薔薇園へようこそ 「ティリンの竪琴」2
- カテゴリ:自作小説
- 2017/12/16 02:33:28
文官に案内された別室には、黒い衣の男がいた。
その男こそ寺院から遣わされてきた導師であり、試験官であった。
生まれて初めて見る導師の前で、ティリンは一生懸命竪琴を爪弾き、歌を唄ってみせた。すると導師は、「素晴らしい、素晴らしい」と目をみはり、細い手を組み合わせてティリンをベタ褒めした。
「歌声も素晴らしい。その魔力も素晴らしい」
唄った歌がよかったのかもしれない。遠い異国のエティアに伝わる「武王の勲詩」。母がよく唄っていた歌だ。
導師は目を輝かせてうんうんうなずいていた。他の二人がろくに喋れなかったり、読み書きができなかったのも、ティリンを際立たせてくれた。
ティリンも読み書きを覚えていなかったが、演奏と歌と、そしてその魔力とで十分にその欠点を補ったのだ。細手の導師には、その歌の魔力がことのほか魅力的に映ったらしい。
導師は迷うことなく五百人余りの候補の中からティリンを選び、ラクダに乗せて、王宮をあとにした。
「ぜひそなたを我が弟子としたいが」
道中、細手の導師は何度もそう言ったものだ。
「そなたをほしがる者はたくさんおろうの」
隣の国に入ると、細手の導師はその国の王宮へ立ち寄った。
そこはティリンの国より倍ぐらい広く強い国で、その王宮も倍ほどの広さ。
細手の導師は、そこで甘い二枚目顔の導師と落ち合った。この国でも捧げ子の選抜が行われたばかりで、二枚目顔の導師が試験官をしたという。
「やあテスタメノス。君が選んだ子、相当かわいいな」
「ソムニウス、あなたが選んだ子も相当ですね。まああなたの場合、見てくれだけで選んでそうですが」
「い、いやそんなことは、ないぞ?」
甘い顔の導師は誇らしげに、おのれが選んだ捧げ子を細手の導師とティリンに引き合わせた。
ひと目見るなり、なんてきれいな子だろうとティリンは息を呑んだ。その子は髪も肌もまっ白で、肌は真珠のよう。紫の双眸は宝石のように輝いている。
ティリンは名を名乗り、きれいな銀髪の子と握手をかわした。
「きれいな竪琴だね。貝殻が埋め込んであるの? 虹色に光ってる」
「うん。母さんの形見なんだ」
「うわあ、弾いてみて」
王宮の中庭で、ティリンはその腕前を披露した。すると王の飼っている鳥たちがみるみる集まってきて、銀髪の子の頭や肩にとまった。
セキレイ、オオルリ、オナガチョウ。池のアオドリ、薔薇園のクジャク。
「ねえみて! どんどん集まってくる」
「え?!」
その時初めてティリンは、自分の魔力が鳥を呼び寄せることを知った。
銀髪の子はいまや鳥だらけだった。鳥に埋まっているといってもいい。
あんぐり口を開けるティリンの前で、銀髪の子はころころ笑い、手に止まった小鳥にそっと口づけをした。
「うわあ、ティリンて、すごいね!」
それからすぐに導師二人と捧げ子二人は、王宮から旅立って、遠いエティアの北の辺境へと向かった。国をまたげば王宮に寄り、黒い衣の導師と、導師に選ばれた捧げ子と合流していきながら。
最終的に集まった導師は三十人。捧げ子の数も三十人。
ラクダはいつしか馬に変わり。隊商のように長い行列となり。北へつながる街道をえんえん進むうち、ティリンの竪琴は鳥だけではなく、動物も呼び寄せることがわかった。
シマリス、キツネ、ツノジカ。森のアカグマ、草原の黄金牛。
彼の歌は子供たちにも大好評。こんなにも気に入られていいのかと、本人が驚くぐらいだった。父も継母も、弾くな歌うなと口をそろえて言っていたのに。
日が落ちて今日は野宿するという夜には、みなこぞってティリンのそばに座りたがる。子供たちは彼を囲んで、竪琴の音にうっとり聞き入るのだ。
黒い衣の導師たちはひとかたまりに会して、そんな子供たちの様子をニコニコしながら眺めていた。
「竪琴の子は、さて誰のものになりますかな」
「銀髪の子も捨てがたい」
「悩むところだ。しかしなぁ。また弟子を取ったらカディヤにはたかれる」
「方々、唾をつけるのも、抜け駆けするのもなしですぞ」
「もちろん。ばれたらレヴェラトールに呪われますからな」
「もちろん、誓って」
こうして行き着いた北の辺境は、ティリンの故郷よりも格段に涼しくて。空から白いものがふわふわ降っていた。
「白綿蟲だ」
「おお、ずいぶん降っておりますな」
黒い衣の導師たちが嬉しげにそれに触れた。
「夏至近くになると降るのだ。雪みたいに積もるのだよ」
手に落ちたものを見てみれば、それはなんと綿のついた虫。
見たとたん、ティリンは不思議な思いに囚われた。
なんだろう。
なぜこんな気持になるのだろう。
なつかしい、なんて。初めて見るものなのに。
湖の街に着くと、捧げ子たちは白い死装束を着せられ、三艘の船に乗せられ。街の管理官や神官たちが催す葬送の儀式に送られながら、一斉に湖を渡った。
魔法の風は音もなく船を引き寄せ、岩壁そびえる寺院へするする運んだ。四角くせり出した船着場で、黒い衣の導師たちと、大勢の蒼き衣の弟子たちが出迎えている。船が吸い付くように着き、タラップがかけられると、捧げ子たちは次々船着場に降り立った。
「おや、片身が不自由なのか?」
出迎えに出た導師のひとりが、ふらついたティリンを支えてくれた。
「その子には杖が要るんじゃないか?」
別の導師が即座に言った。
今まで馬に乗っての旅だったから、ほとんど気にならなかったけれど。この岩の寺院はでこぼこしていて、平らではない。
「心配いらぬ。ゼクシス様に杖を作ってもらえばいい」
「そうだな。さあ子供たち、こちらへ」
赤毛の導師が先頭になって、捧げ子を案内し始めた。
ティリンは支えてくれた導師にそのまま手を引かれて、寺院の中へ入った。
その人は香油をつけているのか、すごくいい匂いがした。
何かの花の香りだ。
「赤銅色の髪……暑い国からきたのかな」
「あ、はい。砂漠の国から……」
「それははるばる、よく来たね」
その導師はにこりと笑った。とても若い人だ。金の髪が眩しい……。
ティリンの頭にその人の手がふわりと降りてきた。
「選び取っていいかな」
「はい?」
「欲しくなった」
「え?」
「おいこら! 抜け駆け禁止!」
すぐ目の前で先導している赤毛の導師が、振り向いて怖い顔をする。
「レヴェラトールにチクるぞ、カイレストス!」
「ああすみません、呪いのディクナトール。この子があんまり可愛いもので」
「それは否定しないが、がっつくな。あせらんでも、捧げ子は三十人もいるんだぞ。ぺーぺーのおまえにだって、ちゃんと弟子はあたる」
「この子がいいんですが……」
「生意気に目が高いな」
ディクナトールと呼ばれた導師はすうと目を細めた。
「まあ、おまえのくじ運を祈ってやろうぞ、セイリエンの子。わしにはもうすでに五人、ふくよかでかわいい子がおるでな。もう弟子は持てん」
花の香りがする導師は悲しげなため息をついた。
「その呼び方はもう勘弁して下さい。セイリエン様のものだった僕たちは、みんなレヴェラトール様に引きとられたじゃありませんか」
「ああすまん。おまえの金の髪を見るとどうしても、あ奴を思い出してな」
捧げ子たちは会合の広場へいざなわれ、石の舞台に立たされた。
黒い衣の導師たちが次々と石の座席に座る。
ほどなく最長老が広場にやって来て、選び取りの儀式が始まった。
「子供たちよ。これよりそなたらの師を定める」
ありがとうございます><
ですです、大変でした(遠い目)
寺院の価値観は特殊です。
たぶん一般的にはこわがられたりするのではないかなと思います。
導師たちがティリンの力をすごい!と喜んだので、同行した子供たちもそうなんだ、
これが寺院の基準だと敏感に察したのでしょうね。
ありがとうございます><
ですです、はないちもんめなのです。
あの子が欲しいって取り合いします。
ありがとうございます><
わーい美味しい言ってくださって嬉しい♪
…ああ、あれは嫌な事件だったね(こういう場合の定型句です)
くじじゃなくて入札に…できないな、捧げ子の側に知識が無いし。
砂に囲まれた狭い世界では否定された才能が、ここにきてやっと認めて貰えるようになったのですね。
さて、どうなるのか。
ソムさんがカディヤに前科がありますからねといわれたその「前科」というのが
まさにこのときの捧げ子運びのお務めの時に起こったのでした。
このあとのソムさんの運命やいかに…・ω・(いやそれ本筋違う)