源氏遊び 水霊の巻
- カテゴリ:自作小説
- 2017/09/27 22:13:13
その夜は雨がしとどにて。
月は隠れまたたきは消え、なんとも冷えてわびしかった。
それゆえ、うるわしき姫は心配したのだろうか。いとしき方がこごえないかと。
姫は御霊(みたま)のまま飛んできて甘やかな声で歌ったので、白藤の中将は秋の夜長になぐさめを得た。
雪のようなましろの御霊は、焦がれるようにやわらかな光を放つ。
なれど――その瞳は責めの色を、また時には怯えの色をひらめかせる。
触れようとすると、するり。
「蝶よ、迷うておるのか? 無意識にここに身を寄せるとは」
解き放たねばと御簾(みす)を巻きあげるも、姫の御霊は動かない。
切なげにほのかな光を放ち、部屋をやわらかく暖めながら、困ったように中将を見つめ上げる。
「自覚がないのか。これは鬼道の師が要るやもしれぬな」
明け方、姫の御霊はすうと消えた。
刹那。
見送った中将はふりむき、部屋を割る白い几帳に金のまなこをひたり。
御簾ごしに漏れ入る朝日。あかね色に染まる明けの息吹が、ぼうと人影を浮かび上がらせている。
御簾が動いた気配はない。なのに部屋の中にたれか居る。
人ならざりしものか。
なれど今このときは、鬼が跋扈する刻ではない。
天照様の光がじきにさんさん、庭園にふりそそごうという時宜である。
「何者か。来迎を背負いて、神を名乗るとは」
「あは。天照様のご威光を借りるほど、我はあつかましゅうない」
几帳の向こうの人影がくすくす笑う。
「白い蝶が夜通し、この部屋を守ってはった。あんまりけなげで、手出しできひんかった」
「守っていただと?」
「うん。たれぞに起こされ、消えてくれて助かった」
それで姫はこの手から逃げつつも、部屋を去らなかったのか。
中将は得心するも、姫に感謝する暇を与えられなかった。
几帳が倒れる。
御簾が揺れる。
こおと凍りつくような風が吹きつけてくる。
庭の奥から聞こえるは、あやめかしいさざなみ――
「池の水が?」
中将が帳台の影からそろと神刀を手にした瞬間。
鞘から出されかけた刃が、鋭い衝撃を受け止めた。
「それ、出さんといて?」
きんと音たて刀を打ちすえたのは、しろがねにきらめく扇子をもつ白い手。
相手の白肌を包む青い衣の袖がさっと引くや、どどうと、庭からあがった水柱が御簾を打った。
ぱあんと一枚、御簾がこっぱのごとく砕け散る。
陰陽寮の赤星どのがべしりと貼っていった札ごとであった。
「お札はきかん。こわいのはこれだけ」
しろがねの髪がなびく。碧の瞳が細まり、半面髪でかくれた顔がにいと笑みをつくる。
ふたたび。きいんと音たて、鞘刀に扇子が打ちおろされた。
くるりくるり。
来たりし者は舞うように回転し、蒼い衣をふわわ。
中将は鋭い扇子を鞘刀で受けつつ相手を探った。
陽の光におじけず。神をも斬るという刀を怖がり。水を操るとは、もしや。
「どこぞの神域におわすものか?」
「さる姫が我の淵に、手篭めにされたと泣きついてきはった。我に悪い男を仕置きしてくれと」
「それは……」
心当たりがありすぎる。しかし神霊を使役できるとは、相当な呪者かあるいは……。
「一体何を奉げられた? まさかその姫、そなたの淵に投身したのか?」
「見て? これ、きれいやろ?」
蒼い衣のふところから、きらめく瑠璃色の数珠が出された。
異様な光をひと目みて。中将は、そこにあまたの御霊が込められているとすぐさま察した。
「姫が我の淵に御霊をたくさん投げ入れた。食えというが、かわいそうでそんなことできひん。だから数珠に込めさしてもらった。ぬしもここに入ってたも。我が大事に大事にしやるから」
精霊は無邪気な貌で数珠をなでた。きららと蒼い瞳を輝かせながら。
「ここにきてたも? 移るんは簡単やろ? ぬしからはもうすでに死人の匂いがする。御霊がゆらゆらしてはるもの――あ、なにしやる!」
光一閃。
一瞬の隙をつき、抜かれたご神刀が数珠を奪った。
「我のや! 返して!」
糸が切れ、四方八方、瑠璃の珠がちらばる。
精霊はあわてて床をさぐり、瑠璃の珠を拾う。
しかし散った珠はもう輝かない。それどころかぼろぼろ、砂と化して崩れゆく。
「それ出さんといてっていうたのに!」
悲鳴。たちまち下がる眉。うるむ瞳。そして、とぐろを巻く池の水。
水は蛇のごとし。かかっと飛んで中将に巻き付こうとするのを、御神刀が真っ二つに裂き。返すその薙ぎが、力なく振り上げられた銀の扇子をはじきとばした。
「きれいな御霊……大事にせなあかんのに……消しやるなんて」
蒼い衣の精霊は湿る目を拭い、弱々しく床にへたり。中将は悠々、刀を鞘に収めた。
「大丈夫だ。刀の神氣に触れて、御霊は成仏した。天へ昇ったのだ」
「……ほんとに?」
「心配いらぬ。天河へ昇れば、御霊はまた、地に生まれ落ちることができる」
精霊はしかし、名残惜しそうに瑠璃色の砂を撫でた。
ぽろぽろぼろぼろ、蒼い瞳から銀の粒が落ち続ける。
「姫の願い、叶えられへんかった。かんにんしてくれるやろか」
「姫には我が直接話をしよう」
中将は片膝をつき、精霊の白い頬に手を添えた。
金の瞳が蒼い瞳を捉え。
「そしてそなたには、もっとよいものをくれてやる」
迷いない腕が、蒼い衣に包まれた白い細身を抱きしめた。
そっとやわらに。
*****
「お探しの淵はここです。中将どのが水霊――青海(おうみ)どのとやらにつけてくださった印をたどって、突き止めました」
数日のち。白藤の中将は赤星どのに宮処のはずれの森へ案内された。
そこには鬱蒼と木々に囲まれ、忘れ去られた社(やしろ)がひとつ。
社の前には麗々と水をたたえる淵がある。藻草に隠れているが、水面はかなり広い。底もかなり深いようだ。
「攫いましたら、おぞましいことに髪の束が大量に沈められておりました」
「髪に魂が閉じ込められていたのか。それを青海が数珠に移したのだな」
「実は最近、若い公達の怪死が相次いでおります。みな怨霊にとり殺され、しかも髪を切られておりました。下手人は人の生気を食らう鬼ではないかと。しかし、なぜに神霊に乞うてあなたを襲わせたのか」
「あー……つい先日、怨霊に襲われたことがあったんだが」
「なに? 襲われた?」
「逆に食ってしまったあれかな?」
「食った?!」
「いやその。美味であった」
事の次第をたちまち把握した赤星どのは、能面のような顔になった。
「それであなたに敵わぬと思って、神頼みでもしたのですかね」
「であろうか」
とにかくも、赤星どのは怨霊を捕らえると宣した。
そして中将は。
「さても。清めてあげねばな」
蒼き淵にお神酒を振りかけた。運び込ませた酒樽の酒をとぽとぽと。
*****
その夜、中将の部屋に来訪者あり。
「ちゅーじょ……」
「青海か。やあいらっしゃい」
「我に、なにくれやった? 頭がぐらんぐらんすゆ」
「よいものだよ」
「なんか気分がな、めっさよくてな……ふわふわすゆ……」
「それはよかった」
「ちゅーじょ……ありが……」
蒼き衣の水霊はふらふらどたり。
夜の明けやるまで、中将の褥に大の字になって、派手に寝息を立てていたという――。
―水霊の巻 了 ―
ありがとうございます><
アスパはSFギミック入りのファンタジーで
ここに週一で書いたものをなろうさんにまとめていました。
複数のところで評価をいただいてとても嬉しいです。
高校生コーデおまたせしてすみませんでしたノω;
学園ラブコメ、続きを書けるといいなぁ。
すごい大作なのね。
第五回ネット小説大賞と第二回モーニングスター大賞
両方一次選考突破おめでとうございます!!!
着実に歩みを進めていらっしゃるのね❤
本当に素晴らしい。
執筆活動でお忙しいとは思いますが
お時間ある時に現代高校生コーデをブログアップしてくださると
助かります。
もうちょっとで出来上がるの♪
あぁ フェンシングのかっこうされてるから
今のコーデをいただいていって良ければ
これでアップするよー!
現在、源氏遊びの外部サイトを作っておりまして
こちら
https://genji2017.blogspot.jp/
こちらの画像を 青海さんの平晏のところに追加しました。
現代の高校生のコーデもブログアップしていただけると
助かります。 お時間ある時で大丈夫ですので
宜しくお願いします❤
お読み下さりありがとうございます><
酒樽のお酒全部投入されちゃったようですノωノ*
へべれけほわほわ♪
お読み下さりありがとうございます><
樽ごと運び込んできたので、かなりの量どぽぽんされたみたいですよね・・;
よっぱらうの初体験だったかもです^^
お読み下さりありがとうございます><
はい^^御魂は無事に天国へ昇ってくれたと思います。
かわゆす❤︎
白藤中将のつれなきお戯れにも困りものですね
どれほど注ぎ込んだのか・・
青海さん、ただ酒もらって上機嫌でちょっと幸せそう^^
除霊ご苦労様です。
こっち見てくれなくても心配して行っちゃいそうだもん。
ご高覧ありがとうございます♪
酔いどれほやや…
おうみは魂(みたま)のことを蝶とも呼ぶようです。
中将を守ってた姫さまは
中将さまと鏡くんのことで悩み中の深雪ちゃんを想像して書きましたノωノ
お酒いただいて酔っぱらってらっしゃるw
白い蝶が守ってたのだねぇ。
健気。
藍色さま
ご高覧ありがとうございます♪
藍色さん案すごいw そんで朝か夜にちゅーじょーさまにお神酒いれてもらったら完璧ですね♪
ぼっちゃんした木漏ちゃんは、きっとおうみと一緒に酔っぱらっちゃうんだ…ノωノ*
そうしたら、きっと行き来できる。
木漏さん、懐くついでに池の縁石に蹴躓いて、入水しちゃうんじゃないかな……。
お住まい中将宅に移しましょう!!もれなく木洩が懐きますw
早速のご高覧ありがとうございますノωノ
なぜかこの口調になってしまいましたw
仮住まい喜んでw
(そして酒をねだる)
ぎりぎりでしたので、もろもろをここに。
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~共有物語企画~
源氏遊び
https://writening.net/page?afDuuH
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深雪(みゆき):ミュ☆ミュさん
白藤中将(しらふじのちゅうじょう):ロワゾーさん
卯花君(うのはなぎみ): usamimiさん
赤星どの(あかほし):クリスタルさん
青海(おうみ):みうみ
ロワゾーさんよりいただいたのは…
青海:
「みうみ氏は「青海(おうみ)」、青を好んでまとう水の眷属の美童。
主は好きなのを選んでくださいw 」
ありがとうございます♪