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江戸時代のお話

江戸時代、日本の王は誰でしょう?

正解は天皇陛下です。徳川宗家が任命された征夷大将軍は東方の夷狄を征伐する軍を率いる令外官の名称で朝廷が派遣した軍隊の頭目という扱いでした。実質の政治は江戸幕府が行っていましたがこれは現在でいうと戦時中なので代理で将軍が天皇に代わって治平をになっていたことになります。

だから、参勤交代のような軍隊の移動が認められ、鉦や太鼓を鳴らしての登城だったり、刀を携えての移動が黙認されていました。城の補修や治水工事が武家主導で行われたのも戦争中だからという名目でした。だから、戦時中の費用は将軍ではなく現場の裁量という話で指名された大名持ちでした。

江戸時代に武家の特権は軍事政権だったから、医者、碁打ち、坊主、神官も戦に必要だから身分が保障されていました。

ちなみに戦国時代に移動の自由があったのは商人と寺社関係者だけで、当時の戦は商人がいないと武器も兵糧もそろえられないレベルでした。東国は善光寺が差配を握っていて川中島の戦いは善光寺を取り込みたい武田が、村上を追いだしたことで始まります。

それから、心中は今みたいに好き嫌いとかではなくて、身分の違いを超えての死を取り締まるもので、幕府の定めた身分制度を死ぬことで超えようとする不埒な行為だから罰則が厳しかったわけだね。

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2017/10/18 14:22
>チコ@カボチャーさん
囲碁は陣取り合戦のゲームで、戦で必要な戦略的な視点(長期的な戦い)と戦術的な視点(短期的な戦い)が鍛えられることから武士の間で流行しました。敵の布陣の強いところと弱いところを見抜くにはうってつけのゲームだったんです。本因坊家、井上家、安井家、林家は家元でお城碁を打っていました。
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2017/10/17 23:42
碁打ちは、戦に何故必要だったんですか。




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