銀の狐金の蛇24 「装置」(中編)
- カテゴリ:自作小説
- 2017/12/13 21:57:14
「さて、水量の調節弁はどこでしょうかね」
「カディヤ! 状況はわかったっ。とりあえずいったんこちらに――」
「ああ、水を吸い上げてる管を切っちゃいましょうか。それが一番簡単ですよね!」
弟子の雰囲気が異様だ。なにやらひどく楽しげに見える。
弟子は抱えている刀をふりかぶりながら、ぎゅんと降りてきた。
巨体の足の部分から伸びている管を一気に刀でなぎ払う。しかし管はがちりと刃をはじいた。
体は有機体だが、管はおよそ刀では斬れない材質のようだ。
「あら、だめですね。でもこれ、すっかり破壊するのはまずいですよね? ユインの人々はこれからも、『適度な量の水』がいりますもの」
弟子はひとり得心し、速度を上げて巨体の背中へ飛んでゆく。
「待てカディヤ!」
いてもたってもいられず、ソムニウスは走り出し、おなじく巨体の背面に回った。
弟子の行動はすばやかった。師が咎めるより早く刀でおのが手のひらを切り、巨体の背に当てる。すると巨体の肌にたちまち、びきびきとひび割れのような光が走った。
『認識条件:フーリノ配列ヲ確認。認証シマス』
割れた背中の中から、抑揚のない声が響いてくる。
「やっぱり。私には、これを操作する『資格』があるようです」
にやりとした弟子の前で、巨体の背がみるみる左右に開いていく。
まるで扉を開けるように肉が分かれ、桃色の肉ひだが見えた。
走ってついてきた士長が、ぶるりと身震いする。
「なんと! トゥーは、人の血に反応するのか!」
「ち、ちがう。ユインの者の血に反応したのだっ」
夢見の導師はがしがしと頭をかいた。
「配列とは遺伝子のことだ。これはただのユインの民のものではなく。おそらく銀狐の……今の国主の遺伝子を持つ者が、開錠の鍵となっているのでは?!」
「ええ、きっとそうですよ」
割れゆく巨体の背をみつめながら、弟子はうなずいた。
「今現在この装置は、開錠と操作に「特定の遺伝子」が要るよう設定されているようです。必要なのはフーリの配列。まさに国主さまの家の者の血が必要ということですね。たぶん黒幕が、そのように設定を変えたんでしょう」
「カディヤ、もしやそなた、おのれの出自を……」
「あなたの手袋を手に入れに行ったときに、気づきました。奉り人の家の壁に、千の花《キアンファ》の衣装が飾られてましたので」
弟子はふりむき、にこりと微笑んだ。
「手袋をもらう交渉をするついでに、かけおちなさった一の姫さまのことを詳しく聞きましたよ。それから、あなたが地下房に入れられたあとも、聞き込みで情報を手に入れました」
士長が驚いてむうと唸る。
「魚喰らい様。つまり、あのお弟子様は?」
「あれは銀狐の王家の血を引いている。一の姫とレサノフの子だ」
「なんと!?」
「ソム、この巨体から水道管を外すには、まず、鍵となるものが巨体と神経をつないで同調する必要があります。体が同化状態になった者の足を斬れば、巨体の足の管が外れます。そして首を切れば……」
皆まで聞かぬうちに、ソムニウスは管に飛びつきよじのぼりはじめた。
冗談ではない。黒幕は一体なんということをしてくれたのか。
おそらくはかつて生け捕りにした動物でも使って行っていたであろう水量の調節を、特定の遺伝子をもつ生物――すなわち国主の一族のみでしかできぬようにしたのだ。
この状態では、その設定を解除するためにも、黒幕にとって「憎い一族の血」でもってしか行えないようにしている可能性が十分にある。
そう設定するための機械が、巨体と同調させる機械が、巨体の中にあるのだろう。
しかしその水の調節方法の、なんとおぞましいことか。
巨体と同調させた物の足を切る? 首を切る?
完全に切り離すまでいかずとも、そんなことをすれば――。
「お弟子様はなぜ、操作方法を詳しくご存知なのです? いくら一の姫の御子とはいえ、ここまでご存知とは……」
ソムニウスの後ろから士長が管を登ってくる。事のおそろしさに気づいたその顔は蒼い。一緒に、弟子の行動を止めてくれるつもりなのだろう。
「なぜよく知っているかって?」
ふわふわ浮いている弟子が、にっこり微笑む。ほのかにほころぶその口から、あっけらかんと明るい言葉が落ちてきた。
「だって私。夢で見ましたから」
死んだ師の甦りですかな?