銀の狐 金の蛇25 運命の刻(後編)
- カテゴリ:自作小説
- 2018/01/23 09:09:13
翁の神官は吠え猛った。目をギラつかせ、年輪刻んだ顔に筋をたてながら。
「わしはまず、いにしえのユインの王にならい、このトゥーに足りぬものを捧げて崇めた。若君の腕。メイメイの足。そしてフオヤンの首! そう、あなた様の御子らが体の一部を失うたのは、ハオ婆の呪いのせいではない。このわしがトゥーを崇め奉るため、そして血を注ぐために持ち去ったのよ。これより生け贄となるあなた様の血を、トゥーに覚えさせるためにな!」
「な……! わ、我が子らの腕を……足を……首を、ささげ、た?! ど、どこにっ……」
「この中にだ! すでにみな、無数の管に食われたわ!」
「生け贄の設定変更をそんな方法で成すとは。なんてむごいことを。メイメイもフオヤンも、そなたが手をかけたのかっ?」
もがく弟子をおさえながらソムニウスが唸ると。翁は歯をむき出して吠えた。
「そうだ! わしがこの手であの子らから必要なものを切り取った! わしの子を斬った者への、当然の報いぞ! わしの子を拒むユインともども! 滅んでしまえ!」
――「ゴメンナサイ」
白子が囁く。微笑みを浮かべたまま。今やぽろぽろと涙をこぼしながら。
「ミンナ。ワタシノセイ」
「インニア?!」
ハッと翁が我が子をふりむいたと同時に。管が操られ、士長の腕が下りた。
刀が斜め上から横に動く。くぐもった悲鳴とともに、腕を斬られた翁が地に膝をつく。管はさらに士長の腕を動かし、翁を横に転がした。
士長は唸り声をあげながら抵抗し、ずるっと身を沈ませた。その落下重力で手から刀が抜ける。
しかし管はみるみる刀だけに巻きつき、唸るほど速く動かして、白子の足を一閃した。
「インニアアアアアッ!!」
翁の絶叫とともに――鮮血がきらめいた。
真紅の飛沫が、あたりに飛び散る。
「うああああああっ! インニアアアッ!」「いけない!!」「くそ!!」「なんてことじゃ!」
「シズメヨ。シロイ……オオギツネ」
悲鳴と怒号の中。淡々と唱える白子はひるまなかった。その意志は鋼のように固く、管の動きは止まらない。管に操られる刀はすぐさまくるりと刃を縦にして、狙うところへと一直線に突きを入れた。
か細い白子の首へ……
「ならぬ!!」
翁と。士長と。国主と。そして師弟。
みなは同時に、白子の前に飛び出した。すでに足からどくどくと、真っ赤な血を流している子を守ろうと。だれもが、身を投げ出した。
国主が白子に覆いかぶさる。
その上から、驚きの目で翁がかぶさる。
それとほぼ同時に、士長が両手をひろげて壁となる。
そのまん前にソムニウスが出たのを、弟子がかばう。
「カディヤ!!」
夢見の導師は、愛する人の背をとっさに引いて地に倒した。
刹那。
「ぐぁ……」
うめき声をあげて倒れたのは。
「ソムニウス!!」
弟子を地に落として守り通した――
「いやあああーっ!」
夢見の導師だった。
「ソム! いやあ!! ソム!! ソム……!!」
弟子の金切り声が降ってくる。
大丈夫だ。
そう答えようとしたソムニウスの口から、がふっと血が噴き出した。
そういえば結界は、翁の勘気によって剥がされていたと思い出す。
見ればおのれの胸に、刀が刺さっている。
背中を突き出て深々と。柄がすぐ鼻先に見えるぐらいに……
刀は、ソムニウスの体を貫いていた。ものの見事に。
それからあとの喧騒を、ソムニウスは見ることができなかった。
視界が急に暗くなり、何も見えなくなったからだ。意識はまだはっきりとしているものの。声も物音も、霞がかかったようで、どこか遠くから聞こえてきた。
「白子さまから管が外れた……! おのれ……おのれロフ! おまえのせいで我が娘ばかりでなく、この娘もこんな目に!」
一番怒り狂っていたのは、士長。
娘の敵を襲うのをなんとか抑えているようだったが、声がうわずっていた。
「オカ……アサマ……ミン……ナ!」
一番びっくりしていたのは、白い子。
母をはじめ、みながおのれを守ろうとしたことに、仰天したようだ。
ソムニウスが倒れたゆえに、たちまちその心が恐怖に満たされもしたのだろう。
それゆえに、驚きと畏怖を感知した管が瞬間的に体から外れたらしい。
「これを体につければよいのだな!」
一番冷静だったのは、国主。
ソムニウスはこの女性が、おのが身に管を巻きつけようとする気配を感じた。
「こ、国主さま!」
「とめるな士長! わらわは国主! 国を守るゆえ、水をとめねばならぬ。生け贄にならねばならぬというなら、喜んでなってやろうぞ!」
一番うろたえていたのは、ロフ。
よもや国主が白子をかばうべく飛び出すとは、思わなかったのだろう。
「な、なぜにさっきインニアをかばった? あなた様はわしの子をかつてっ……」
「その子を斬ったは……わらわではない。あのとき我が|閨《ねや》にいたのはフオヤンじゃった。神官になりたてだったあれが曲者とまちがえ、血気はやって斬ってしまったのだ」
「なんと……では……あなた様は、おのが子を傷つけるというおそろしき罪を、わざとかぶったと?!」
「我が子の罪をかばうは、親の役目であろう。この子とフオヤンは兄弟同士。いがみあわせたくなかったのじゃ」
「そん……そんな……馬鹿な!!」
「しかしそのせいで、そなたが鬱々と恨みを飼い育てておったとはな。すまぬ、ロフ……」
「しん……信じぬ! わしは、信じぬ!! うああああ!!」
「なっ……ロフ?!」「ロフ!!」
刹那。国主と士長が翁の名を叫び。
「イァアアアア!」
白子が哀しい悲鳴をあげた。
目に見えずとも、ソムニウスはロフが何をしたのか察した。
耳を襲ってきたのは、ぎゅるぎゅると何かが絞られるおぞましい音。
ロフは生き物のような管を身にまとわせ、おのが首を管で締めたにちがいなかった。
(ああそうか。ロフも……王家の……)
ユインの人口は非常に少ない。ほとんど外と交わらぬその血は、びっくりするほど濃い。
ユインにおいて 神官という特権ある地位に選ばれるほどの者はほぼ、蛇か狐の|王家《ワングシ》出身か親戚筋の者だろう。
すなわちロフ自身も、国主や白子や、ソムニウスの弟子と同じ。
銀狐の|王家《ワングシ》の血を引く者であったのだ――。
「士長! 弟子殿! 早く怪我人を運び出して手当てをするのじゃ! ロフもまだ息がある!」
「御意、国主様!」
「だめ! もう……ほとんど息が……」
一番取り乱していたのは、ソムニウスの弟子。
国主の促しもほぼ聞こえぬぐらい泣き叫んでいた。
「ソム! いやあああっ! ソム!!」
大丈夫だ。
そう言ってやりたいのに口が動かず、ソムニウスはもどかしかった。
そなたを守れた。
そう自慢したいのに。ホッとして抱きしめ合いたいのに。
言葉が出ない。手足もまったく動かない。
だが、微笑むことはできたようだ――。
「いやあ! 死なないで! 死なないで!!」
貌でおのれが伝えたいことがどうか伝わるようにと、ソムニウスは必死に念じた。
何度も何度も。愛する人に届けと、思念を飛ばした。
(大丈夫だよカディヤ)
(大丈夫だ……)
(だって遺書はかいてある。もうすでに書いてある。だから)
(だから大……)
(大……)
お読み下さりありがとうございます><
お互いが無事なら万事OKの師弟、ここにきて白い子をかばいました。
カディヤは「ソムニウスが死ぬ未来」を夢で見ています。
それを阻止するべく、故意に白い子をかばう者たちのいちばん外側の盾となり、自分が確実にいけにえとなるようタイミングを見計らって飛び出しました。
しかしソムの反応速度は弟子がからむと加速装置並みになるというのは、ご覧の通り。
ソムは白い子がカディヤの近しい親族であるということ、また
自分と同じ狂気にも似た親心をもつロフが我が子を失えば、ここに居合わせたみなを皆殺しにしようとして暴れる=カディヤに危険がおよぶと察して止めに入りました。
この行為はひとつの呪術であり、
実はソムは「自分が死ねばカディヤが助かる」という代替による運命回避を狙ってもいます。
お読み下さりありがとうございます><
ソムもいちおう黒き衣の導師のはしくれなので
大丈夫だは何かを仕込んでいると思いたいところです。
お読み下さりありがとうございます><
師の遺志を継ぐのはやはり一番弟子であるべきなのでしょうけれど…
なんでだろう? ちょっと読み直した方が良いかな?
↓後片付けとか気にしてないと思うなぁ、この師弟。
お互いがお互いを守れれば、最終的に国も王家(ワングシ)もどうでも良いと
思っている気が僕はするなぁ。
白子、黒幕、赤い飛沫。
中のものが皆、生命を削り、生命を絞る。
それぞれが守りたいもののために。
ソムニウスさんの「大丈夫だ」はどう信じてよいのでしょうか^^;
続きを楽しみにしています♪