Nicotto Town



薔薇園へようこそ  「ティリンの竪琴」2

 文官に案内された別室には、黒い衣の男がいた。

 その男こそ寺院から遣わされてきた導師であり、試験官であった。

 生まれて初めて見る導師の前で、ティリンは一生懸命竪琴を爪弾き、歌を唄ってみせた。すると導師は、「素晴らしい、素晴らしい」と目をみはり、細い手を組み合わせてティリンをベタ褒めした。

「歌声も素晴らしい。その魔力も素晴らしい」

 唄った歌がよかったのかもしれない。遠い異国のエティアに伝わる「武王の勲詩」。母がよく唄っていた歌だ。

 導師は目を輝かせてうんうんうなずいていた。他の二人がろくに喋れなかったり、読み書きができなかったのも、ティリンを際立たせてくれた。

 ティリンも読み書きを覚えていなかったが、演奏と歌と、そしてその魔力とで十分にその欠点を補ったのだ。細手の導師には、その歌の魔力がことのほか魅力的に映ったらしい。

 導師は迷うことなく五百人余りの候補の中からティリンを選び、ラクダに乗せて、王宮をあとにした。

「ぜひそなたを我が弟子としたいが」

 道中、細手の導師は何度もそう言ったものだ。

「そなたをほしがる者はたくさんおろうの」


  


 隣の国に入ると、細手の導師はその国の王宮へ立ち寄った。

 そこはティリンの国より倍ぐらい広く強い国で、その王宮も倍ほどの広さ。

 細手の導師は、そこで甘い二枚目顔の導師と落ち合った。この国でも捧げ子の選抜が行われたばかりで、二枚目顔の導師が試験官をしたという。

「やあテスタメノス。君が選んだ子、相当かわいいな」

「ソムニウス、あなたが選んだ子も相当ですね。まああなたの場合、見てくれだけで選んでそうですが」

「い、いやそんなことは、ないぞ?」

 甘い顔の導師は誇らしげに、おのれが選んだ捧げ子を細手の導師とティリンに引き合わせた。

 ひと目見るなり、なんてきれいな子だろうとティリンは息を呑んだ。その子は髪も肌もまっ白で、肌は真珠のよう。紫の双眸は宝石のように輝いている。

 ティリンは名を名乗り、きれいな銀髪の子と握手をかわした。

「きれいな竪琴だね。貝殻が埋め込んであるの? 虹色に光ってる」

「うん。母さんの形見なんだ」

「うわあ、弾いてみて」

 王宮の中庭で、ティリンはその腕前を披露した。すると王の飼っている鳥たちがみるみる集まってきて、銀髪の子の頭や肩にとまった。

 セキレイ、オオルリ、オナガチョウ。池のアオドリ、薔薇園のクジャク。

「ねえみて! どんどん集まってくる」

「え?!」

 その時初めてティリンは、自分の魔力が鳥を呼び寄せることを知った。

 銀髪の子はいまや鳥だらけだった。鳥に埋まっているといってもいい。

 あんぐり口を開けるティリンの前で、銀髪の子はころころ笑い、手に止まった小鳥にそっと口づけをした。

「うわあ、ティリンて、すごいね!」




 それからすぐに導師二人と捧げ子二人は、王宮から旅立って、遠いエティアの北の辺境へと向かった。国をまたげば王宮に寄り、黒い衣の導師と、導師に選ばれた捧げ子と合流していきながら。

 最終的に集まった導師は三十人。捧げ子の数も三十人。

 ラクダはいつしか馬に変わり。隊商のように長い行列となり。北へつながる街道をえんえん進むうち、ティリンの竪琴は鳥だけではなく、動物も呼び寄せることがわかった。

 シマリス、キツネ、ツノジカ。森のアカグマ、草原の黄金牛。

 彼の歌は子供たちにも大好評。こんなにも気に入られていいのかと、本人が驚くぐらいだった。父も継母も、弾くな歌うなと口をそろえて言っていたのに。

 日が落ちて今日は野宿するという夜には、みなこぞってティリンのそばに座りたがる。子供たちは彼を囲んで、竪琴の音にうっとり聞き入るのだ。

 黒い衣の導師たちはひとかたまりに会して、そんな子供たちの様子をニコニコしながら眺めていた。 

「竪琴の子は、さて誰のものになりますかな」

「銀髪の子も捨てがたい」

「悩むところだ。しかしなぁ。また弟子を取ったらカディヤにはたかれる」

「方々、唾をつけるのも、抜け駆けするのもなしですぞ」

「もちろん。ばれたらレヴェラトールに呪われますからな」

「もちろん、誓って」



 こうして行き着いた北の辺境は、ティリンの故郷よりも格段に涼しくて。空から白いものがふわふわ降っていた。

「白綿蟲だ」

「おお、ずいぶん降っておりますな」

 黒い衣の導師たちが嬉しげにそれに触れた。

「夏至近くになると降るのだ。雪みたいに積もるのだよ」

 手に落ちたものを見てみれば、それはなんと綿のついた虫。

 見たとたん、ティリンは不思議な思いに囚われた。

 なんだろう。

 なぜこんな気持になるのだろう。

 なつかしい、なんて。初めて見るものなのに。

 湖の街に着くと、捧げ子たちは白い死装束を着せられ、三艘の船に乗せられ。街の管理官や神官たちが催す葬送の儀式に送られながら、一斉に湖を渡った。

 魔法の風は音もなく船を引き寄せ、岩壁そびえる寺院へするする運んだ。四角くせり出した船着場で、黒い衣の導師たちと、大勢の蒼き衣の弟子たちが出迎えている。船が吸い付くように着き、タラップがかけられると、捧げ子たちは次々船着場に降り立った。

「おや、片身が不自由なのか?」

 出迎えに出た導師のひとりが、ふらついたティリンを支えてくれた。

「その子には杖が要るんじゃないか?」

 別の導師が即座に言った。

 今まで馬に乗っての旅だったから、ほとんど気にならなかったけれど。この岩の寺院はでこぼこしていて、平らではない。

「心配いらぬ。ゼクシス様に杖を作ってもらえばいい」

「そうだな。さあ子供たち、こちらへ」

 赤毛の導師が先頭になって、捧げ子を案内し始めた。

 ティリンは支えてくれた導師にそのまま手を引かれて、寺院の中へ入った。

 その人は香油をつけているのか、すごくいい匂いがした。

 何かの花の香りだ。

「赤銅色の髪……暑い国からきたのかな」

「あ、はい。砂漠の国から……」

「それははるばる、よく来たね」

 その導師はにこりと笑った。とても若い人だ。金の髪が眩しい……。

 ティリンの頭にその人の手がふわりと降りてきた。

「選び取っていいかな」

「はい?」

「欲しくなった」

「え?」

「おいこら! 抜け駆け禁止!」

 すぐ目の前で先導している赤毛の導師が、振り向いて怖い顔をする。 

「レヴェラトールにチクるぞ、カイレストス!」

「ああすみません、呪いのディクナトール。この子があんまり可愛いもので」

「それは否定しないが、がっつくな。あせらんでも、捧げ子は三十人もいるんだぞ。ぺーぺーのおまえにだって、ちゃんと弟子はあたる」

「この子がいいんですが……」

「生意気に目が高いな」

 ディクナトールと呼ばれた導師はすうと目を細めた。

「まあ、おまえのくじ運を祈ってやろうぞ、セイリエンの子。わしにはもうすでに五人、ふくよかでかわいい子がおるでな。もう弟子は持てん」

 花の香りがする導師は悲しげなため息をついた。

「その呼び方はもう勘弁して下さい。セイリエン様のものだった僕たちは、みんなレヴェラトール様に引きとられたじゃありませんか」

「ああすまん。おまえの金の髪を見るとどうしても、あ奴を思い出してな」

 捧げ子たちは会合の広場へいざなわれ、石の舞台に立たされた。

 黒い衣の導師たちが次々と石の座席に座る。

 ほどなく最長老が広場にやって来て、選び取りの儀式が始まった。

「子供たちよ。これよりそなたらの師を定める」

 

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2017/12/16 12:07
藍色さま
ありがとうございます><
ですです、大変でした(遠い目)

寺院の価値観は特殊です。
たぶん一般的にはこわがられたりするのではないかなと思います。
導師たちがティリンの力をすごい!と喜んだので、同行した子供たちもそうなんだ、
これが寺院の基準だと敏感に察したのでしょうね。
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2017/12/16 12:02
カズマサさま
ありがとうございます><
ですです、はないちもんめなのです。
あの子が欲しいって取り合いします。
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2017/12/16 12:01
ロワゾーさま
ありがとうございます><
わーい美味しい言ってくださって嬉しい♪
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2017/12/16 09:40
>その「前科」というのがまさにこのときの捧げ子運びのお務めの時に起こったのでした。
…ああ、あれは嫌な事件だったね(こういう場合の定型句です)

くじじゃなくて入札に…できないな、捧げ子の側に知識が無いし。
砂に囲まれた狭い世界では否定された才能が、ここにきてやっと認めて貰えるようになったのですね。
さて、どうなるのか。
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2017/12/16 07:58
導師の子供の争いですな。
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2017/12/16 02:48
もぐもぐもぐ( ´w`)❤(もじくいくい わーい美味!
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2017/12/16 02:41
銀の狐金の蛇をお読みくださっている方はお察しかと思いますが、
ソムさんがカディヤに前科がありますからねといわれたその「前科」というのが
まさにこのときの捧げ子運びのお務めの時に起こったのでした。
このあとのソムさんの運命やいかに…・ω・(いやそれ本筋違う)




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