Nicotto Town



銀の狐金の蛇24 「装置」(前編)

「カディヤ! 待ちなさい!」

 岩戸をすりぬけたソムニウスの脇を、小精霊の光り玉がぎゅんと飛ぶ。
 瞬間、あたりの様相がぼうっと浮かび上がった。
 そこはとてつもなく大きな空洞だった。
 垂れ下がる鍾乳石のカーテンは極光を固めたよう。地から突き立つ鍾乳石は円錐形で、ところどころで天から垂れるものと繋がっている。
 そびえる岩壁はほんのり明るい。一面ほのかに光るものが貼りついているからだ。

「光り苔だ」

 そのおかげで、空洞の中が淡い色合いながらはっきり見えた。
 見上げれば、苔むす壁に横向きに刺さる、巨大な柱のようなものがある。
 丸みをおびており、真っ白い。ゆるやかな角度で曲がっているそのつなぎ目は、稼働するもののように見える……。

「な?! これは……腕?!」

 それが何かわかったとたん、ソムニウスはぞくりと身震いした。
 なんと巨大な彫像とみまがうものの両腕が、そそりたつ両壁に突き刺さっているのだ。
 腕の真ん中にそびえているのは、「胴体」。
 胸が異様に大きくまろく盛り上がっているので、まるで女性の体のようである。
 しかしその首の上にあるべきものは……ない。平らな切断面とおぼしきところから、無数の細い管が伸び、天に刺さっている。

「なんだこれは……」

 胴体から太い二本足が伸びているが、足首から先がない。首の部分にあるのと同じ細い管が無数に出ていて、地に刺さっている。
 よくよく見てみれば。巨大で異様なその物体は、岩でも金属でもないようだ。

「ゆ、有機体なのか?!」
「魚喰らい様、これは一体?!」
「トゥー!」

 あとに続いてやってきた士長が目を見開き、白子が手を打ち叩いた。

「トゥー! トゥー!」
「なんと、これがトゥーだというのか?!」
――「士長どのが言っていた、トゥーの本体だと思います」

 驚くソムニウスの頭上から、凛とした弟子の声が降ってきた。
 ハッと視線を天に向ければ、刀を抱えた弟子が、巨体の右腕の上あたりにふわふわ浮いている。

「カディヤ!!」
「魚がいた空間から抜けたとき、士長どのがユインの言い伝えを教えてくれましたよね。地の奥底に、トゥーの本体が封印されていると」
「あ、ああ、そうだったが」

 たしかに士長はそう言った。

『トゥーは実体のないものですが、それは地下に体を横たえているからだと。その血潮は我々を|潤《うるお》してくれると……』

「私どもの言い伝えではそうなっとります。横たわってはいないが、まさしくこれがそれなのでしょう。しかしまさか本当に、トゥーの本体があるとは」

 目をみはる士長の言葉に夢見の導師はまったくだと思いながら、頭上の弟子を呼んだ。

「カディヤ! 降りてきなさい!」
「大丈夫ですよ」

 さらりと答える弟子は浮遊の技を使っている。疲れきっているだろうに、魔力を全開にして、全身を淡く光らせている。まるで命の炎を強引に燃やしているようで、師は気が気ではなかった。

「カディヤ頼む! 降りて来てくれ!」

 背中がざわつく。襲ってくるのは、寒い悪感。
 いまや神々しいとさえ形容できる弟子は、目を細めて師を見下ろしている。
 微笑を浮かべる艶やかな口が無言で言っている。『あなたにはできないでしょう?』と。
 悔しいが無理だ。指が足りないから、浮遊などとてもできない。飛んでいって抱きしめて、引っ張り下ろすことができない……

「この巨大な体は、ほとんど有機体です。もしかして、神獣を改造したんでしょうかね?」

 弟子はふわふわと、巨体の首の上に移動した。

「両腕を岩壁に刺して、巨体をぶらさげてますね。全身に血管が浮き出ています。色はついてないようですが、筋がはっきり浮き上がっていて……何かの液体を、ここの細い管に送り出していますよ。これ、きっと水ですよね。ずいぶん静かですけど、足の管で吸い上げて、首の管から出してるようです」
「心臓がある……」

 見上げる士長が巨像の胸を指差す。
 どくりどくりと、そこが大きく波打っている。まるで、ポンプのように。
 足の部分につけられた管の先は、岩に埋まっている。管は白く、何が通っているかは見えない。しかし足の血管がくっきり浮いており、心臓の鼓動に合わせて収縮しているのがわかる。 
 体内を通っているのが水だとすれば。この巨体で水をくみ上げる他に、ろ過もしているということだろうか?
 
(これが本当にトゥーの体なら。これこそユインの神なのか?)

 しかしこの巨体には頭も足先もない。無残に切られて、ここにすえられたように思える。神として崇め敬われるべきものだとはとうてい思えない。
 これは。これはまさしく。

「水をくみ上げる装置、だ……」
「我々が使っていた水は本当に、トゥーの血潮というわけか」

 士長が信じられぬ面持ちでつぶやいた。なんと痛々しい姿だろうと。
 腕も足も首もない、なんともおそろしい姿。
 なぜこんな状態で固定しているのだろうと引き目で|俯瞰《ふかん》してみたソムニウスは、そこでハッと気づいた。
 腕の先。足首。そして首。巨体に足りないものはその三つ。
 腕の先。足首。首。
 これは――。

(殺された者が失ったものと、同じではないか!)


アバター
2017/12/13 22:25
同じと言う事は、犯人はこれを甦らそうとしているのかも知れませんね。




Copyright © 2025 SMILE-LAB Co., Ltd. All Rights Reserved.