集められた美しい娘たちが住まっています。
娘たちは牝鹿と呼ばれ、夜ごと忍んでくる狩人に狩られるのです。
いまや夜を共になさらなくなったポンパドゥール夫人は、かような形で狩人たる方――国王陛下を大変満足させてらっしゃるのですが。
ご主人様の想い人は今、まさしくその「鹿の園」に入れられてしまっているのでした。
一頭の、美しい雌鹿として。
サークル幻想断片 創作企画
石物語 Les Histoires des Pierres
石物語 第二期 公式サイト
http://cherspierres.blogspot.jp/
魔術師の想い人まさかの館に・・
いわゆる大奥的なことですよね。
狩人がいつも王様一人とは限らないんだろうし;;
続きを早く読みたくなりました!
お読み下さりありがとうございます♪
オペラ座の怪人、ノートルダムの鐘などなど不具の人の切ないお話が思い浮かびますが、
アンジェリクはフランスだったでしょうか、あれも旦那さまがお顔に傷があって
主人公がえらく落ち込むお話でした(でもあとで相思相愛にー)
このお話もできればハッピーエンドにしたいです。できれば…ノωノ
そしてそんな風には思わせない軽快な語り口がみうみさんの人柄を忍ばせます
続きも楽しみにしています^^
それも子孫を残す上での暗黙の知恵なのでしょうね
でもその反面、小人と黒人がウケました
人間というよりもおもちゃとして可愛がられ珍重されたようです
雌鹿の想い人はどんな方なんでしょう〜
ご訪問ありがとうございます♪
モーネさんたちのお話楽しいですノωノ
石物語も今度拝読しにいきますね。
お読み下さりありがとうございます♪
はい、王様ひとりのための娼館ですノωノ
ポンパドゥール夫人の地位を脅かさないよう町娘など身分の低い人、
さらに王様が病気に感染しないよう清らかであることが条件だったらしいです。
ご主人様、せめて思いが届くとよいのですが・ω・`
悲劇になるのかハピエンになるのか。まだわかりません。
お読み下さりありがとうございます♪
ポンパドゥール夫人は自分の地位が脅かされないよう身分の低い子を、
そしてルイが梅毒にかかるのを怖がってたので清らかな乙女を選って入れてたみたいですが
念には念を入れて「毒見役」さんが二重三重にいたとか…()
ここらへん清朝も見習えばよかったんじゃないかなぁと思う次第です(何の話ぢゃw)
お読み下さりありがとうございます♪
ですです、私、書いていくうちに設定が固まるタイプ…・・;
詳細に設定を決めてしまうと、それで満足して書かなくなっちゃうのです・・;
エンデさんが自分のファンタジー作品には大層なメッセージ性みたいなものはなくて
ただの謎解き遊びなんだというようなことをおっしゃってましたがまさにそんな感じで、
この人どんな人? この世界何? を知りたいために書いて探っている感じです。
お読み下さりありがとうございます♪
ロワさんからフランスの王さま、というプロットをいただいたので
だれにしようかなぁとるんるんしながら15世を選びました。
やはりブルボンはフランスの王朝の中で一番華やかですよねノωノ
鹿の園の牝鹿さん、王様のものなので今は手が届きませんが…
なんとかなるといいなと思います。
お読み下さりありがとうございます♪
猫さんいろいろ達観してそうな…ノωノ
およみくださりありがとうございます♪
ポワソン試し読みしてみました~ノωノ
王さま二枚目すぎw
そしてポワソンちゃん、かわいいお顔してすごい野心家w
旦那さん不憫ーっ;ω;
しかし知略で愛をつなぎとめる、なかなかできることではないです。
ほんとに非凡な人だったのだろうなぁと思います。
みなさん星遊びのみならず石物語までも更新されてますね
パワフルっ✧
今日は時間がないのでまた後日拝見に伺います
流石っす!
ポンパドゥール夫人っていうと美人さん。ってイメージだけど才媛なんですね~
鹿の園っていうと、美人さんにお金払って住まわせてたってとこであってるかな??
ご主人様の思い人はそこに住まわれてるのか〜
恋の行方も気になるところだなぁ。でも鹿の園の住人なんですよね。
続きの展開が気になるぅぅ。
求めることに臆病なご主人様。
三代目と一緒の頃に比べると、まだ未熟な感じのするラピスさんと、
ツンと澄まして俯瞰しているようなシャム猫さん。
歴史上の人物たちも絡みだして、いやぁ、わくわくするなぁ!
鹿の園に入れて、ブランシュさん?元町娘さんは舞い上がっていそうですけど、
アルテュールさんに見初められてから、シカの園に入ったということは……。
ベルサイユ宮殿の中にいるんですねー
こっそり日常を覗き見てる感がありますね♪
鹿の館にいる美女のひとりに恋をするのは
そりゃーだめでしょうね。
狩人の雌鹿ですもの。
ルジャック候爵は実在の人物なんだ。
ふむー 展開が楽しみです!
猫さん、ご主人様の願いを叶えて繰れれば良いと思います。
いいなぁ 本当に歴史の舞台を 透明人間になって覗いている感じです (´∀`*)♪
ポンパドゥール夫人は 肖像画見ても 本当に綺麗な方ですよねぇ。
王の目に留まるために工夫する様子が ポワソンという漫画で描かれてて
本当にこんな感じだったんだろうな~って思いました☆
ブランシュ どんな人なんだろう(≧▽≦)ワクワク
おそらく1758~59年ぐらいのお話。七年戦争まっただなかです。
フランスはオーストリアと同盟し、プロイセンのフリードリヒ2世を相手に連戦中。
このあたりでイングランドがプロイセンと同盟し、王家の祖国ハノーヴァーを守りにやってきます。
イングランド来んなーっ!ってことで前回ご主人さまが祈願奇術をやりました。
しかし今後の戦況はちょっとまずく、
植民地(アメリカ大陸)の方もイングランドに敗れてしまい、かなり失地する羽目になります。
……が、
宮廷は、あい変わらず優雅なのでした(ぇ)
~今回判明したこと~
・ご主人さまの雇い主はルイ15世。
・前回で王様を襲った刺客の名前はダミアン(1757年の事件)。
・ご主人様の名前はアルテュール(英語名アーサー)
・猫はポンパドール夫人→ルイ15世→ご主人様へと渡ってきた。
・ご主人様の想い人は、ポンパドゥール夫人によって鹿の園に突っ込まれている。
ルジャック候爵
↓
Charles Antoine Guérin de Lugeac
1720 - 1782
次回出て来るであろうプリンス・シャルルとつるんでなにやら…wやってた人。
実在の候爵にして軍人です。