銀の狐金の蛇24 「装置」(後編)
- カテゴリ:自作小説
- 2017/12/13 22:03:34
はじまりは、凶夢だった。
湖と、舞いおりてくる死神。周囲に広がる真っ赤な血。
ほぼ死を予見させる恐ろしいものだった。
しかし。夢見の的中率は低い。最長老に馬鹿にされるほど、「見えない部分」がある。
『チル。未来は決まっている。決して変えられない』
すべてを見通す人はそう鼻で笑う。今回のこともきっと、どうなるかすでに知っているはずだ。
悔しいが、きっとその通りになるのだろう。
『未来を教えてやると、やっきになって予言を変えようとする奴が多いけれど。そいつが定めを変えようと奔走する様子も、僕には全部見えている。結局予言通りになって絶望する様子もね。だってこの時間軸には分岐がない。多次元はないからどうしたって、運命の改変などできはしないのさ。未来から駆け下りてきた者が、そう証言している』
すべてを見通す人は、そう豪語する。
だが。見えないものは不定。そう信じたくなるのが、人間というものだ。
必死に足掻いてもがけば、運命は変えられる。きっと望みどおりになる。
その信念を胸に、ソムニウスは華麗にあがくつもりだったのだが。
「カディヤ! やめろ!」
どうにもお株をとられそうだ。困ったことに、この見目麗しい弟子の方が導師としても夢見としても、はるかに師を凌駕している。
できる弟子の目的は、火を見るより明らかだ。
栓を締める者は死ぬ。
ソムニウスの夢見が示すのは、おそろしくも揺るがぬその事実。
若き弟子も確実に、「ソムニウスが栓をなんとかする。そして死ぬ」と読んでいる。
だから飛んでくる死の呪いを避ける呪法と、まったく同じ手段をとろうとしているに違いない。
すなわち。
身代わりになろうというのだ――
「ここに来てから私が見た夢は、とても具体的でした」
管を登りきり。浮き出た血管を手がかり足がかりにしてさらにのぼってくる師に、弟子は微笑んだ。
「黒幕は邑を沈めた後、国主さまをこの巨体と同調させ、頭と足を切り落として水道を締めるつもりです。それでおのが復讐を完遂させようとしています。でも私たちはそれを阻止するんです。そこにいる、白い子をつかって」
「なっ……」
トゥー、トゥー、と白子はしきりに言いながら、巨体から伸びる管の間を無邪気に飛びはねている。
「水が引いたのを知り、黒幕はあわてて、国主さまを引っ立ててここにやってきます。そして白い子が生け贄にされた事を知ります。するとそいつは怒りに任せて暴れだします。あなたはそれを止めようとして……」
たしかに。
白い子とて国主の子。巨体と同調させれば、この水の管を操作できるのかもしれない。
そしてもし、白い子になにかあれば、その父親は。
一連のおそろしい出来事を起こすぐらい、おのが子を愛するあの親は。
子どもを手にかけた者を必ずや殺すだろう。
「そんな事態には絶対させません。みすみすあなたを死なせるなんて、絶対に!」
「待……!」
弟子が真っ白な巨体の中へ入っていった。と同時に、割れた皮膚がみるみる閉じていく。がちりと合わさろうとした瞬間、巨体の背になんとか登りついたソムニウスは、とっさに腕をねじこませた。
「うぐあ!」
「魚喰らい様!」
腕がちぎれるかと思うぐらいの衝撃が襲ってくる。しかしもげなかったのは、士長が一緒に割れ目に腕を入れてくれたからだった。
士長は右に、ソムニウスは左に。それぞれ呑まれた腕を軸に張り付き、思い切り割れ目を引っ張りあげた。そうしてやっとのこと開いた隙間に、夢見の導師はわが身を落とした。
ぼたりと落ちたところは異様に柔らかい。小さな空洞は肉のひだでできている。肉壁から出ているのは、無数の触手のような管だ。白い有機体の一面にぞわぞわと生えている。
弟子は、すぐ目の前にいた。
巨体と同調しようと、くたれた服を脱ぎ去ってうごめく管に向かって細身をさらしている。
刀をふりあげる姿勢をとっているのは、繋がったらすぐにおのれの足を切り落とすつもりでいるからだろう。
「カディヤ! やめろ!!」
伸びてきた管の先がひとひと、弟子の全身をさわって「遺伝子」を確かめている。認識するなりそれはしゅるしゅると弟子の腰に巻きつき、白い体をもちあげた。
「させるかあああっ!!」
ソムニウスは弟子に飛びついた。
勢いでその場に引き倒しながら魔法の気配をおろす。
そうしてカッとおのが身を燃え立たせた。
その瞬間、熱に吃驚した管がまるで生き物のようにざざと引いた。
師は鬼の形相で弟子の手から刀をはじき飛ばして、その場に組み敷いた。
「はなして! ソム! はなしてっ!!」
「死なせるものか! こんなことをして!! 許さぬぞ!!」
「ソ……!!」
魔法の気配を強めながら、ソムニウスは黒き衣の袖で弟子を包んだ。
抵抗激しいその身を、おのが腕できつくしぼりあげる。
「いや! いやあああっ!!」
「なんて悪い子だ!!」
「……!!」
無我夢中だった。師は叫ぼうとする弟子の口を強引に口づけで塞ぎ、おのれと一緒に結界で包んだ。
周りの管が感知しないよう、結界を何枚も何枚も重ねる。
初歩的なものでも幾重にも重ねれば、強固な壁を作れる……。
必死に守りの膜を張り続けながら、師はその中で、弟子の悲鳴を喰らうように唇を貪った。
「ソ……」
「黙れ」
「ソム……」
「許さぬ! こんな勝手をして」
「ソ……」
「わかってるのか?! 怒ってるんだぞ!?」
「や……」
反論の隙など与えなかった。相手の言葉をことごとく口づけで封じる。息もつけぬほどに。
「愛してる……愛してるカディヤ……!」
囁きながら相手の悲鳴を呑んでいると。
弟子の目がじわじわうるみ、こわばっていたその体から徐々に力が抜けてきた。
「ソ……ソム……」
「おのれより世界より、そなたが大事だ。なにより大切なんだ。だから! 私より先に死ぬなど許さない!」
弟子の抵抗が完全になくなった。その瞳から涙がこぼれている。
ホッとしたソムニウスが、濡れる目じりに口づけたそのとき。
「トゥー!」
目の前にころころと、あの白い子が転がり込んできた。
うろたえ顔の士長がつかまえようと、手を伸ばしながら入ってくる。白い子はするりと彼の腕をすり抜けて管が密集するところへ逃げた。
「私の背を越えて、するする昇ってきました。この子が手を当てたら入り口がまた開いて……おいこら!」
「キャハ」
口に手を当てにやっとした子は、周りの管に手まねきした。
「トゥー。オイデ」
「まっ……待て!」
目を剥くソムニウスの前で、無数の管が白い子をぴたぴたとさわり、遺伝子を認識する。
あっという間にその体が、管にぐるぐる巻きにされた。
白い子の口から楽しげな笑いが漏れたその刹那。
ぐさりと、太い管がその子の腹に入った。
「ヒアアァアア!」
ひとしきり悲鳴をあげ、がくりとうなだれた白子は。
しかしすぐにむくりと頭をあげ、またニコニコし始めた。
「つ、繋がった、のか?」
「この子から管を……切り離します! 他の方法を探しましょう!」
震える手で刀を拾い上げた士長に向かって。
白子はなんとも無邪気な声で乞うた。
このうえなく、おそろしい願いを――。
「キッテ、オジサン。アタシノアシ。キッテ」
水はすべての生命の源。その流れを変えるには命が必要・・・
という思想で作られたのでしょうか。
水流調節の「巨神兵」のようなものは生体認証付きの高級品。
誰がこんなものを^^;
巨体の中での命の現場、続きが楽しみです^^