Nicotto Town



銀の狐 金の蛇 23 背中(後編)

 暗い洞内は細く、どこまでも一本道だった。
 見上げれば、つららのような形の鍾乳石がびっしり垂れ下がっている。
 長い長いトンネルはゆるやかに傾斜しており、白い子は一行をさらに地の奥底へと案内していった。
 浅い皿のような穴が無数にあいている地べたはどこもかしこも湿っていて、うっすら張っている水はきんきんに冷えている。ソムニウスはたちまち、がちがち歯を鳴らしはじめた。
 刀を抱えている弟子は疲れきっているはずなのに、けなげに寄り添い腕をさすってくれる。ぜんぜん震えていないので、やはり遺伝的に寒さに強いのだろう。
 背後を守るように歩く士長もしかりだ。吐く息は白いが、少しの乱れもふるえもない。
 ぴょんぴょん飛びはね元気に進む白子を追いながら、ソムニウスは士長から痛ましい話を聞いた。
 白子のあの背中の傷は、十年ほど前につけられたという。
 
「地下房の扉の鍵がたまたま締められ忘れたことがあり、白子が外に出てしまったことがありました。国主さまは偶然閨に迷い込んできたあの子にそれはそれはお怒りになり、剣をふるわれたと聞いとります」

 士長の低い囁きを聞く弟子の貌は、なんとも痛ましい。今にも泣き出しそうだ。

「実の母親なのに……信じられません」
「おそらく、ていよく処分なさるおつもりだったのでしょう」

 白子に聞こえぬようにとの気遣いからか、士長が声をひそめる。ソムニウスもうなだれながら声を落とした。

「国主どのは先祖返りの子を生んだのを、不名誉に思われているのだな」
「大変気にしておられます」
「気持ちはわからんでもない。私も実の母親に殺されかけたことがあるからなぁ」
「えっ……ソム?!」

 最悪の凶星の宿星を背負って生まれた花散君《ハナチルキミ》。
 その母はいつも辛そうに我が子を眺め、泣いてばかりいた。親族から常に苦言を呈され、早く処分しろとせっつかれていたからだ。幼いチルは母から、面と向かってはっきりいわれた覚えがある。
 生まれた時に死産だったと割り切って、くびり殺しておればと。
 そればかりでなく。首に縄をかけられたことも幾度かあった――。

「まあなんだ、こうしてぴんぴんしているのだから、たいしたことはなかったわけさ。傷などまったく残らなかったし?」

 過ぎたことを弟子に心配させぬため、師はひょうひょうと軽口を叩いた。
 よみがえってきた悲しい記憶を、心の中にある桜の木の下にそっと埋め戻す。
 ひらひら舞い落ちる薄桃色の花びらを、厚く厚くかぶせる……。
 
「しかし白子の背の傷は洒落にならん。よく生きのびたな」
「白子が斬られたとき、世話係のあの方は連日徹夜で看病しておられました。あの方は大変怒り、ひどくお嘆きでした。あの醜い赤毛の子《フオヤン》は母君にあんなに愛されているのに、なぜこの子だけこんな仕打ちをうけるんだと。この子はご先祖様の力を宿した子なのにと……自ら穴道をいったりきたりして、薬草集めに奔走しておられました」

 国主は花散君《ハナチルキミ》の母と同じ気持ちだったのだろうか。白い子を産み落とした時、愕然としたのだろうか。嫌悪と悲しみしか抱かなかったのだろうか。
 父親の名を公けにしなかったのは、暗い感情にさいなまれ、種を蒔いた相手の名誉を守らねばと思ったゆえだったのだろう。だがその愛ゆえかもしれぬ思いやりは、他でもない国主自身の剣のひと太刀で引き裂かれたのだ。
 我が子に傷をつけたのは実の母親。
 そうだったからこそ。
 血を分けた片親にとっては、決して許すことができぬ恨みとなったのだろう。

「士長どの、感謝する。まことの黒幕の動機がよくわかった。あの人はハオ婆とおなじ恨みを……いやそれ以上に深い恨みを抱いていたのだな。
 あの、ロフどのは」

 湿った鍾乳石の壁から、ちろちろと羽虫のようなものが飛び出してきた。
 白子がはしゃぎながら、ソムニウスの小精霊に引き寄せられて飛ぶ虫のあとを追いはじめる。
 道の先はクラミチヒトツミチ。とても暗い。だがソムニウスの小精霊が、希望の灯火のようにこうこうと、小さな光の空間を作っている。
 願いの光は、暗い道の先をほんのり照らし出していた。
 ソムニウスは目を細め、無邪気にはね飛ぶ白子を見つめた。

「ロフどのもおのが子がだれよりも大事なのだ。たとえあのような子でも……いや、あのような子だからこそ、かわいくてならないのだろうな」
「ハオの婆と同じ。狂いが入っているのでしょう。いや、彼らだけではない。私も……」

 白い息を吐き出し、士長はかすれた声で囁いた。

「実は腕が、見つからなかったのです」
「腕? もしかして、若君の腕か?」
「フェンが殺めたのはすぐ察しがつきました。私が若君殺しを断れば、フオヤンは彼に話をもちかけるに決まってますから。検分のあと迫ったら罪を告白してくれたので、凶器の刀をもらい、私は現場に残って腕を捜しました。刀と腕、動かぬ証拠を二つ出して、国主さまに自首しようと思ったんです。フェンによれば、切り取ってすぐそばの茂みの中に隠したというのです。でもどうしても、見つかりませんでした」

 ひと晩探しても見つからず、胸騒ぎがつのって戻ってみたら、すでにメイメイは殺されており、境内が騒然としている。何事かと思えばフオヤンが井戸の下の水場で首をとられていた。
 メイメイがフオヤンをその手で殺し、怒ったフェンが復讐してくれた――士長には、そうとしか思えなかったという。
 
「レイレイのためになんとしても、罪もかぶらねばと思いました」

 幸い若君が殺された夜は忙しくて、家族に会わずに現場に舞い戻っている。このまま証拠不十分でも疑われるよう挙動不審に隠れ続け、いよいよのとき刀を示せば、殺人鬼だと思ってもらえる……

「それで穴道から神殿の地下にのぼりましたら、地下房の前でばったり白子にでくわしたのです」

 士長は力なく自嘲気味に口元をほころばせた。

「メイメイはもう取り戻せない。せめてレイレイを幸せにしなければと、必死でした。私にもきっと狂いが入っているんです」
「士長どの、親というものは、みなそうかもしれぬ」

 自分もそうだとしみじみ思いながら、ソムニウスはあることを確信した。
 若君の腕はやはり――。
 
(誰かに持ち去られたのだ。何かに使われるために)
 
「お弟子様が刀をもっていてくださるのは大変ありがたい。今ロフ様にでくわしでもしたら、私はおそらく、なりふりかまわず……」
「ええ、私もありがたいです」
「ぬ? カディヤ?」

 白子が下り道の行き止まりにつく。と同時に、刀を抱えた弟子がつかつかと、道をふさぐような形ではまっている岩に近づいた。

「血塗れた刃が手に入りましたからね。夢の通りに」
 
 白子が絵合わせをするようにぺたぺたと、岩に浮き彫りにされている絵文字にさわる。
 絵文字が光ってごご、と岩が動き、横にすき間ができたとたん。
 刀を抱えた弟子は師の方を向いてにっこり微笑んだ。

「ソム。私があなたを、守ります」
「ま! 待てカディヤ!」 
 
 刹那。
 ハッとした師が止めるのもきかず、弟子はふわりと巻き毛をなびかせ、岩戸の隙間にすべりこんだ。中へ入ろうとした白子をどんと押しのけ、突風のような勢いで。
 
「しまっ……カディヤ!」

 中はたぶん大水源。水を操る装置が在る空間。
 
「カディヤ!!」

 隙間に身をねじこみながら、ソムニウスは叫んだ。
 その先に在る空間に向かって。

「だめだカディヤ!! そなたが栓を締めてはならぬ!!」


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2017/11/17 07:15
よいとらさま

ご高覧ありがとうございますノω;`
まさに分岐点ですね。
夢の通りになるのか、ソムさんがなんとかするのか。
夢の的中率は低い――ということが救いになるといいなと思います。
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2017/11/17 07:12
カズマサさま

ご高覧ありがとうございますノω;`
大団円になるとよいですよね。
ソムさんなんとかカディヤを阻止してほしいです。
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2017/11/17 07:11
ミコさま

ご高覧ありがとうございますノω;`
白子ちゃんは無邪気だけれど背中の傷のことは覚えているのかどうか…
カディヤ、夢の通りになってしまうのでしょうか。
ソムさんが運命を変えることができるといいなと思います。
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2017/10/29 10:32
おはようございます♪

魚を焼いたら栓を閉める。
誰が栓を閉めるかで結果が変わってくる。

カディアさんが閉めると・・・
その他の人が閉めると・・・

誰が喜ぶか、誰が悲しむか、

続きが楽しみです^^
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2017/10/25 22:48
さてこれからの展開は?

旨く地上に出れれば良いのですがね。
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2017/10/25 22:47
哀しい過去を背に受けた白子さん。その一方で、カディヤさんが岩戸の奥の水源を閉めると何がおきるのだろうなあと想像しています。




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