自作12月 猫 「法の番人」後編
- カテゴリ:自作小説
- 2017/12/31 21:34:43
ふん。いかな神獣とはいえ、この大きさ。そこらへんの犬と変わらない。
だから韻律ひとつでこの通り、化けの皮が剥がれる。あっけないことね。
クリストくんがあたふたうろたえる。なぜなら、黄金色のドレスから一瞬中身が無くなったように見えたから。私が勢い良くドレスを掴んで取り去ると、そこにはしっぽを巻いた金色の狼が一匹。
ふうん?
これが、エティアが大陸同盟に使用申請した神獣、「黄金の牙王」?
公式記録では「神狼リュカオンの娘」。金槌遺伝子の人の護衛につけられるなんて、ずいぶん大げさだと思ったら。あの男は夫だとか主張してきて笑っちゃうわ。
「犬のくせに」
きゃいん
悔しげに黄金の狼が鳴く。
人身を取れなくなるなんて、そりゃあ驚くわよね。でもこの部屋では私は無敵。神獣とて、無力になるの。
なにげに描かれた床の魔法陣。そして壁にはめ込まれた結界発生装置。それらはみな、私の声紋に反応する。私のもとには大陸中から「法の賢者のお墨付きが欲しい」という輩がひっきりなしにやってきて、毎日脅したりなんだり。物騒な連中ばかり来るんですもの。おのずと、自衛手段は鉄壁にせざるを得ないのよね。
『おのれ人間風情が』
「あら、知らないの? 神獣なんて、人間に作られた機械にすぎないのよ」
この世に神など存在しない。神なる獣も、みな人工物。
「あなたたちの力なんて、しょせん作りもの。どうとでも防げるものなのよ。さあ、お帰りになってくださいな、機械の犬さん」
「先生! 危ないっ」
黄金の狼が口をカッと開ける。牙が並ぶその口から、ごうとひと吹き炎が出てくる。
けれど私は微動だにせず、微笑んだ。
バカな犬。
さあこれで、正当防衛成立ね――
しゅっしゅと爪を整え、私は指の爪を真紅に染めた。
今宵は大切な客人と食事をすることになっているから、準備は念入りに。あかがね色のローブを脱いで、爪の色と同じ真紅のドレスをまとう。肩は大胆に出し、うなじを見せるために髪は結い上げ、ましろな大粒の真珠を耳につける……
「先生、応接室に客人が」
クリストくんが喉をつまらせて私の胸元を見つめる。
ふふふ、ちょっと切り込みが深すぎるかしら。谷間がくっきり見えるわよねえ。
「今行くわ」
頬をほんのり染めるクリストくんの脇をすり抜けて、私は自分の砦から出た。
本がぎっしりつまった螺旋階段を降りて、地上近くにある応接室に入る。
そこに通されている客人は、私を見るなり両手を広げ、満面の笑みで迎えてくれた。ふわりと袖豊かな着物が空気をはらみ、一瞬ふくらむ。なんて上等な絹織りの白き衣かしら。とても懐かしいわ。
「おお、|朧《ロン》家のファチュン姫。お久しぶりにございます。ご健勝そうでなにより」
客人は両手を合わせて私に深々と頭を垂れた。
「すめらの月の大神官、|透《トウ》家のアン様に代わりまして、こたびのことのお礼を申し上げたく」
「あら。では……」
「はい。あのような贈り物はまたとなく。月神殿はあなた様に多大なる感謝の念を表したくございます。若く家柄のよい神官を三名、この塔に弟子入りさせますので、よしなにと」
「若き神官。ほほ、謹んでお引き受けいたしますわ」
さすがはわが従兄弟の君。私の好みをよく分かってらっしゃること。クリストくんの嫉妬顔が見られるとは、楽しみだわ。
「金槌遺伝子入りの血液。よもやそのようなものをいただけるとは」
「ええ、実に運の良いことに、偶然手に入りましたのよ」
だから売れるのは一度きり。法の賢者は、売買相手にスメルニアを選んだ。自身の、愛する故郷を。
そういうことにしなくてはね。
あと十セットほど、血の入った試験管を入れたギフトボックスを用意しているけれど。さてあとは、どの国がこっそり買いに来てくれるかしら?
「先生、生命の塔から手紙が届いています」
客人と酒杯を交わし、食事を終えて塔のてっぺんに戻ると、クリストくんが仏頂面で黒い封筒を差し出してきた。
あそこの賢者はそこそこ若くて美しい男。
だからクリストくんはあからさまに不機嫌。もしかして恋文だとでも思っているのかしら。
ふふ、かわいいこと。
わざとそっけない態度でクリストくんを私の砦から退出させて、黒い封書を切ると。大きな宝石の粒がころり。
「試験管二十本分ってところかしら」
分析に半分、販売用に半分。あそこの賢者ならそんなところかしら。
手紙はたった数行の、記号エニグマ。私達、塔の賢者たちにだけ通じるもの。
『本体は三日前、武の賢者へ渡した』
ふふ。本当に、赤毛のあの人はここにはいないのよ。
たしかにあの人は、塔の正門からは出ていかなかったわ。貧血がひどくて立てないから棺に入れてあげて、裏門から送り出してあげたのよ。医療に詳しそうな賢者のところへね。
『貴重な検体を送ってくれて感謝する。武の塔でもあの者の血は役立つことだろう』
武の賢者は試験管に何十本、血を採るかしら。
あそこの賢者は短気だから、一日たたぬうちに他の塔へたらい回しするかも? 採るものを採ったらすぐに、他の塔の賢者へ引き渡すでしょうね。
だからせいぜい、鋭い鼻でお探しなさいな、犬女。この島のどこかには、まだいるでしょうから。まあ、待っていてもじきに帰ってくると思うわよ? 血はほとんど抜かれているでしょうけどね――
「みぎゃ!」
あら。すごい音がしたと思ったら。我が家の番人が鼠を捕まえたわ、珍しいこと。
クリストくんが窓から、光の帯でがんじがらめになった狼を放り落としたからかしら。
お仕事しないと自分もそうされると危機感を抱いたのかもね。
えらいわ。首を噛んで動けなくして、見事だこと。
本当にここには鼠が多いのよ。これからもその調子で頼むわね、黒猫ちゃん。
ご褒美は弾むわよ。魚だけでなく、もっとすごいものもあげましょうね。
能力を複製できる力をもつ血とか。
きっとおいしいわよ? さあ、舐めてごらんなさい。
おまえが神獣のような猫になったら面白いわね。そうなったらエティアの王様にさしあげようかしら。あの目立ちたがりの王様に。
ああでも、生命の塔の賢者も武の塔の賢者も、きっと同じことを試すでしょうね。だからしばらくは静観していようかしら。
あの王の懐にかくまわれた金槌が、オムパロスに来るなんて。なんという幸運かしら。
やっとあの目障りな王をこの大陸から消せるというものよ。
楽しみだわ。これで大陸は平和になって、めでたしめでたしね。
この世に神など存在しない。あるのは人工のものだけ。
力なき数多の人々が造ったものだけが残っている。
そう。この地は、何億という名無き者たちのために在る。
我らが大陸は、名ある者たちの血を吸ってこそ栄えるのよ。
それゆえに、私は望むの。
心より切に。
英雄に、死を――
――法の番人・了――
お読み下さりありがとうございます><
神のみぞ知る…・ω・;(まて)
採血中はがちがちに固められて意識を失わされていると思うので、
なかなか反撃は難しい状況かも…・ω・
ですが主人公なのできっとただでは転ばないはずです。きっと・ω・;
お読み下さりありがとうございます><
ここはやはり主人公らしく、ですよね。
おばちゃん代理、なんとか巻き返したいところです。
お読み下さりありがとうございます><
ですです、最大のピンチは最高の舞台でもありますよね。
これから巻き返し、がんばってほしいです。
お読み下さりありがとうございます><
神獣とてかなわない賢者の塔。
牙王、だんなさんのところへたどりつけるといいのですが…
お読み下さりありがとうございます><
七つの塔同士、強固なネットワークを築いてそうですよね。
おっしゃるとおり、おそらくセキュリティも連動してるんだと思います。
ただで血を搾り取るとか賢者さまたちったら^^;
せめて見返りが欲しいところです。
お読み下さりありがとうございます><
犬年ということで今年度の開幕は牙王vs猫魔女さまになりました。
神獣すらものともしないところはさすが賢者さま・ω・;
牙王、旦那さんの行方を突き止められるでしょうか。
お読みくださりありがとうございます><
おばちゃん代理、干からびちゃわないか心配ですよね・ω・;
たらいまわし、いまどの塔にいるのでしょう…
いや、これは見せ場だ
のりきるんだあ
ファイト一発!!!
がんばってください
さすが、世界中の書物が集まる「全部入り図書館」、
セキュリティは万全ですね^^;
それぞれの塔が設置した結界が相互作用するのか、
牙王の嗅覚にも迷いが生じた模様。
おばちゃん代理は愛の無い献血で干からびそう・・
ちゃんと妻のもとへ帰ってこれるのか、続きが楽しみです^^
象牙の塔にすまう魔女は無敵。じつは神獣猫?
いや、ここで、おばちゃん代理が、覚醒しなくては…
次回に期待
代理のおばちゃんには生きていて貰わないと困りますからね。