Nicotto Town



11月自作/ノート 「技の塔」(前編)

 目の前で文字がどんどこ踊る。見事なラインダンスで。

「英雄、創りし、光……是……となり……」

 カビ臭い匂い。書見台に広げた本に書かれているのは、四方八方にうねる奇っ怪な文字。
 ため息をもらす俺の右手にあるのは、麺棒でも包丁でもない。馬鹿みたいに分厚い辞書である。

「ラセン……が……を示す……を見る……。うああああ、わ、わかんねえ。ぜんぜんわかんねえ」

 古代文字って、なんて難しいのだろう。
 文字は判別しづらいし。ひとつの文字にいくつも意味があるし。てにをはとか全然ついてないし。おかげで辞書引いて意味調べしても、まったく文章にできない。
 背筋を伸ばし、途方に暮れてあたりを見渡せば、周りは本。本。本……本がぎっしり詰まった書棚が螺旋を形作ってはるか高みまで連なっている。
 ちょっとめまいがして卓上に視線を戻せば、そこにはどちゃっと十冊ぐらいの本の山……
 これらの本を読むがよい――
 偉い人にそう命じられたが、これは俺のスペックを遥かに超える作業だ。学校にろくに行ったことなくて、二十六文字しかない共通語の文字すら、読み書き微妙。そんな奴が挑めるもんじゃない……。

「うう、まだ二ページ目?」

 必死に意味調べしてノートに書き付けてるんだけど。朝から取り掛かって、もう昼だというのに全然進まない。腹が減って死にそうだ。
 早く下宿屋に帰りたい。牙王とカーリン、俺の家族が笑顔で迎えてくれる所に。
 
「だめだ……もう、目が疲れて……」

 本につっぷす。真っ白に燃え尽きた俺、あえなく爆死――
 



 学都オムパロスの象徴、天にそびえる七つの塔の内部には、大陸中の書物がぎっちり詰まっている。唖然とするほど果てしない、本棚の螺旋。どの塔も隙間なく本だらけの大図書館だ。
 塔にはそれぞれに館長がいて、「七賢者」として敬われている。ジャルデ陛下の紹介状は、その一人のもとへと俺を導いた。

『わしはケミストス。この「技の塔」の長である。ここには、古今東西「技術」と呼ばれるものの書物がすべからく納められている』

 俺が紹介状を渡すと、ケミストス老は封を切る前にそうのたまわった。すでにジャルデ陛下から先触れを受け取っていて、俺のことを待ちかまえていたらしい。銅色のローブに刺繍びっしりの筒型の帽子という出で立ちは、この島共通の「賢者」の身分を体現するもの。白髪白髭という風貌が、その職にしごく妥当な貫禄を添えていた。

『鍛冶や陶工や紡織といった職人の技。錬金術や韻律といった魔法系の御技。それから、かつて大陸に栄えた超古代文明で使われていた伝説の技術などなど。ここにはありとあらゆる技術書がそろっている。しかし。戦技に関するものだけは、ないのだ』

 「技の賢者」は、ここに戦技関連の蔵書がないということにえらく不満げだった。

『それに関する書物は、一番北の「戦の塔」に収蔵されておる。しかしおぬしが求めるものは、この塔で十分に得られるであろう』

 いやその。俺自身は別に求めてない。陛下に調べてもらえと言われたから、ここにきただけなんだけど……
 至極真面目で厳しそうな面差しに気圧され、俺はたじたじ。
「英雄殺し」――俺はそう呼ばれる能力をもっていて、それが今、変な状態になっていると陛下は言うのだが……。実のところ、俺本人は何の悩みも疑問もなし。陛下に面と向かって言われるまで、気にするどころか自覚すらしていなかった。
 そもそも「英雄殺し」というのがよくわからない。英雄に関係しそうな「戦の塔」や身体機能に関係しそうな「生命の塔」ではなく、なぜこの「技の塔」を紹介されたのか、という点も腑に落ちない。

『あのう。英雄殺しって、なんですか?』

 だからおそるおそる、賢者に聞いてみたらば。

『三日後にそなたの体の検分を始める。それまでにおのれのことをよく理解しておくがよい』

 ケミストス老は初対面の俺にいきなりどそどそ、十冊ぐらい本を渡してきたのだった。
 これを読めば分かるだろう、という言葉と共に。
 そんなわけで俺は朝から一所懸命辞書を引いて、解読を試みていたのだが……

――「これ。本の上に寝るでない!」
「ひっ! ね、寝てないです!」

 びしりと、背中に衝撃がきた。あわてて上半身を起こす俺の視界に、長い定規をもったケミストス老の姿が入ってくる。
 
「薦めた本は読んだかの?」
「い、いえその全然……あのこれ、俺には無理です」
「そなた、エティアの次代の王の後見人になったのであろう? 古代語ぐらい読めねば、まともな|政《まつりごと》などできぬぞ?」
「勉強しなければならないのは分かってますが、いきなりこれを三日で読破はさすがに……あの、もしご存知なら、口で説明していただけるとありがたいんですが」

 あああ、睨まれた。思いっきり呆れられてる。いやでも、本を読んで把握する方法は、俺にはあと何年かかるかって感じだから仕方ない。恥を偲んで、百読は一聞にしかずっていうショートカットをぜひやらせてほしい。
 どうかお願いしますと頼み込むと、賢者はうぬうと唸った。

「人から話を聞けば、おまえは嘘だとかまさかそんなとか言って否定するであろう。そんな証拠はどこにあるのか、ともな。そんな鬱陶しい反応を見るのは、わしは嫌なのだ。ゆえにおのれ自身で把握してほしいのだが」
「賢者さまの言葉を疑うなんてそんな。何を言われようが、信じます」
「そうか。しかし人というものは、固く誓っていても約束を違えるもの……まあどうしても読めぬとあらば、致し方あるまい」

 そんなやりとりを経てようやく。俺はおのれのうちにある能力が一体何であるかをついに教えられたのだった。いにしえより伝わる「英雄殺し」とは、何かということを。



 この大陸に初めて人間が降り立ったのは、今から一万二千年ほど前と言われている。
 遠い宇宙の果てにある青の三の星から、星船に乗ってどんぶらこっことやってきたのだそうだ。
 以来この地には国が興り戦が起こり。そしてたびたび、偉大な英雄が出現してきた。
 数多の勲詩に歌われる彼らの偉業は実に輝かしい。
 友を救い。うるわしの姫を救い。世の国々を次々と平定し。神獣まで倒す勢いである。
 だがしかし――
 竜王メルドルークとともに世界を統一しかけた戦士、ジーク・フォンジュは、黒衣の戦士に塔から落とされて死んだ。
 古代竜の友、竜使いルアス・フィーべは、黒い竜使いに絞め殺された。
 炎熱の鎧まといし大将軍ゴッツウォルは、黒い炎をまとう将軍とトーナメントをして落馬し、命を落とした。
 黒竜ヴァーテインを倒した銀足のグレイル・ダナンは、黒鉄の足の戦士によって凍結の湖に引きずり込まれた。
 
「……そしてエティアの剣聖スイール・フィラガーは、スメルニアに単身入り、神獣ミカヅチノタケリを瀕死に追い込むも。黒き影まとう皇帝に捕らえられ、国の守護神を害した咎で、処刑された」
「な、なんだかみなさん、悲惨な最期ですね」
「清き神官レイヴァーン。白鳥の詩人アレイナス。メキドの武帝トルナート……古今東西、この大陸でおだやかな死に方をした英雄はほとんどおらぬ。そしてこれは、偶然の所産ではないのだ」

 偶然の反対は必然である。

「英雄たちはみな殺されたのだ。〈金槌〉という、おそるべきものに」




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2017/12/02 08:55
かいじんさま

ご高覧ありがとうございます><
ですです、こういうのは黒くないといけないのですノωノ
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2017/12/02 08:55
カズマサさま

ご高覧ありがとうございます><
おばちゃん代理が英雄の血と金槌遺伝子ありの血のブレンドで…
という可能性はあると思います。
剣はそのときは「自殺するんじゃないか」と予想していますが
はたしてどうなるのか…
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2017/12/02 08:52
藍色さま

ご高覧ありがとうございます><

あらすじ難しいですよね。
いつどこでだれがどうしたか
とりあえずこれだけおさえればなんとかなる…? のかな?

そして「~やいかに!」っていう宣伝文にしたいところですが
公募用だとオチまで書かなきゃいけないという…
とてもとても取捨が悩ましいものです。
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2017/12/02 08:49
スイーツマンさま

ご高覧ありがとうございます><
金槌とは…
超文明が存在する世界ならではのギミック・ω・



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2017/11/27 23:30
何かと言うと黒いのが出て来るんですね^^
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2017/11/25 20:46
おばちゃん代理は、英雄の子孫に成るのかな?
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2017/11/18 14:18
あらすじありがとうございます。

というか、あらすじって難しくないです?(さっそく脱線する僕)
いや、筋は分かっているんですけど、書いた本人だからこそ
どこを残し、どこを削り、どこを伏せつつ読者を置いてきぼりにしないためにどうするか…
みたいなの考え出すと、僕は頭を抱えだしてしまい、
最終的に筆を投げてしまうのですが…… あかん>( ‘д‘⊂彡☆))Д´) パーン

英雄殺しに「黒」が冠されているのはシンボリックなものなのかなぁ。
そして金槌って……また随分意外な単語が出てきたなぁ。
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2017/11/17 08:38
英雄たちは金槌で倒される…
小母ちゃん代理は折れた剣がアイテムだから
そのあたりの絡みから違う展開になりそうですね
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2017/11/17 08:30
~今までのあらすじ~

エティア王国北の辺境に住む村人であった赤毛の青年は、
ある日、近所の騎士団営舎のバイトに入る。
そこで食堂のおばちゃんにすべての業務を押し付けられ、
「おばちゃん代理」として食堂を切り盛りする羽目になった。

おばちゃん代理はずぶのしろうと。なのに短期間でなぜかめきめき腕前を上げ、
大料理人と肩を並べて王宮料理人にまで出世するという摩訶不思議で波乱万丈な軌跡をたどる。

喋る剣に魅入られたり、習ってもいない剣技をふるったり。
もしかして非凡な存在なのかという雰囲気をたびたびかもしていたが、
なんと作った料理のせいで、お妃様が卵を産んでしまうという奇跡が起きる。
ことここにきて、国王ジャルデはおばちゃん代理に命じるのであった。

「おまえちょっと、その体どうなってんのか調べてもらってこい」

そんなわけでおばちゃん代理は海を越え、七つの塔そびえる島にやってきた。
自分はいったい何者なのかを知るために。




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