自作1月/追憶 「走馬灯」 前編
- カテゴリ:自作小説
- 2018/01/31 23:07:27
人は死ぬ瞬間に変なまぼろしを見るという。
生まれた時から今までのことを一瞬で、すべて思い出すのだそうだ。それは一秒にも足らず、一度だけまばたきする間のこと。
そうしてああすればよかったこうすればよかったと後悔しているうちに、魂がすぽんと抜けて、天へ昇ってしまうらしい。
「見えましたか?」
おだやかな声が背にかかる。
ふりむけばそこには、赤銅色の衣をまとった男がひとり。
「どうですか? 記憶は見えませんでしたか?」
「きおく……?」
口を開くなり、がふりと熱いものが喉からこみ上げてきた。思わず当てた手の間から、たらたらと真っ赤なものが床に落ちる。
「あなたの中に、入っているはずなのですが」
がくりと、おれは床に両膝をつきうなだれた。胸に一本、ふとい筒のようなものが突き刺さっている。そいつは長くて鋭く、おれの体を貫いている。
「みえ、ません。もうしわけ、ありません」
「生命の危機のレベルが低いのでしょうかね。しかし脳髄を破壊するわけにはいきませんし」
眉ひとつ動かさず、赤胴色の衣の男が首をひねる。
この人の考えていることはよくわからない。本だらけの、生命の塔というところの一番偉い人だというのだが。いつもなにやら難しい言葉でぶつぶつ言っている。
「はぐあ!」
ずさりともう一本、おれの胸に筒が刺さった。男が背後の壁の突起を押したとたん、その脇の三角穴から飛び出てきたのだ。
よけたいが、そうするなと男は言う。
とにかく瀕死にならねばならないのだと、おれに命じる。
「生と死のはざまにおかれると、人はそれまでに蓄積したすべての情報を脳内に呼び出すのです。それを喚起してほしいのですよ。あなたの血の中に入っているものを」
それこそ生命の神秘。
男はつぶやき、また壁の突起を押す。
「ぐあ!」
もう一本、おれの胸に筒が刺さった。
飛び散る赤い液体。くず折れて、床につっぷすおれに冷たい声が降りかかる。
「耐久力がありすぎるのでしょうね。再生能力もはんぱではないようですし」
少々丈夫に作りすぎてしまいましたかと、男は顎に手をやり考え込んで。
びくりびくりと体を痙攣させるおれに近づき、背から突き立つ筒を抜いた。
「主たる原因は促成培養でしょうかね。やはり超短期間の細胞分裂では、情報が失われるのでしょう。それでも……」
抜かれた筒が、おれの首筋にあてられる。
ああ、もしかして。そこを?
「それでも、いくばくかは残っているはず。さあ、思い出しなさい」
「やめ――」
おれの願いは無視された。
男は、おれの首に筒を突き立てた。一分の慈悲もなく。情け容赦なく。
そうしておれは闇の中に放り出された。生と死とのはざまに。
ああ、おれは死んだのだろうか。
首は不思議と痛くない。けれどあたりはおれがいた場所じゃなくなっている。
ぽかりぽかりと、まわりに浮かんできたのはまっしろな山と。まっしろな道と。まっしろな木々。あたりはすっかり、雪に埋もれている。
「赤毛ちゃん?」
金髪の女の子が、よろろと起き上がったおれをのぞきこんできた。
「大丈夫? 急に走るからすっころぶのよ」
この子はたしか……
「君は……」
「やだ赤毛ちゃん、へん! リンゼのこと、知らないって顔してる」
リンゼ?
ああ、それはたしか、百人ぽっきり村の子で、おれのおさななじみだ。
くりくり大きな目がとてもかわいい。いつもエプロン姿で、母親と一緒に編み物してる……
「あら赤毛くん、ころんだの? いつもながらどじっ子ね」
リンゼよりもはるかに大きい、金髪の女が目の前に現れる。この人は……
「キャロルお姉ちゃん!」
リンゼが背の高いその人の腰に抱きつく。そうだ。これは隣のキャロルさん。百人ぽっきり村で一番の美人。リンゼの姉だ。
「お父さんが鹿をしとめてきたから。お肉を分けてあげるわ、赤毛くん」
そうだ。この人はいつもいつも、ありがたいことにおすそわけしてくれた。肉もパンもチーズも。それから古着も。
「おい赤毛」
姉妹に礼を言って、雪に覆われた道を歩いて家へ向かっていると。背後からばしりと肩をはたかれた。
眼鏡をかけた金髪の女がおれをにらんでくる。
いつのまに? この人はたしか……
「役場に早く届けを出せ」
「届けって?」
「ああもう、ロミナとの結婚届けだよ。さっさと手続きしな」
そうだこの人は百人ぽっきり村の役場につとめてる、シェリー女史。村一番のインテリだ。
そしてロミナはおれの……そうだおれの……
雪道を走る。足が白い雪を粉のように巻き上げる。
ロミナはおれのもうひとりのおさななじみ。
リンゼと三人、いつもつるんで遊んでた。百人ぽっきり村はまわりをうっそうとした森に囲まれている。村からきこりの家までの道。木を切り倒した跡地。流れる小川。いろんなところに行って冒険した。
おっとりリンゼをぐいぐい引っ張るロミナは勇ましくて。おれよりはるかに力持ちで。槍でイノシシを仕留めるぐらいすごくて。
でも――
暖炉の煙が屋根からのぼる、小さな家。ロミナの家から、いくにんもの泣き声が聞こえてきた。娘の名を叫ぶおばさん。おいおいと泣きじゃくるおばあさん。そして。柱に拳を打ち付けるおじさん……
そうだロミナは。どっかり雪がつもったこの日、おれの恋人は……

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- かいじん
- 2018/02/07 21:42
- 何かあったのですね。
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- カズマサ
- 2018/02/01 06:07
- 奥さんがいたのかな?
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