Nicotto Town



薔薇園へようこそ  「ティリンの竪琴」4


その日。師は、花畑の世話はよいから休んでいるようにとティリンに命じた。
 師が花を摘むそばで、ティリンは竪琴を爪弾いて気分を鎮めた。夢でふしぎな黄金の人につかまれた胸が、なんだかじくじく熱かった。
 
 あの人は、一体だれ?
 
 紫の花畑を見るのが怖くて、ティリンはずっとうつむいていた。
 師は花畑の世話をあらかた終えると、岩間の端に水差しを持っていった。
 そこには細長い花壇があり、薔薇の株が五つ、並んでいる。
 左から四つは見事に赤い薔薇が咲いている。だが右のひとつは、蕾すらついていない。
 師はこの五つの薔薇だけは、ティリンに触らせてくれない。
 とても大事なものだからひとりで育てたいのだという。

「赤い薔薇は香りがあまりしなくて香油が作れぬのだが。なぜか赤しか咲かぬ。それに」

 蕾のついていない右端の株をみやり、師は悲しそうにつぶやいた。

「この子はまだ一度も咲いていない。今年こそはと思ったが」

 四株の赤い薔薇は、見事な大輪だ。ティリンはその紅の花弁を見て思った。
 まるで血の色のようだと。




 蒼き衣の弟子は昼をすぎると、いろいろな当番仕事をする。
 師を瞑想室へ行くのを見届けてから、仕事をこなしに中庭へいくと。
 ソムニウスのカディヤとレヴェラトールのデンリがカンテラを持ってティリンを待っていた。
「カイレストスのティリン。こっちに来て」
 巻き毛美しいカディヤに刺すように睨まれて、ティリンはすくみあがった。
 カディヤは長老ソムニウスの一番弟子。ソムニウスから「公認の恋人」とみなされており、一生彼の弟子でいることを誓ったとか誓わなかったとか。鼻筋通った麗人である。
 デンリは最長老の一番弟子。去年まで二番目だったが、ティリンの師が導師になったので一番目に格上げになった。こちらはすらりと見目良い、二十代の若者だ。
 二人ともすごく背が高い。十歳のティリンには、二人はそそり立つ壁のように思える。
 カディヤが、カンテラをすっと差し出してきた。
「はい、これ持って。今週の当番は、寺院の地下の『氷結封印』の点検よ」
 『氷結封印』とは、最長老が封印所の中に作った、特別な封印所のことだ。その中には、寺院に災いをもたらした悪しきものが封じられているという。
 点検は毎日行われているが……
「あの、これって長老のお弟子さん限定の当番じゃ…」
「そうよ? つまりあんたの師は今日から長老様になるってこと。夕方に正式に発表されるらしいわよ」
「え! す、すごい」
「そうね。たった二十六、しかもあのセイリエンの弟子だったってのに」
「まあでもあの人が七年前、『氷結封印』が解けかけたのを発見して最長老様に知らせたんだよ。兄弟子たちが封印を解こうとしたのを止めたんだ。たぶんその勲功が大きいんだろう」
 デンリが肩をすくめて言う。
 セイリエン。
 ティリンはハッと思い出した。

 そうだ。カイレストスの師匠の名前はセイリエン……。

「セイリエンの弟子は五人いたけど、導師になれたのはカイレストスだけだ。五番目は暴走した師に殺されたし。一番目と二番目の弟子は氷結封印を解こうとして、最長老様に消されちゃったし。四番目だった南の覇王は、この前出版した自伝本で、『余はレヴェラトールの弟子である』って書いてたよ。セイリエンの弟子だったってことは抹消したいみたいだね」
 デンリの言葉にカディヤがあきれかえる。
「ジェリドヤードはほんっと、そこらへん抜け目ないわね! まあでも、年若い長老は微妙な気がする。セイリエンは二十五で導師になって二十七には長老。そして三十二で魔王と契約して寺院をいっとき滅茶苦茶にした。若くて野心満々な奴が権力を持つと、ろくなことにならない」
「確かに。当時の長老さまたちはみな、呪いで死に追いやられた……」
 デンリの顔が沈む。セイリエンは相当評判の悪い人のようだ。それに。
(セイリエンの弟子が、封印を解こうとしたって……その封印ってまさか……)

 当番の三人は地下へ降り、木戸をくぐって、さらに下の鍾乳洞に出た。
 デンリが左手にある封印所の入り口をカンテラで照らす。
 暗い洞窟の入り口に、白い結界が網目のようにかかっている。デンリが鍵の名前を唱えてその結界を消してから、一行はカンテラの光を頼りに中に入った。
 その特別な封印所は、結界を越えた奥。暗い大広間の真ん中の通路の果てにあった。
 円く穿たれた小部屋で、両端にひとつずつ、太い氷の柱が埋めこまれている。柱には白い結界が幾枚も張られており、中には入れない。入り口から、結界がほころんでいないかどうか氷の柱をかいま見るのだ。
「この氷の柱は、時の泉の水を凍らせたもの。中にそれぞれ、悪しき者どもが封じられている。すなわち、セイリエンと魔王フラヴィオスだ。もし色が変わっていたら、すぐに最長老様に報せること。黄金色になっていたら特に要注意よ」
 カディヤがそう説明した。
 悪しき者ども。そは、魔王と、セイリエンだと。
(ああ、やっぱり……)
 ティリンは背のびして洞窟の中を見た。左右の氷の柱の中は、まっ白で何も見えない。
 その柱を見た直後、ティリンは胸をおさえた。
 じりじりと胸が痛む。夢でつかまれたところが。
「セイリエン……が、あそこに……」
「うん」
 カディヤはこくりとうなずき、低い声で囁いた。
「今は脳髄しか残ってないけどね」

 


 地下から戻っても、ティリンの胸の痛みは収まらず。
 何かの呪いのようにじくじく痛んで燃え続けた。
 泣きそうな顔で夕の風編みの出迎えに行ったので、師はなんとも痛ましい顔になり。すぐに沈痛の効果のある香油を湯に溶かして飲ませてくれた。 
「心配だ。離したくない」
 その夜も師の部屋で躯に優しく香油を塗ってもらったあと。ティリンは師に抱きしめられて眠った。
 薬のおかげで胸の痛みは和らいだけれど。
 ティリンはまた、波打つ紫の花畑の夢を見た。
 ふしぎなあの黄金の人は全身輝いていて、紫の花を黄金色に変えていた。
 金の髪がまぶしい……。 
 振り返ったその人は、蒼い双眸を翳らせ。責め立てるような顔で、囁いてきた。

『なぜ、咲かない?』




 ティリンは困り果てた。
 氷の柱を見るたび、胸はじくじく。
 時よ早く過ぎ去れと願ったけれど、一週間の当番が終わっても、夢は毎夜降りてきた。
 夢に見る黄金の人はいつも、花畑の中でティリンを責めてくる。
 なぜ咲かないのかと、胸ぐらを掴んでくる。
 心臓が抜かれる!
 そう思うすんでのところで、いつも目が覚めて。頬は涙に濡れている……。

 黄金の人は一体だれ? 
 それに。

(どの花のこと?)

 その日も夢を見てとび起きたティリンは、師と一緒に花畑の世話をしながら周囲を視渡した。
 ラヴェンドラの花は満開だ。秋咲きのヘディチウムも十分伸びて、つぼみができかかっている。咲いていないのは……。
 師がさわってはいけないと言ったあの特別な、五つの薔薇。
 その一番右の株。

(まさか、あの薔薇のこと?)

 花摘みを終えた師が、水差しを持って薔薇の花壇へ行く。左から順にひと株ひと株、丁寧に水をやっている。

「ラデルが一番大きいな。一番年上だから当然か。エルクは小ぶりだが花が一番多いね。レイスはあいかわらず花の形がきれいだ。おやおや。ジェリはどこに枝を伸ばしてるんだ?」

(それぞれに名前つけてるんだ)

 どれだけ思い入れのあるものなのか。
 しかしジェリという名は、どこかで聞いたことがあるような気がする。
 師は一番右の蕾のない株に水をやると、悲しげにため息をつき。とても低い声で囁いた。
 葉だけ生い茂るその株をじっと見つめながら。

「サリス……なぜ、咲かない?」

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2018/01/03 13:37
私も以前、金色の男の人と黒い男の人が兄弟龍で金色の方が氷の柱に眠っている話を書いたことがあります^^
北海の南側の話で主人公は音楽の才能を認められて金の男の花嫁として巫女になると言う恋愛ものです
ティリンの物語は男の子ばかりの世界ですけどちょっと恋愛みたいな思慕の情もあったり
この先どんな風に展開していくのか楽しみです
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2017/12/16 12:38
藍色さま
ありがとうございます><
診断メーカーの言葉どおり、
夢を…って微笑まれちゃってますからもう……
全力プッシュしてる夢の中の人はもう、
はよ…はよ…ってそわそわしてたのかもです。

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2017/12/16 12:34
❦みぃ❦さま
お読み下さりありがとうございます><
わわ一気に・・! 嬉しいですノω;`
竪琴詩人は大好きなのでいろいろ想像しました♪
ティリンの謎、楽しんでいただけますように。
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2017/12/16 12:32
カズマサさま
ありがとうございます><
薔薇の名前はたぶんお弟子さんたちの名前ですノωノ
サリス、たしかに奥さん的ポジションだったかも…!
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2017/12/16 11:19
ああ、薔薇の数と弟子の数が一致するのか……。

ティリンは修行の結果なのか、色々と感じ取ることが増えてきているようですね。
痛みの原因と、夢の原因を自分で探っているようだけれど、どうなるのかワクワク(o´艸`)
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2017/12/16 10:15
ふわぁ。面白い。ここまで一気に拝読させていただきました。
ティリンが爪弾く竪琴の音色に動物たちや子供たちが集まってくるのが
目に浮かぶようでした。
ティリンの愛らしさに胸キュン❤
サリス……咲いたら何か起っちゃうのかなぁ。続きが楽しみです♪
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2017/12/16 08:12
師の奥さんの名前かな?




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